第8話

悟先輩は『気を付けてね~。』と、ひらひら手を振っている。


私はペコッとお辞儀だけして、斗馬先輩に引っ張られるまま着いていった。





―――――…

―――…



「…と、斗馬先輩。あの、」


『お前、悟先輩と付き合おうとしてたの?』



居酒屋から離れてから、初めて斗馬先輩が私の方を向いた。


その顔と口調は少し怒っていて、私は思わず肩が強張る。



「い、いえっ、実は―…」


『さっき悟先輩とキスしようとしてたじゃねぇか。』



――でも、その言葉に疑問を抱いた。



『え…?してませんよ?』


「はぁ?さっきお前目ぇ瞑って、悟先輩顔近づけてたじゃねぇか。」


『え…?あ、それは睫が付いてたみたいで、取ってくれようとしてたんですよ。』


「…………は?」



私の言葉に斗馬先輩は一瞬ポカンとすると、



『……畜生、騙された。』



次は何故か顔を赤くして、そっぽを向きながらボソッと何かを呟いた。



「斗馬先輩……?」




訳が分からなくて、弱々しく声を掛けると、地面へと落とされていた瞳が、真っ直ぐ私へと向けられた。



『…妹みたいだと思ってた筈なのに、な。』



聞き返す間もなく、握られていた手をそのまま引っ張られ、何が起こったのか理解した時には、私は斗馬先輩の腕の中にいた。



「とうま…せんぱい…?」


『…お前が悟先輩のものになるかもって思った瞬間に気持ちに気付くなんて、どんだけ鈍いんだって話だよな。』




俺が、お前の初めての彼氏になったら嫌だ?



耳元で囁かれたその言葉に、涙がボロボロ流れてきた私は、頭をぶんぶん振って斗馬先輩の背中に手を回す事で応える。



どちらかの携帯のバイブが鳴っている。


メールを読むのは、もうちょっと待ってて。






《unrequited love》


―片想い―



from;神島悟先輩


【奪いにきてエライエライ♪郁美ちゃんには可哀想な事しちゃったけど、お前にカマかけた甲斐があったよ。】

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