休んだっていいんだよ

sui

休んだっていいんだよ


夜のコンビニの明かりがぼんやりと滲んで見えた。


 涼太はコンビニの前のベンチに座り込み、缶コーヒーを握りしめたままため息をついた。仕事帰りのスーツは皺だらけで、肩にかけた鞄はずっしりと重い。今日も終電間際まで残業。ミスを責められ、上司に嫌味を言われ、心がすり減っているのを感じる。


「俺、なんのために働いてるんだっけ……」


 思わず呟いた言葉が、夜の空気に溶けていく。そのとき、不意に隣に人が座った気配がした。


「お疲れさま」


 涼太は驚いて顔を上げる。そこには、見知らぬ男が缶ビールを片手に微笑んでいた。


「……誰ですか?」


「ただの通りすがり。でも、見てられなくてさ」


 男は缶ビールを軽く揺らしながら続けた。


「君、ちょっと頑張りすぎなんじゃない?」


 涼太は苦笑した。


「いや、頑張るのは当たり前でしょう。仕事なんだから」


「でもさ、本当にそれでいいの?」


 男の声は穏やかだった。


「休んだっていいんだよ。少しくらい手を抜いたって、立ち止まったって、世界はそんなに簡単に崩れたりしない」


「……でも、休んだら迷惑かけるし……」


「迷惑かけていいんだよ。人は助け合うためにいるんだからさ」


 男は立ち上がり、空を見上げた。


「君が少し休んだところで、誰も君の価値を否定したりしない。むしろ、無理して壊れるほうがよっぽど迷惑かもね」


 涼太は男の言葉を頭の中で繰り返した。


 ずっと走り続けていた。休むのが怖かった。立ち止まったら、置いていかれる気がした。でも、ほんの少しだけ――休んでもいいのかもしれない。


 気がつくと、男の姿は消えていた。まるで最初からそこにいなかったかのように。


 涼太は缶コーヒーを一口飲み、スマホを取り出した。上司へのメッセージ画面を開き、ためらいながらも、短く打ち込む。


「明日、お休みをいただきます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

休んだっていいんだよ sui @uni003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る