こんにちは、加藤とぐ郎です。への応援コメント
結局は受け手次第でしょうかね。
人によって、宝にもゴミにもなるのが人生。
時には蛇の足も必要なのかもしれませんね。
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読ませて頂きました!
丁度自作にも結構なアンチ?が出てきたので、わくわくしていた頃だったので、このお話を見てうんうんと頷きました。
ありがとうございました。
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こちらを読んで、万葉集が国家プロジェクトとして、歌を集めて残そうとしたのっていいよなぁと思ったことを思い出しました。
法律や兵法書のように『役に立つ』わけでもない歌を。
しかも身分関係無く、誰が詠んだかもわからない歌も収めようとか。
めっちゃいい企画だよなぁって。
作者からの返信
なるほど。面白いですね。
それで言うと、ここで言うゴミはその、万葉集に納められることの無かった歌たちのことかもしれません。
でもそれを詠んだ人間にとってはゴミなんかではなく、大切な宝物だったのだと。
歌を詠むという行為も素晴らしいものですが、それと同じくらい歌を楽しむ、それを残し伝えていこうとする営みも、素晴らしいものだと改めて気付きました。
ありがとうございます。
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頭の中身をそのまま垂れ流している感じがエッセイとして純粋なものを感じます!
ある種の言い訳のようにも本心のようにも取れる曖昧さが良い感じだと思います。
読ませていただきありがとうございました!
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長い文章でしたがスラスラと読めました。
それでいて熱量が伝わってくるようです🥹
ありがとうございます!!
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( ˙꒳˙ )ナルホド!
価値観も言葉の意味も、時代や文化で変遷しますね。
人によっても変わりますね。
捉え方も違いますしね。
難しいことを、我々はしているわけですねぇ。
編集済
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コメント失礼いたします
先日、私も同じような自主企画を建てて、読ませていただいたものにファンアートとファンソングを作らせてください、という試みをやり終えたばかりです。
特にファンソング(一応近況ノートにてご覧いただけます)が、しっかり読み込まないことにはと …という感じで脳に過大な負荷がかかりながらも良い経験をさせていただきました。
相手の作る労力への敬意と、ゴミという表現、どちらも書き手と読み手の気持ちに寄り添っていて素晴らしいと思います。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
それは大変でしたね!お疲れ様でございました。
ファンアートにファンソングまで。なかなかの労力、しかしそれをやり遂げるバイタリティとクリエイティビティは稀有なものですね。
そんな方に素晴らしいだなんて言われるともう嬉しさを隠せないですよ。隠しませんけど。
結局人間は自己に収束していくと思うので、その過程、遠回りの渦を描きながら、できるだけ他者や世界に寄り添っていきたいと思ってるんです。でなければ、狭く浅く窮屈なものになってしまいますから。
私はそういう“とぐろ”なのです。
改めてお読みいただきありがとうございました。
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ゴミと宝物は紙一重。見方によってはどちらにもあり得る。それがまた面白いところですね。
蛇に足を書いて生きていきたい。いい言葉です。
作者からの返信
ありがとうございます。
まさしく、紙一重!拘れば重く響き囚われてしまう言葉も、実は軽いものに成り得ること、忘れないようにしたいですね。
私の中に言葉ある限り書き続けるんだと思います。
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蛇に足を書いていきていきたい、いいですねー
こういうの好きです(*´﹃`*)
作者からの返信
そう言っていただけて嬉しいです。
書く者として、かく生きたいという意思表明のようなエッセイでした。
読んでくださりありがとうございます!
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企画お疲れ様でした!
ゴミは強烈な言い回しですが、哲学的によく考えられていて面白かったです。
実際、自然界には基本的にゴミはありませんし(実際には木を分解するバクテリアがいなかった時などは、ずっと木の残骸が残っていたりしたのでゴミと呼べるかもしれませんが…それも結局人間が化石燃料として使っているし、よく分かりません笑)、人間が生み出したゴミも長い時間の中で循環に取り込まれていくのかなのと思います。アートにしちゃう人も居ますし。
何が言いたかったのかと言うと、ゴミはその人が価値を見出せていないだけのものなので、僕の作品を誰かがゴミと呼ぶのは仕方ないのかなと思えました。
中には小説全てをゴミと断ずる人もいるだろうし、web小説が嫌いな人もいると思います。
しかしながら、その中でもなるべく多くの人が価値を感じてくれるものを書きたいなぁと改めて感じた次第です。
蛇足も多いコメントになってしまいましたが、とにかくありがとうございました!
作者からの返信
ゴミと呼ばれるのは仕方ない、という事も伝えたい事の一つだったので、ちゃんと伝わっていて良かった。
読んでくださりありがとうございます。
ゴミ、という語を、ただの罵倒語として捉えるのはあまりに一面的な物の見方です。
だって私はゴミが大好きなんですから。勿論、私はそれをゴミとは呼びませんけど。
読んでくれる人がいるというのは嬉しいですね。
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正直、ここまでしっかり読んでくださっての批評ならもうゴミって言われてもなんでも良いレベル。批評するってすごい労力いりますもん。
タグだけ作って1話だけ読んで(または読まずに)🩷おして、気の良い相手の返礼待ちよりずっといいです。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
私の素人臭い批評(笑)にもいいねを押していただいて、“見てくれてる人もいるんだ”、ととても嬉しくなりました。
ありがとうございます。
これを読んだ創作者の方に、“ゴミって言われても良い”、そう思って欲しいな、という想いも込めてこのエッセイを書きました。
罵倒されても耐えろ、と言うのではなく、“ゴミ”という言葉に限っては、そんなにネガティブな言葉ではないよ、というのを伝えたかったのです。
私もゴミをいっぱい抱える、ゴミみたいな人間ですから(笑)でも私はそれを誇っているんです。
だから皆さんのゴミももっと誇ってね。みたいな。
こいつコメントの返信でめっちゃエッセイの補足するじゃん!と自分でも思います。コメント来たのが嬉しかったので。
そんな感じです。改めて、ありがとうございました。
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いいゴミ書きたいですね(╹◡╹)