テセウスの船
仁城 琳
テセウスの船
ごめん!遅くなっちゃった、待ったよね?
(A子は慌てた様子で私に近付き向かいの席に座る)
ごめんね、思ったより時間かかっちゃって電車乗り過ごしちゃったんだ。あ、うーん。後遺症、かな?でもリハビリだってしたしちゃんと歩けるよ!お医者さんだって問題ないって。
(A子は上着を脱ぎ鞄と共に自分の横に置く)
そうそう、お見舞いありがとうね。すっごく嬉しかった!ほんとに、あの時は死んじゃうかと思ったからさ。まぁ正直覚えてないんだけどね。お医者さんが言うにはびっくりしすぎて?痛すぎて?忘れちゃったみたい。なんとなく「なんでこんなになってるのにまだ生きてるんだろ」ってぼんやり思ってたのだけ覚えてるかも…。だから目が覚めて、みんながお見舞い来てくれて話してくれて、あー、私生きてるんだって感じられてすっごく嬉しかった!え?これ?スカーフ、お母さんがくれたんだ。退院祝いだって。素敵でしょ。お気に入りなの。
(A子が席に備え付けられたタブレットを操作する)
ね、飲み物以外はなにか頼んだ?頼むなら一生に…え?スカーフ?外さないのかって?うーん、お気に入りだから外したくないんだよね。お店の中、ちょうどいい温度だし大丈夫だよ!気にしてくれてありがとう。…うーん、いちごのパンケーキにしようかな。あ、一緒のにする?じゃあ一緒に注文するね。…え、いつもそれだって?大好きなんだもん!…昔から変わらないって?そう…そうかもね!ありがと!
(A子の腕時計型通信機器から通知音が鳴る)
あっ、ごめんね。…うわ、事故だって。心配だね…結構大きいみたい。損傷ありだって。全部見つかるといいよね…。
(A子は自分が痛みを感じているかのような表情をしながら通信機器の電源を切る)
それにしてもすごいよね。医療の力?昔は手とか足とかちぎれちゃったら元には戻せないのが普通だったんでしょ。だから代わりに義手とか義足とか、肉体とは違う物を使うのが普通だったって。今なら人工の腕とか足とか、色々あるし。取れちゃったパーツさえあればスキャンして元の形と全く同じ物を作れるの。損傷が激しくても上手くパーツを作れるお医者さんもいるんだって。人工のパーツそういうの使いたくないって人もいるみたいだけどさ。パーツさえあれば元通りになるのが普通って思ってたから、それが当たり前になったのが十数年前って聞いてビックリしちゃった。この事故の人もちゃんと治るといいよね。え、詳しいねって?そうそう。入院中にね、お母さんが教えてくれたんだ。便利な時代でよかったねって。あ、ありがとうございます。おいしそう!
(私たちのテーブルに配膳ロボットがいちごのパンケーキを二つとA子が頼んだ紅茶を並べて離れていった)
いただきます。…うん!おいしい!え?ふーん。あなたは義手や義足の方がいいんだ。人工のパーツは自分じゃない肉体が付くのが嫌って?でもさ、昔から臓器移植はあったんだよ。今は臓器だって人からじゃなく人工的に作られたものだけど。それと同じじゃないかな。人工なのが嫌?得体がしれないから?…ふふふ、変なの。ちゃんと国に認められた治療法だし、昔の臓器移植と変わらないのに。でも、うん、あなたらしいかも。でも昔の臓器移植ってさ、同意があるのが大前提だけど誰かからもらうんだよ。取っちゃうんだよ。今の人工の方がいいと思わない?…そう。まぁ価値観の違いだもんね。
(A子が紅茶を一口含む)
(しばらくの沈黙)
(A子が紅茶のカップを置く音)
ねぇ、テセウスの船って知ってる?そうそう、古い船を新しい木材に変えていった時同じものと言えるかって話。あれ、私は同じだって思うんだ。だって部品が変わってもその船が人々にとってその船であることは変わらないでしょ?…あなたは違うと思うんだね。違う部品になってるから?なるほどね。じゃあ一部だけだったら?例えば大きな船のたった一部分だけが劣化したから入れ替えたとしたら?…迷ってるね。ね、それを迷うならごく一部でも全体でも変わらないって思わない?
(A子がスカーフを外す)
ねぇ、見える?これ。傷跡、少し残っちゃったんだ。首、って言うか頭は無事だったの。え?どういうことか分からない?えっとね、私、事故にあった時に死んじゃうかと思ったって言ってたでしょ。頭、取れちゃったんだ。あの時。自分の頭から離れた身体?初めて見た。と言うか見ることないよね、そんなの。頭と身体がちぎれちゃってるんだよ。死んだって思うよね。ふふ。手足とかぐちゃぐちゃだし。身体は割と綺麗だった気がするけど。なんか自分のことって思えなくてぼーっと見てたのは何となく覚えてる。痛いとかは分からなかったな。それで起きたらベッドの上で、首が痛かったけど下を見たら身体も手足も付いてて。首と繋がってるのか確かめたかったけど腕が動かなくて触れなかった。リハビリ前だったからね。お見舞い来てくれた時さ、私の見た目、綺麗だったでしょ。だって傷はこの首元だけだもん。身体は新しく作ってもらった物だよ。入院が長引いたのは新しく作ってもらった身体を動かす練習をするためにたくさんリハビリしなくちゃいけなかったから。見た目は全く同じなのに思うように動かなくて大変だったなぁ。頭以外の損傷は激しかったし、ぐちゃぐちゃだったけど写真とか動画とか色んなものを元に完璧に同じ肉体を作ってくれるお医者さんをお父さんとお母さんが探してくれたの。ね、違和感ないでしょ。服だってほら、去年遊んだ時に着てたのと同じだよ。それで、テセウスの船の話に戻るけど。あなたは一部なら違う船だと言うことを迷ってたよね。ねぇ、あなたにとって今の私はどう?頭はそのままだよ。脳って大事だよね。思い出だって脳に残ってる。それはそのままなんだよ。いちごのパンケーキが好きなの、昔と変わらないって言ったよね。ほら、好みだって変わってないんだよ。なんにも変わってない。じゃあ私は?あなたにとって私は私のまま?事故に遭う前の私と同じ?…なんで?なんでそんな目で見るの?違うって思うの?私は私のままだよ。あなたの事も、あなたとの思い出もしっかり覚えてる。それなのに違うって言うの?おかしいよね?違わないよ!私は私だよ!だってそうじゃない!この体だって完璧に再現されてる!私なんだよ!!否定しないで!!私だってなりたくてこんな身体になったんじゃない!!返して!!返してよ私の身体!!そんな目で見ないでよ!!私は私!!そうだって言ってよ!!前の私と同じでしょ!!肯定してよ!!!!私は変わってなんかない!!!!
テセウスの船 仁城 琳 @2jyourin
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