#15 襲来 後編
気配の中心に向かう間にも、小さな子供から老人まで、たくさんの人が倒れていた。らんかたちのようにキャンプにやってきた人たちなのだろう。その全員が結菜のように、今すぐ死んでもおかしくないような呪いに蝕まれていた。
一瞬の間に、周辺の人間にこんな呪いをかけられる魔王軍幹部の力を前に、私は気を引き締め直す。
特にテントが密集しているエリアの中心に、真っ黒なコートに身を包んだ怪しい女が立っていた。気配から判断するに、この女がこの事件を引き起こした魔王軍幹部の今の姿なのだろう。
『呪いの人形遣い』アリス・プーペ。
前の世界では、呪いにより人間を廃人化させ、その中で気に入った者を人形の魔物に変化させて使役していた魔王軍の幹部の一人だ。
アリスはうろうろと歩き回り、倒れている人間を吟味するように見て回っている。人形の魔物の素体にするつもりなのだろうか。
だとすると、アリスが何かしだす前に動かなければならない。魔物に変えられた者は元には戻らないのだ。
「できるだけ、戦闘前に魔力は消費したくないのだけれど、急がないとだものね……――!」
私は杖を手に取り、転送魔法――対象を別の場所に飛ばす魔法――の詠唱を始めた。周囲の空間が歪みだす。それからアリスの方に杖を向ける。空間の歪みがそちらに進んでいく。
と、アリスが飛来する空間の歪みに気づいたようだ。防御魔法を使って、その歪みを跳ね返すと、歪みが現れた方向にいる私を見て、愉快そうに笑った。
「誰かと思えば、勇者の仲間じゃない。久しぶりね。あなたもこちらの世界に生まれ変わっていたのね」
私はアリスを睨みつつ、結菜のクッキーを頬張る。
「……え? なんで今お菓子食べてるのかしら? おやつの時間はさすがにタイミングを考えるべきよ? 今、あたしが話をしているじゃない」
「だからよ。今こそ食べるチャンスじゃない」
「何⁉ どういうこと⁉ あたし、もしかしてなめられてる⁉」
「そういうわけじゃないわ。今お菓子を食べるのは私にとって重要なことだったの。あなたを最大限に警戒しているからこそよ」
怒声をあげるアリスをなだめながら、私はクッキーを食べ続ける。確かにこちらの事情を知らなければ、舐めているようにしか見えないかもしれない。けれど、これは魔力を万全な状態にする上で必要なことなのだから仕方ない。
「……指についたクッキーの粉をペロペロしているくせに、言葉には嘘は無さそうだし、そこは、まあいいわ」
切り替えるように、アリスは咳払いを一つしてから続ける。
「それにしても……さっきのは転送魔法かしら? 倒れている人間たちを巻き込まない場所にあたしを飛ばそうとでも考えていたのかしら? いかにも人間が考えそうなことよね」
「あー、得意げなところ悪いけど、あの魔法はあなたに向けたものでは無いわよ」
「何⁉」
アリスが動揺して、周囲を見回す。
「……周りに転がっていた人間たちの山がどこにも無くなっている?」
「転がっている人たちのことを考えながらあなたと戦うのは無理があると思ったから。ちょっとばかし、隅っこにどいてもらったの」
「それはしてやられたわ。でも、あれだけの人間をまとめて移動するなんて……マナが薄いこっちの世界ではそれなりに……」
言いかけて、アリスは合点がいったように頷きだす。
「なるほどね。さっきのおやつタイムは消耗した魔力を回復させていたということね。確かに重要だわ。こっちの世界は本当にマナが薄いものね。あたしの呪いも」
アリスが喋っている間に、私は杖の先に魔力を溜め、それを撃ち放つ。
「向こうの世界と比べたらずいぶん」
アリスは喋りながら、防御魔法を展開し、紫電を纏った私の魔力弾を弾き返す。
「狭い範囲にしかかけられなかった……って、今人が話しているでしょうが⁉」
そのまま、私へと掌を差し出した。その表面から黒い閃光が迸る。私は咄嗟に身体を捻り、それを超至近にギリギリでかわした。
「へえ。舐めたことするだけあって、なかなか悪くない身のこなしじゃない」
「お褒め頂き光栄ね」
アリスの賞賛に、私は再び杖を構えて応える。と、アリスは顎に手を当てながら、何かを考えているような素振りを見せ始めた。
「お前、あたしと取引しない?」
「取引?」
「お前も知っての通り、この世界はマナが薄い。お互い、余計な魔力を使いたくないでしょう? これ以上、私の邪魔をしないでこの場を立ち去ると言うなら、私が用意したゴーレムと植物を台無しにした上に、捕らえていた人形候補を奪っていったのも不問にしてあげる。あれはお前が犯人でしょ?」
