鯨の夢〜迷宮市街で新生活を〜

楽方

第1話 久白世奈の自由落下 前編


「ホントにあったんだ……」

  目の前にある白い立方体こそ、久白くじら世奈よなが探していたものだった。

  恐ろしいほど白いそれは人がギリギリ二人入れるくらいのサイズで、そこまで大きくはないものの存在感を放っている。人が殆ど訪れないような山奥に似つかわしくない。

「ここから入れるんだよね」

 ある面には扉のようなものがあり取手がついている。

「白い迷宮の箱」の噂を世奈はネットで知った。とある山奥にある白い立方体の中に入ると異世界に繋がっていて帰って来れない、というまぁ言ってしまえばありふれたものだった。だが、何人かの有志がその「山奥」がどこであるかを特定して、T市にある山だという情報が流れた。そして、驚くべきことにその立方体を見つけたという人が現れたのだ。勿論、嘘かもしれない。あくまでネット上の書き込みだ。しかし「釣り乙w」という声もあり離脱する人もいた一方で面白がっているのか信じているのかはわからないが掘り下げる質問をする人もいて、ある時写真がアップされた。

 どこかの森の中にある、異様なほど白い立方体。世奈が今見つけたものと同じものである。

 その一連の書き込みをした人は中には入らず引き返してきたため、実際に中がどうなっているかはわからずじまいだったそうだが、その後も時々その話はネットを賑わせ、忘れた頃に目撃情報が出回ったりした。最初に話題になった山以外でも見つかったそうだが、真偽はわからない。

 目撃情報はあっても実際に中に入った話は一つもなかった。中に入ってしまうと書き込みができないのかもしれない。

  世奈は最初に話に出た山に向かい、白い立方体を見つけた。

  恐る恐る扉を少し開いて中を覗く。

  書き込みにあった通りだ。大人二人がギリギリ入れるくらいの空間がそこにあった。世奈の顔に一筋の汗が流れる。手は微かに震え、口角は上がっている。興奮と感動と不安が混ざり合った表情。世奈はとうとう思いっきり扉を開けて中に入った。

  思った通りの空間。狭い。

  落胆し、あるいはどこか安堵して世奈は立方体から出た。いや、出ようとした。勝手に扉が閉まっていた。扉を開けようとするにも内側には取手がなく、開けにくい。というか開けられない。世奈はかなり焦った。スマートフォンは持っているが、圏外だったことを確認済みである。何かの奇跡で繋がってくれ、と思いもう一度確認しようとしたその時、床が突如消え、世奈は重力に逆らえず落下した。

(私死ぬのかな……)

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