第3話 親友と配信者と、やっぱり妹。

『ありえない』

「……だろ?」


 俺は怜音の声にそう相槌を打った。

 通話越しのため怜音の声は普段より低く、それもまたイケボの相乗効果になっていてウザい。


『あの真琴ちゃんが、ゲームに……いや、お前に興味を?』


 怪訝そうな怜音の声がスマホから響く。


『オリジナル小説の設定はもう聞かせるなって言ったろ?』

「違うわ!! 今回のことはマジのマジだ!!」

『【寡黙な天才義妹が、実は俺のことを好きみたいなんだが】?』

「うるせぇよ!!」


 ……はぁ、やっぱり相談する相手を間違えたか。

 といっても怜音くらいしかいないのだが。


 俺は一抹の後悔に苛まれつつ、数時間前のことを思い出していた。




△▼△▼△




「ゲームって、そんなに楽しいの?」

「はっ……えっ?」


 真琴は眉間に少ししわを寄せながら、俺にそう問いかけた。

 突然のことに思わず心臓が跳ねる。


 なにしろ、こうして俺に――俺の趣味について興味を持ってくることは初めてだ。

 いつもは最低限の会話しかせず、食事を終えれば互いの部屋に帰る毎日。


 味気の無さは感じつつも、どこか諦めのような受け入れ方をしていた俺たちの日常。



「――そりゃ、超楽しいぞ!?」



 何がきっかけになったのかは定かではない。

 でも確かに今この瞬間、その日常が変わろうとしているように思えた。




 コンビニから家への道。

 それは十分もかからない距離であり、それ以上にあっという間に感じられる道だったのだが。


「……へぇ、それが『ARTHUR ONLINE』なんだ」

「そ、そうそう。他のゲームとは違って、強くなるにはプレイヤー自身の成長が必須なんだ」

「それって、難し……いや、奥が深い……みたいな感じ?」

「あーそうだな。やればやるほど強くなれるし、そして強さに明確な終わりはない……っていうね」


 この通り会話がぽんぽん弾むわで。

 俺の感覚の中ではもう三往復くらいしていてもおかしくないのだが、今ようやく半分の地点を通り過ぎたくらいだ。


 ……それにしても真琴、すごい話しかけてくるな。


 真琴はいつも無表情で、いつも冷めているような印象があった。

 部活でも、勉強でも、生活の中でも、何に対しても平熱な態度。


 それも『何でもこなせる』才能の代償なのだろうか、いわゆる天才の悩み――みたいな風に俺はとらえていた。

 例えそうだったとしても、俺にはそれが痛みなのか、悩みなのかすらも分からないというのに。


 でも今目の前にいる真琴は――


「それじゃあ兄さんは、どれくらい強いの?」


 瞳に静かな色を宿し、俺の受け答えにふんふん頷いている。

 正直言って、こんな光景ありえない。何かの間違いじゃないかとすら思う。


「俺は、そうだな……普通だよ」


 だから俺の言葉はどこかぎこちなかった。


「普通……じゃ、わからない。もっと具体的に」

「いや、具体的に言ったらもっとわからないと思うぞ」

「だったら、それも教えて」


 しかし、そんな俺にぐいぐいくる真琴。

 

 ……どうしたものか、やりづらいな。


「えっと、そうだな…………あ、もう家着いたぞ」


 口ごもっていると、なんともタイミングの良いことに家に到着した。

 俺は違和感があるくらいそそくさと玄関の鍵を開けて、家の中に逃げ込む。


 いつもの空気感に包まれると、不思議と胸の緊張がとれた気がした。


「俺、晩飯作るから。風呂沸かしといて」


 ほっと胸を撫で下ろしてすぐ、俺はいつもの調子で真琴の方へ振り向いて言う。

 

「……わかった」


 竹刀を傘立てにすとんと落としながら、真琴は浅く頷く。

 そのときには表情と声色も、いつも通りのものに戻っていた。


 さっきまでの熱の残滓は、まるで嘘だったかのように。


 これが俺が望んでいた日常。

 そのはずなのに、なぜか。


「な、なぁ」

「…………?」

「いや、やっぱりなんでもない」

「……そう」


 たったの一度、ほんの少し。

 それだけ近づいただけで、この冷たさが気になってしまうようになっていた。

 



△▼△▼△




「はぁ~」

『さっきからため息ばっかりだなキミ』

「いや……はぁ~」


 怜音の声を半ば無視しながら、俺は深くため息をつく。 


 どうすればよかったのか、どうしたかったのか。

 今となってはもうわからない。


 ……チャンスを棒に振ったってやつかな。


 あれ以降真琴はすっかりいつも通りで、帰り道で見せた姿の面影すらない。


『なぁ樹クンよ。間違えたかもって思うなら、やり直すしかないんじゃないか』

「…………やり直す」

『そうだ。もう一度歩み寄るんだよ』


 そう言う怜音の声色はいつになく真剣だった。


「そうか、怜音……」



『そしたら真琴ちゃんとゲームができる!!』



 少々感動しかけたところで、いまいちイケボで誤魔化しきれないセリフが飛んでくる。


「させるかぁ!!」


 ……なんだこいつ。

 まぁ真剣ではあるのか?


『お前に妹萌えは独占させんぞッ!!』


 そう叫ぶ怜音の声は、気合が入り過ぎていて気持ち悪い。


 こいつにも真琴と同じ年の妹がいたはずなんだけどなぁ。

 そこのところどう折り合いをつけているか気になる。


「わかった落ち着け」

『落ち着いた』

「一旦ゲームだ。ゲームしてから考えよう」

『……それもそうか』


 俺と怜音はテンポよく会話を終えると、スマホの通話を切る。


 迷ったときは、やっぱりゲームだ。

 少なくとも、俺には――それが救いになってきた。


 悩みも迷いも、きっと好きなことをしていれば自ずと答えは出てくるはず。

 そんな風に考えながらヘッドホンを手に取り、パソコン上のボイスチャット用アプリを起動する。


 【漆黒のブラックシュヴァルツ ぼいちゃ】: 二人


 ……あれ、二人?

 

「はぁ~~~」


 俺はパソコンの画面の前で、もう一度深くため息をつく。

 このボイスチャットに参加できるのは、俺と怜音とあともう一人。


 ……絶対からかわれるだろ。


 容易く見通せた未来のビジョンに歯噛みしつつも、俺は諦めてボイスチャットに参加した。


 【→ ♰黒騎士♰ が参加しました】

 

 軽快なメロデイとともに、左上のボイスチャット参加者を羅列しているタブに俺の名前が並ぶ。

 それと同時に、俺の一つ下の名前がぴこぴこ揺れて、発言を表すスピーカーのマークが点滅した。



『おお~くろきー!! うら若き悩める青年よぉ~~!!』



 からっとしていてよく通る女性の声が、俺のもうひとつの名前を呼ぶ。

 俺と怜音の、もう一人のゲーム仲間。


 泡沫雅楽うたかたががくの声だった。

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エクスカリバーな妹。 たべごろう @tabegoromikan

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