03.プロローグ3[第二の魂、予期できぬ『歪み』]


 ――ギィ……ギギィィッ! バンッ!!


 オーラが席を外そうとした時、円卓の扉が軋みながらゆっくりと開き――次の瞬間、強引に押し開けられた。そこへ、『何かを持った』一神ひとりの女神が、急いだ様子で入室してくる。


「ふっ……っと! ――あ、あのっ、緊急により入りますっ!」


 そこに立っていたのは、白狐の面をズラし、桜色の瞳に夜空を思わせる髪を後ろで束ねた和装の女神――【序列:第Ⅷ席・研鑽と技巧の女神・サクラメリア】だった。

 髪の所々に桜色のグラデーションが映え、雅な印象を与えるが……いや、ちょっと待って。あの扉って押し開けれるの? あたしも試したことあるけど、重すぎてビクともしなかったわよ??


「あのっ、ええっと……ヨザクラが急に……霊魂廟にいたウル殿が倒れて……え~、変な魂があって、それで……」


 サクラが差し出した手には、『』があった。

 しかし、凛々しい見た目に反して恥ずかしがり屋のサクラは、一身にみんなの視線を集めたせいで、白い狐面を被ると、どもったボロボロの報告で、もう何を言っているのか分からなくなっていた。……あれは、明らかに視線を集めすぎてパニックになってるわね。


 まぁ、みんなの視線は彼女より、その手にある『モヤを纏った魂』なんだけども……。結界が張られているから、ルークの所へ寄ったか、途中まで一緒にいたのかしら。

 ――だけど、それより問題なのは……。


「その、どうしたの――(圧)」


 瞬間、空気が凍った。

 ――いや、比喩じゃなくて、ホントに『凍った』。


(……ヤバい)


 セレリア彼女の被っていたフードがめくれ、白髪がわずかに揺れ動く。

 表情の変化に乏しいセレリアが、はっきりと眼を見開き、食い入るように『深緑の魂』を見つめている。

 僅かに漏れ出た暗い冷気とともに、彼女がこれほどまでに動揺するなんて、あたしは初めて見た。

 外から見ているあたしですら、息が詰まる圧力をセレリアから感じる。


「っ……!(ビクッ)」


 サクラは思わず手を引き、持っていた『魂』を落としかけるが、立ち上がっていたオーラが咄嗟に支える。

 


――

――。……全部右腕じゃん、左はどうした?



「そのをどこで見つけたのかっ、すぐに説明してッ(圧)」


『魂』から視線を外さないセレリアが再度、語気を強めて問い詰める。


「あぇっ!? あっと、これはですねぇ……!(混乱)」


 セレリアから直接向けられるプレッシャーに、ますます舌が絡まるサクラ。入室直後のピリついた空気も相まって、彼女のテンパり具合も頂点に達しつつあった。


『……このままじゃ埒が明かない』、この場の誰もがそう思い、声を掛けようとした――その時、『鶴の一声』のようなキューの言葉が飛んだ。



「――弟子よっ、落ち着け! 落ち着くんだ!!〖研鑽〗の誇りを思い出せ!!」



「は、はい! 師匠っ! サァー!! ……あっ、秘書殿も居たんですねっ!(安堵)」


「……あんた、サクラにまた変なこと教えたでしょ……」(研鑽の誇りって何よ……)


「心を落ち着かせるための『軍隊式』手法だよ~(にへら)」


(あれゲームじゃん……)


 と、心の中でツッコミつつ、あたしとキューを見つけたサクラは、お面を外し、『仲間がいたー』と言わんばかりの落ち着きを取り戻していた。相変わらずの切り替えの早さに感心する。


 あたしから下の天主神達はみんな、生まれが近いため『同年代の安心感』、みたいなのを感じているんだろう。万年ぐらいの差だけどね。

 その間にセレリアあっちも、アリアの『転移』による抱き着きで、強制的にクールダウンさせられていた。


「寒いのダメだよぉ~! サクラちゃんが怖がっちゃうでしょぉ! メっ!(コネコネ)」


「ごめん、アリア。反省してるから……頬を、揉むのをやめ……(むにむに)」


 ……そんな微笑ましい光景の傍で――



――

――。……左はそこにいたんかい。



「セレリア、あなたが『魂』を大事に思っているのは分かるけど、落ち着いてサクラの話を聞いてあげましょう? デュルークスの『結界』も施してあることだから、大事になることはないわ……恐らくだけどね」