「断ったら?」
私が不敵な言葉を投げかけると、アリスは、
「お前を人形の素体にしてやるまで」
そう両手を大きく広げる。
すると、私を取り巻くように、十個前後の魔法陣がどこからともなく出現した。
その中から、虚な目をした少年少女達が姿を現す。服装から見て、ここにいた人達から選ばれてしまった子達だろう。全員、アリスが用意したのであろう剣やら槍やらを持って武装している。
「ただ操っているだけで、まだ魔物人形に改造していないから、大したことはさせられないけれど、あなたを動けなくするには十分でしょう」
「相変わらず卑劣な手を……」
「どんな手を使おうと、勝てばいいの」
アリスがにやりと顔を歪めて告げる。
「さあ、せっかく二十年ぶりにあったんだもの。存分にやり合いましょう。もっとも――」
お前とやり合うのはあたしでは無いけど。
その言葉を皮切りに、アリスに操られている子達が一斉に私に襲い掛かって来た。
この子達を相手に攻撃魔法を使うわけにはいかないものね。それなら……。
私は身体強化の魔法を自分にかける。やり過ぎると、勢い余って殺してしまうかもしれないし、魔力の節約も兼ねて。かなり弱めに。少女達を素手で制圧できる最小限の強さになるように。
それから私は、正面にいた槍を持った少年の顔面を蹴りあげた。少年は派手に吹っ飛んだ。
「悪いわね。私も命かかっているから、ちょっとの怪我は多めに見て。あとで回復魔法で治してあげるから」
通じているのかいないだろうけれど、一応そう謝っておく。
そこに、左右から剣を持った少女達が襲いかかってきた。私は片方の少女の懐に飛び込み、その勢いのまま杖を突き出す。
少女は勢いよく突き飛ばされ、近くのテントに激突した。そのまま、杖を横薙ぎにしてもう片方の少女にも棒を打ち込む。
「はぁっ!」
少女は剣を振りかぶったまま、吹っ飛ばされていった。
勢いに乗った私は、杖を留まる事なく振り回し、アリスに操られた人たちを次々に打ち倒していく。
「せいやっ!」
杖を大きく振りかぶって、最後の一人となった少女の脳天に振り下ろす。杖が直撃した彼女は虚ろな目を回して、がっくりと崩れ落ちていった。これで残すはアリスのみだ。
「ふぅん。こうしてあなたと直接戦うのは初めてだけど、なかなかやるのね」
アリスが掌をこちらに向けてきた。ヒュンと風切音と共に黒い魔力の塊が飛んでくる。
私はそれを最小限の動きで避けつつ、杖に魔力を込める……つもりだった。
その魔力弾は私が回避行動を取ろうとした瞬間に大きく破裂した。その爆発の衝撃に、私の身体は吹き飛ばされ、そばにあったテントのポールに叩きつけられた。
「かはっ!」
身体中に走る痛みに耐えながら、どうにか立ち上がる。
「ただの魔力弾と見せかけて、爆発魔法だなんて。完全に油断していたわ……」
「人形使いなんてやっていると、それを操る本体は弱いとよく勘違いされるけど、あたしは自分で戦うのが面倒だから、ゴーレムや人形を作っているだけ。こうみえて、あたし自身も強いのよ?」
言いながら、アリスは容赦なく次々に魔法を撃ちこんでくる。痛みで身体の動きが鈍った私は防戦一方だ。激しく動けなくなってしまった以上、ここはアリスが魔力を切らすまでどうにか耐えて、攻撃に転じられる隙を作り出すしかない。そんな私の様子を見て、アリスが愉快そうに煽ってきた。
「さっきまでの勢いはどうしたの? 手も足も出ないじゃない」
「うるさい」
アリスの魔法を凌ぐことに集中しているため、アリスの相手をまともにしている余裕は私には無かった。
「ここでひとつ、お前に悪い知らせをあげるわ」
そう言って、アリスは私が倒した少年の一人に向けて手をかざした。少年の身体から魔力が放出され、アリスに吸収されていく。
「さっきからあたしの魔力切れを狙っているのかもしれないけれど、あたしは操っている子から事前に与えておいた魔力を吸収して魔力を回復できるの。それに――」
アリスが指をパチンと鳴らす。すると、私が無力化していた子たちの内、魔力を吸われた少年を除いて次々に起き上がった。
「この子たちは気を失おうとも、ちょっと面倒ではあるけど、あたしの意思でいくらでも動かせるのよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます