今夜、宇宙の片隅で

すーぴーぱんだ

今夜、宇宙の片隅で

 今日は夕方からずっと雨だな。

 3ヶ月振りの休みの、冬入り間近な11月下旬の日曜深夜―

 運営会社借り上げの、ワンルーム・マンションのフローリングの六畳間で一人、着古した黒のスエットの上下で、実家から持って来た机に向かい… 今から私が所属するアイドル・グループの「公式リレー・ブログ」とやらを書かなくてはならない。

 個人ブログなら幾らでもサボれるのだが、これはそうもいかない。

エアコンと加湿器からの、地味で静かな音を聞きながら、中1の時から5年近く愛用しているノートパソコンのキーボードを、私は打ち始めた…


〈「月と六ペンス」公式リレー・ブログ〉


〈タイトル「ご報告」

 2022.11.07 1:00〉


〈皆さん今晩は、四期生の山下璃果(やましたりか)です。

 「月と六ペンス」最新31stシングル『今夜、宇宙の片隅で』の、選抜メンバー20名の発表が、先程テレビ東京で放送されたグループ冠番組内で行われました。

 私は、今回選抜メンバーではなく、アンダーメンバーとして活動することになりました。

 率直に今は…

 いつも私のことを応援して下さっている皆さんに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいです。〉


〈今年の8月から3ヶ月の間、全国ツアーやアンダー(メンバーの)ライブに加えて、テレビやラジオなどでも、ありがたいことにグループとしての活動にたくさん参加させていただくことが出来ました。

 正直なところ、自分の中では身体的にも精神的にもハードでして。もう耐えられないと、限界を迎えていた時期もありました。

 でもここを頑張ったら、ここを乗り越えたら…

 次のシングルで選抜メンバーに選ばれて、皆さんに恩返しできるかも知れない。夢にまで見たステージに立って、スポットライトを浴びれるかも知れない。自分のことを、ほんの少し好きになれるかも知れない。

 そう思って活動してきました。

 もちろん、いつ選抜メンバーに選ばれても大丈夫なように、歌とダンスの深夜の(部屋での)自主練を欠かしたことはありませんでした。

 文字通り目が回るほど忙しい毎日も、私にとってはありがたく、辛いことでも楽しく感じられました。

 でも…〉


「……」


〈今回こういう結果になって、私がやって来たこの3ヶ月は、やっぱりダメだったのかなと。

 仙台から東京に出て来て、グループに加入してまだ3年足らずの私ごときが、選抜メンバーに入れるとでも思ったのか?

 もしそう訊かれたら、そうだともそうではないとも、どちらとも言えません。

 目指すものに向かって必死に走り続けて、ゴールに辿り着いたと思って周りを見たら… 競技場それ自体が消えてしまっていた。

 そんな感じでしょうか。〉


〈自分を取り繕うのは、私、小さい頃から上手なんですよ。

 どんなに苦しくても悲しくても、大丈夫って、自分に言い聞かせることができるし。

 周りの人達に心配を掛けないよう、元気に明るく振る舞うのも得意だし。

 でも… 今回だけはどうしても、どう頑張っても、あまりに辛過ぎて―

 これ以上、私は一体何を頑張ればいいんだろうって…〉


♪ Born to be wild~


 突然ケータイから大音量で流れて来た力強い曲に、目から溢れ出そうになった涙が一瞬にして止まり、背筋がピンと伸びる。

 『Born to be wild』とは、アメリカのロックバンドSteppenwolfが1968年に発表した曲なのだが。

 私にとっては、「月と六ペンス」内で結成された四人組のユニット「佑美様軍団」の軍団長である、今はグループを卒業された、一期生で7コ上の伊藤佑美さんからの「直デン」を知らせる曲であった。

 「佑美様軍団」とは、メンバーの演技力向上の為に運営側が、グループ内で舞台経験の豊富な佑美さんを筆頭に、芝居好きなメンバー3名を集めて結成されたものだ。

 因みにこの曲を選んだのは佑美さんで。何でも子供の頃、父親にDVD-BOXを勧められてドハマりした、今から20年以上も前のTVドラマ『池袋ウエストゲートパーク』で、長瀬智也さんが演じた主人公・マコトのケータイの着信曲とのこと。

 佑美さんには、同じ仙台市出身ということで、加入当時から何かと目を掛けてもらっていたのだが。

 目の縁の涙の滴を指先で拭い、急いでケータイに出る。何しろ3コール以内に出ないと、罰として次の「集会」の時に、スタバで他のメンバーが好き勝手に注文した、抹茶フラペチーノやら、キャラメルマキアートやらを、(私は安いギャラなのに)奢らされる羽目になるからだ。

「はい、私リカちゃん」

 何故か軍団内では私だけ、(下の)名前の呼び捨てではなくて、「リカちゃん」と呼ばれている。困ったことに自分でもそう呼ぶように言われている。理由は不明なのだが電話では特に。気分はレジェンド級のお人形さんだ。

「まさかとは思うけどさ」

 いつも通り名前を名乗らず、大きなテレビの音に紛れて、いきなり豪快な声が耳に響いて来た。健康(?)のことを考え、減塩はちみつ梅をアテに焼酎の緑茶割りでも、広いリビングのソファに腰掛けて、一人飲んでいたのだろうか。