「うん……後輩サクラも、ごめん。ちょっと、怖がらせた」


「いえいえ、大丈夫ですよ! 次の研鑽に、『精神鍛錬』が必要と分かって、むしろ得しましたっ。次は気後れしませんよ、セレリア殿!」


「『セレリアちゃん』がいい……(ボソ)」


「せ、セレリア……ちゃん(照れ)」


「ん(満足)」


 サクラの頬が一気に赤くなり、か細い声で呟いた。セレリアなりに場を明るくしようとしたんだろう。そんな冗談を踏まえて、円卓内の空気は正常を取り戻した。


「(パチンッ)」


 円卓に、クエスボスの指を弾くと音が響く。すると、文字通り『凍っていた』室内が一瞬で元の白亜に切り替わり、空気が和らぐ。何いまのかっこいい! 後で教えてもらおう。

 ……でもどうしたんだろう? クエスボスがさっきから、オーラを――いや、その後ろの『』か? それを、じっと凝視して動かないでいる。


「クエスト~? どうしたぁ、オーラママを凝視して~。***年越しにやっと美神だって気づいたのかぁ?」


「もう、なにを言ってるんですかキュプリアちゃんったら、うふふふふっ。でも、嬉しかったから、今日は手料理を振る舞っちゃいますね(ニッコニコ)」


「え゛っ――(絶句)」


 二神ふたりを茶化そうとしたせいで、特大の地雷を踏んでしまい、顔を引きつらせるキュー。クエスボス同様に、手に持った『深緑と黒の魂』を凝視していた彼女だが、周りの声はちゃんと聞こえていたらしい。……料理と美的センス以外は、完璧なのになぁ……。



「――なぁ、みんな。……何か、『違和感』はないか……?」



 キューとオーラの掛け合えが聞こえていなかったのか、クエスボスの声は静かだったが、どこか張りつめた様子で聞いてきた。


「『違和感』って~?」


 体格の小さいアリアが、円卓中央の『飴』を取ろうと宙に浮きながら、みんなを代表するように聞き返す。


「明確には言えないけど……『何か』がおかしくないか……?」


 もどかしそうに言葉を詰まらせるクエスボス。……突然、『違和感』ってなんだ? あたしは円卓を見渡す――


 ――アリアは言わずもがな、セレリアとシルヴィーが隣り合って座り、『

 ――あたしとキューも席から動いておらず座っている。

 ――開いた扉付近にはサクラと、『魂』を持つオーラ。そして、、『

 ――クエスボスが、見たこともない怪訝な表情で、みんなの反応を窺っている。

 

 ――……


クエスボス以外、みんなもそんな表情でいる。


「……――いやっ! やっぱり何かがおかしいッ!!(柏手)」


 ――――パリンッ!!


 クエスが珍しく、異常なほど焦った緊迫した様子で両手を打ち合わせる。途端、強力な『神力』が円卓内に広がり、空間全体にガラスが砕け散るような衝撃が響き渡る。

 そしてあたし達は――この空間の『』を認識した。



「今っ、『』を創造したッ!! 見えている黒いのが『歪み』だッッ!!!」



 ――――ゾクゾクゾクッッッ!!!!


 天主神として生まれ、初めて『背筋が凍る感覚』を味わった。


(ちゃんと見えていたっ! 気づいてもいたっ! でも――『異常』だと思えなかったッ!!)


