幼なじみが重すぎるけど、俺は今日も平和に過ごしたい

鈿寺 皐平

幼なじみが終わった日

「ねえ、シン。今日も一緒に帰るでしょ?」


 放課後、俺——日向ひなたしんは教室の扉を開けた瞬間に、幼なじみの小鳥遊たかなし結衣ゆいに捕まった。


「いや、たまには一人で——」


「ダメ♪」


 俺の言葉をさえぎるように、結衣は俺の腕にぎゅっと抱きつく。


「……お前、最近スキンシップ多くない?」


「気のせいじゃない?」


「いや、絶対気のせいじゃないからな?」


 俺はため息をついた。こいつ、俺が小さい頃からの幼なじみなんだけど、昔からこんなに距離感がバグってたわけじゃない。


 むしろ、中学までは普通だった。それが高校に入ってから、急に甘えてくるようになったんだ。


「まあ、いいけどさ……」


「やった! じゃあ行こっ♪」


 こうして俺は、いつものように結衣と一緒に下校する。



「ねえ、シンはさ、彼女作んないの?」


「急にどうした」


「んー? ちょっと気になっただけ」


 結衣が俺の腕にしがみついたまま、じっと俺を見つめてくる。


「まあ、別に今は考えてないな」


「ふーん……」


 結衣は俺の返事に不満そうな顔をしながら、何か考えているようだった。


「じゃあさ、もし私が彼女になったらどう?」


「ぶっ!?」


 俺は思わず咳き込んだ。


「お、お前、何言ってんだよ!」


「だって、幼なじみだし、一緒にいて楽しいし……ダメ?」


 結衣は少し不安げな表情を浮かべる。その顔を見て、俺の心臓が跳ねた。


「……いや、別にダメとかじゃなくて……」


「じゃあ、アリ?」


「え?」


「私と付き合うの、アリ?」


「そ、それは……」


 俺は答えに詰まった。結衣のことは確かに大切な存在だけど、恋愛的にどうなのか考えたことはなかった。


 すると——


「ふふっ、冗談だよ♪」


 結衣は急に笑って俺の肩をポンポンと叩く。


「……お前な」


「ちょっとシンの反応が見たかっただけ!」


「……」


 なんだろう、このモヤモヤする気持ち。


「でもね、シン?」


「ん?」


「私は、冗談って言ったけど……それが本心かどうかは、シンが決めていいよ?」


 結衣はそう言い残し、俺の腕を離した。


 そして、ひらひらと手を振りながら家へと帰っていく。


 ……なんだ、この胸のざわつきは。


「……はあ」


 俺は大きなため息をついた。


 今日も平和に過ごすはずだったのに、どうやらそれはもう難しいらしい。



 翌日。


「シン、おはよ!」


 結衣が俺の机にドンと両手をついて、顔を覗き込んでくる。


「お、おう……」


 昨日のやり取りを思い出し、なんとなく気まずい。だが、当の本人はケロッとしている。


「今日さ、放課後空いてる?」


「え? まあ、特に用事は——」


「じゃあ決まり! デートしよっ♪」


「……は?」


 何を言っているんだ、この幼なじみは。


「昨日の話、試してみたくなったの! だから、一日デートしてみようよ♪」


「おいおい……」


「ほら、彼女のフリとかじゃなくて、本当にデート。ね? いいでしょ?」


 期待に満ちた瞳で見つめられ、俺は逃げられなくなった。


「……わかったよ」


「やったー!」


 こうして俺は、幼なじみとの“デート”をすることになった——。



 放課後。


「じゃーん! シン、どう? 私の私服!」


 待ち合わせ場所に現れた結衣は、いつもの制服姿とは違い、淡いピンクのワンピースを着ていた。


 シンプルだけど、ふわっとしたシルエットが彼女らしい。


「……ああ、似合ってる」


「本当? えへへ♪ シンにそう言ってもらえると嬉しいな」


「……まあ、行くか」


「うんっ!」


 そして、俺たちはデートスポットへと歩き出した。


「まずは映画に行こう!」


「お前、何観るか決めてるのか?」


「もちろん! この恋愛映画!」