「選抜落ちのショックで、ウジウジしたブログなんか書いてなかったろうね?」

「書いてませんよー!」

 人は図星を指されると、全力で(不自然に)否定する。

「ホントに?」

 今でこそボーイッシュ・キャラのアスリート女子として売っている佑美さんだが。病弱な深窓の令嬢(地元では大手材木会社の創業者一族の孫娘)だった小学生の頃は、推理コミック&2時間モノの刑事ドラマ・ヲタだったので、油断は禁物である。私の下手な作り話など、一瞬にして抜群の推理力で見破られてしまうに相違ない。

「ふーん。じゃあ何でこんな遅くまで起きてたの?」

「えーと、それはですね。…あのー、今週木曜に収録予定の『内輪うけモノマネ大賞』に向けて… メンバーの物真似の練習を」

「誰の?」

「んーと。あの、軍団の他の二人… ファッション誌専属モデルの武神美波(たけじんみなみ)さんか、同じ高校に通っている中村珠美(なかむらたまみ)の物真似をやろうかなと」

「いいね!」

 …話をちょっと(佑美様)軍団に寄せ過ぎたかな?

「あたしが卒業した後も軍団のアピールを忘れないって心意気? 軍団長としては、嬉しいものよ」

「…どうも」

 佑美さんがグループを卒業されたのは昨年の3月で。一緒に活動出来たのは1年足らずだったのだが。番組内での夏のキャンプや秋の運動会の思い出が、ふっと脳裏を過ぎった。

「ちょっとやって見せてよ」

「あっ、はい! えー(頑張って思い出しつつ、口調を真似て)武神美波20歳。それ以上でもそれ以下でもありません」

「超ウケる!」

 ケータイの向こうで大きく笑いながら手を叩いている佑美さんの姿が見える気がした。上手いこと誤魔化せて何よりである。…にしても佑美さんは、こんな遅くまで何を?

「来年2月から始まる、刀を振り回して敵を斬りまくるって、前作でも演じた無鉄砲なお姫様がヒロインの、『皆殺し姫 Returns』の舞台の台本を渡されたんだけどさ。殺された親の仇相手にまくし立てる、2頁半の長台詞があってね。こんなん覚えられるか! って台本を放り出して。うちのグループの番組を見ながら、減塩はちみつ梅をアテに焼酎の緑茶割りを飲んでたんだけど」

 佑美さんは「月と六ペンス」にいた3年前に出演した、手塚治虫先生原作の『七色いんこ』で主役の代役専門俳優(実は怪盗)の「七色いんこ」を演じて以来、芝居の面白さに目覚め、グループ卒業後は、舞台女優の道を歩まれているのだった。

 …てゆーか、そこは真面目に台本を読み込みましょうよ。

「そしたらさ」

 アテの減塩はちみつ梅をもぐもぐしながら、くぐもった声で佑美さんは言った。

「番組の放送が終わった途端に、美波と珠美から『リカちゃんに電話して上げて貰えませんか?』って電話があって。二人とも口を揃えて『夏の全国アンダーライブでも、レッスン中の怪我で休養中の副キャプテンに代わって、慣れないMCや開演前のナレーションを担当したり… あんなに頑張ってたのに』って」

 一瞬、私を泣かせに掛かってるのか(ドッキリ用の隠しカメラが部屋のどこかに?)と思ったのだが。

「確かにBSのパソコン教室の番組で、毎週『萩の月』みたいな甘い声でナレーションをやってるよね」

 これでも私は、高校で理系コースだったんです! 前言撤回。もっとも、私が今いるのは自室なので、隠しカメラが設置されているはずもない。

「まっ、あたしもちょっと言ってやろうと、思ってたとこだったんだけどね」

 えっ何を?

「あたしが初めて選抜メンバーに選ばれたのは、グループに加入して7年半後だったんだよ? って」

 それは…

「いや、ここはツッこんでくれないと」

 えっ?

「『佑美さんは、グループに加入して、7年半後に卒業されたんでしょ? それって運営側の配慮で、一度くらいはいいんじゃない?ってことで、卒業祝いの代わりに、選抜メンバーに選ばれただけなんじゃないんですか』って」

 …済みません。

「笑いに厳しい『佑美様軍団』の軍団員として、まだまだ修行が足りないわね」

 あの、佑美様軍団って、演劇ユニットではなく、お笑いユニットだったんですか?

「まさかとは思うけど…」

 電話口でも分かる穏やかな声で、佑美さんが言った。

「ホントはね。あなたが広大な宇宙の中で、自分は一人ぼっちだと思い込んで… 部屋の片隅で体育座りでもしてるんじゃないかと思って、電話したんだけどさ」

「……」

「甘いな。一人になんかさせないよ? …あたし達が」

 そう言って昭和の特撮ヒーロー番組に出て来る正義の味方みたいな高笑いをすると、佑美さんは「何だよ、焼酎もう無くなっちゃったじゃん」とぶつくさ言いながら、電話を切ったのだった。

 窓の外では、相変わらず11月の雨が静かに降り続いていた。


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今夜、宇宙の片隅で すーぴーぱんだ @kkymsupie

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