 みんなが認識した瞬間――この場の状況は一瞬で動いた。

 まず、後ろから黒い腕に覆われていたシルヴィーが消え、変わりに『飴玉』が椅子に転がる。

 円卓の上には、宙に浮かぶアリアと――さっきまで座っていたシルヴィーが、『魂を直接掴む歪み』を険しい表情で睨みつけていた。どうやら、アリアの『異能』で場所を入れ替えさせたらしい。


「――あのー! 『神力』纏った刃がすり抜けるんですけど!? どうすればいいですか!!?(困惑)」


 扉付近あっちでは、オーラを片手で抱き寄せたサクラが、『歪み』の範囲から抜け出しつつ、黒い腕へ『呼び出した』刀を振るっていた。

 だが、天主神の扱う、現象や概念にも触れられる『神力』を纏ってさえ、『魂』を掴んだ黒い腕には触れられない様子。

 あたし等からすると、それは異常な光景だった。


「狙いはそん子たちっ!!」


 自力で『歪み』の範囲から外れたセレリアが、わずかに光らせた両手をそれぞれの『魂』へ向けながら、初めて聞く大きな声で叫んだ。

 確かに、オーラとシルヴィーの背後から腕を伸ばしてたのに、黒い腕には二神ふたりに『触れようとする意志』がなかったように見えた。

 確実に『魂』だけを狙っている――そんな動きだった。


「――っ!!(パチンッ)」


 クエスボスが指を弾くと、その周囲に白い半透明の腕が無数に現れ、二か所の黒い腕へ勢いよく伸る。


――(スカッ)


「これじゃないかッ!!(悔し気)」


 しかし結果は、サクラの刀と同じくすり抜けてしまった。もしかしたら、『歪みあれ』に触れられる『概念』を創造したつもりだったのかもしれない。あんなに悔しそうなクエスボスを初めて見た。


「行っちゃう!!」「ダメだっ! 持っていかれる!!」


 なんの解決策を浮かばず、傍観するしかなかったあたしと、キューが叫ぶ。


「――ッッ」「――っ」


 すると、シルヴィーとオーラが全く同時に腕を――『黒いひび穴』に吞まれそうな『魂』へ向けた。


「ッ! ダメだ二神ふたりとも!! その『制御』じゃ――」


 何をしようとしているのかに気づいたクエスボスが、焦った様子で制止をかけるが、二神の行動の方が早かった。

 掲げた手から、『神力』で形づくった光球が生まれ、目の前の魂へ勢いよく放つと、ぶつかり吸い込まれていく。


「――っ! 仕方ないかッ」


 それを見たクエスボスとアリア、そして一拍遅れてキューが同じく、先ほどの二神よりも小さいな光球を生みだし、今度は二か所の『魂』へ同時に放った。……キュー、!?


「へ? あの!? ――じゃ私も!!」


 周りの行動に同調するように、サクラも『光球』――己の『象徴』を宿した『神力』を小さな光へと変え、目の前の魂へ放つ。


サクラあのこは、『……)


』を恐れたあたしは、神力を使わず、持っていた『羽ペン』の毛を二本抜き取ると、呑まれる寸前の『魂』へと急いで投げつけ、付着させた。


『――………………』


『歪み』と『魂』が完全に消え、円卓内に静寂が訪れる。


「すぅ……ふぅー……まず、状況を確認しよう……」


 クエスボスが自分を落ち着かせるためか、深呼吸を挿み、みんなを見渡しながら口を開いた。


「アリアとキュー、サクラは……セレリア、二つの魂に――」


「――『』はかけておいた。どこかの星に渡れば、条件次第で『転生』できる。でも……『歪み』に触れられてたから、ちゃんと『転生』できるかわからない……」


 セレリアがクエスボスの言葉を遮るかたちで答えた。それを気にした様子を見せず、次の問いへ。


「そうか……ノート、さっきのは『羽ペン神器』の機能かい? 僕は見たことがなかったんだけど……?」


「そうよ。『羽ペンこれ』の毛をくっ付けると、『その対象の行動を自動で記録してくれる』の。……『魂』に付けて機能するか分かんないけどね」


「そうか……なら、『魂』の行方はノートに任せるよ。その星の生態系、法則、文化かわかれば、探しようがある。『宇宙空間』という線は『』と思っていいからね。……そして、転生前に『魂』を見つけたら、すぐに回収。転生していたら、『監視対象』として、その星の『神族』達への経過報告を指示しよう。『きっと』星の『均衡を崩す存在』になっているだろうからね」


「どうして? あと、なんで『宇宙空間はない』って言えるの?」


「『歪み』が関わった事案は、総じて『別の星への移動』が基本だからだよ。……『歪みあれ』に『絶対』は望めないけどね。そして後者だけど――」


「――わたしたちのせい、よね……ごめんなさい」


「申し訳ございません、冷静でいられず、『制御』を誤ってしまいました……」


 話の途中でシルヴィーとオーラが、沈鬱な雰囲気で加わってくる。でもどうして謝罪? ――って、あ!