「……え、恋愛?」


「カップルで観ると、距離が縮まるって評判らしいよ?」


「お前、それ完全に狙ってるだろ……」


「ふふっ、さあ行こ♪」


 結局、俺は結衣に引っ張られ、映画館へと向かうことになった。



 映画館に着くと、結衣はすでにポップコーンとドリンクを両手に抱えていた。


「シン、キャラメルと塩、どっちがいい?」


「……え? 俺の分まで買ってたのか?」


「もちろん! シンの分を忘れるわけないでしょ?」


「……まあ、キャラメルで」


「了解♪ じゃあ、行こ!」


 俺たちは席に着き、映画が始まるのを待った。


 しかし、上映が始まると——


「わっ……!」


 結衣が俺の腕にそっとしがみついてきた。


「お、おい……」


「ほら、こういうシーン、ちょっとドキドキしない?」


 画面には、ちょうど主人公とヒロインが急接近するシーンが映っていた。


「……お前な」


「えへへ♪」


 俺はもう、映画の内容がまったく頭に入ってこなかった——。



 映画館を出た後、俺たちは近くのカフェに入った。


「シン、何食べる?」


「……まあ、オムライスで」


「じゃあ私も一緒♪」


 結衣はにこにこと微笑みながら、俺と同じメニューを頼んだ。


「今日の映画、どうだった?」


「いや、正直お前が気になって内容が全然入ってこなかった……」


「え? それって……」


 結衣は一瞬驚いた顔をした後、頬を赤らめて嬉しそうに笑った。


「……そっか♪」


 この笑顔を見た瞬間、俺の胸がまたざわついた——。


「ふふっ、それなら映画なんて観ないで、最初から私のことだけ見てればよかったのに♪」


「お前な……。それはさすがに恥ずかしいだろ」


「えー? じゃあ、私のこと見るのは恥ずかしいの?」


「……そういう意味じゃなくてだな」


 俺が言い訳しようとすると、ちょうどオムライスが運ばれてきた。


「わーい! いただきまーす♪」


「お前、テンション高いな……」


 結衣はスプーンを手に取ると、嬉しそうにオムライスを頬張る。


 そんな彼女の無邪気な姿を見ていると、さっきまでの気まずさも少し和らいだ。


「ねえシン、あーんしてあげよっか?」


「は?」


「ほら、口開けて♪」


「いや、自分で食べるから」


「むー、ノリが悪いなあ」


 結衣は少し不満そうにしながらも、楽しそうに笑っていた。



 食事を終えた後、俺たちは夜の街を歩いていた。夕焼けがすっかり消え、街灯が灯り始める時間だ。


「今日は楽しかったね♪」


「まあ、そうだな」


「“まあ”じゃなくて、“すごく”楽しかった、でしょ?」


「……はいはい、すごく楽しかったです」


「えへへ♪ それならよし!」


 結衣は満足そうに微笑む。そんな彼女を見ていると、不思議と俺まで嬉しくなってくる。


「……なあ、結衣」


「ん? なに?」


「お前、本当に俺のこと……」


「好きだよ?」


 俺が言い終わる前に、結衣はさらっと言ってのけた。


「……お、おい、もう少し考えて言えよ」


「考えるまでもないもん」


 結衣は俺の手をそっと握る。


「シンはどうなの?」


「俺は……」


 心臓がドクンと鳴る。


 俺はこいつのことをどう思ってる?


 ずっと一緒にいた幼なじみ。距離感が近すぎるけど、嫌ではなくて——


「答えは、もう少し待ってくれ」


「……ふーん、まあいいよ。どうせ答えは決まってるし♪」


「なんでお前が決めつけるんだよ」


「だって、私のことずっと見てたでしょ?」


「……っ!」


 俺は何も言い返せなかった。


 結衣は俺の手を強く握りながら、夜道を歩き続けた。


 このまま、幼なじみの“平和”な関係が続くと思っていた。


 でも、どうやらそれは——もう無理みたいだ。

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