「もしかして……『神力制御』をミスっちゃったの?」


 それは以前、あたしがクエスボスに聞いたことのある事だった。それは――『下界の神』より高位の『天主神あたし達』が、地上の子へ『神の力を付与したらどうなるか?』という話。

 分かりやすい例が、『下界の神』が地上の子達に贈る『恩恵』や『加護』のこと。『スキル』と言ってもいい。


 しかし、あたし達の扱う『高位の神力』には、そのまま付与してしまうと、その星の均衡を狂わせる『概念』を宿しているため、『下界の神にまで力を制御し、抑えなければいけないのだ』。

 それを誤ったらどうなるのか、それは――


「そうだね。だから――均衡を保つために、『深主神』の掲げる『負の象徴』も強制的に付与されたはずなんだ」


 円卓内に、再びの静寂が訪れる。


「……セレリア、それからオーラ」


 静かに、しかし確認するようクエスボス二神ふたりに視線を向ける。


「サクラが持ってきた『魂』には、『何が』憑いていた?」


「ん……視づらかったけど、黒いのは、最初の『』ほどじゃないけど、同じ『歪み不運』。間違いない。そして……」


「そして……?」


 セレリアが言葉を切り、後を譲るようにオーラへと視線を送る。


「――『悪縁』の気が、憑いていました。それも、『歪み』と混ざるように……」


 あぁ、だからさっきオーラは、すぐに力を使ったんだ。シルヴィーと同じ、自分の領分のことで、何もできなかった罪悪感が刺激されたのかもしれない。


「『悪縁』……か」


それを聞いたクエスボスが、腰に手を当て、前髪をかき上げる。……かき上げあれは考えてる時の癖だ。



「――それって~、『悪縁のあの不運歪み、ってことかな~?」



 アリアの確信とも思えるようなセリフが、円卓内に響いた。


「うちも……そんな気がするなぁ。……今思うと、さっきの『ひび穴』、『


 キューが軽い感じを崩さず、しかし的確な洞察力を発揮する。……あたしとサクラは、少し離れた位置で、みんなの会話を拝聴・記録していた。入り込めない、重い空気っ。


「考えたんだけど、そもそも、悪え……『緑の魂』って呼ぶねぇ? 『緑の魂』に憑いてた『歪み』って、最初の『黒い魂』のものだった、っていう線はないかなぁ? ほら、同じ星で『出会っていた』、的な。……全然ロマンチックじゃないけどねぇ」


「いや、それは僕も思い至ったよ。『歪み不運』が『悪縁』に……出会わされた、と見ることもできる。そうして、何らかの形で、『歪み』が影響を与え、『悪縁』を侵食した、かな?」


 クエスがキューの意見に賛同しつつも、情報が少なすぎて考察が定まっていない様子。


「――可能性はあります。『悪縁』とは、ザックリ言えば、『良くない出会い』です。『歪み』を宿した者は、間違いなくその対象に含まれますし……確証はありませんが、まるで『導かれた』ような印象を、あの『二つの魂』から感じたんです」


「――リアも同感。あの『二つの魂ふたり』に憑いた『歪み』には、差があり、『歪みと悪縁が完全に混ざり切ってない』ことこそが、その証拠にもなる」


 オーラとセレリアが後押しするように言った。……オーラは、『相手の縁が見える』らしいから、無意識にそれを感じ取ったのかもしれない。


 話が一段落し、円卓内に再びの静寂が――


「――ん? あれ、どうしようぉ!? うちっ〖叡智〗じゃなくて〖娯楽〗の方付与しちゃったかもぉ~!…………これはきっと『歪み』の影響に違いない!」


「キューちゃ~ん。〖奇跡〗で『異能』を付与したんだけど『魔眼』の方が良かったかな~?」


……静寂が訪れた!



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