オッサンと新人

きのこ星人

オッサンと新人



なんてことない人生だ…。

この世に生を受けて23年。苦難とは無縁の人生を歩んできた。

暖かでそれなりに裕福な家庭に産まれ、小中高では勉学に苦戦したこともなければ、大学受験さえも身の丈に合った所を選び、なんなく合格。

交友関係も至って良好でイジメなどしたこともされた事もなかった。

順風満帆。いままでそれが当たり前だと思っていた。そして…これからも。新卒で入った有名銀行。大企業だ。それすらも、さほど苦労もしていない。

もう一度言おう…。なんてことない、極めて普通の人生だ。

むしろ良い方だと誇ってさえいる。だが、今は…人生の壁というものを痛感させられた。


「はぁ……はあああああぁぁ…」


春の陽気が暖かい午後。

街は過ごしやすい気候と天気で皆、軒並み表情が明るい。そんな中この明るい町並みに似つかわしくない大きなため息をつく若者がいた。


「…クッソ…。なんで上手くいかねぇーんだよ…。」


20代半ばと見える若者はしっかりとワックスを塗り、人当たり良さそうに整えられたであろう髪の毛をグシャグシャと無造作に掻き回していた。

真新しいシワ一つないスーツにピカピカの靴。そして、まだ硬そうなカバン…。これをみる限り、彼はどこかの大企業の新人営業マンと言った感じであった。


「説明だって…ちゃんとマニュアル通りにしている…。

言葉使いだって…何ら問題ないハズだ!なのにっ!なんで!!」


古民家を改装したような古めかしく、静かなカフェの一角で彼は真新しいスーツのことなど気にも止めず、つい大声を張り上げて机に突っ伏してしまった。

そこで彼はすぐにヤバいかと焦って辺りを見回すが、今はお昼のピークを過ぎたあたりで客足はまばら…。誰も彼の愚痴に気を止めるものは居なかった。


「あーあ。銀行の営業なんて自由だし、チョロいと思ったんだけどなぁ…。

先輩と前に行ったときはすごいスムーズに運べたし、あとで上司にも褒められたのにさぁ。」


こんなハズじゃなかったのに…。と言わんばかりに落胆し、運ばれて幾分時間の経ったホットコーヒーに目をやった。

酷く疲れた自分が映っていた。こんな顔ではせっかくの容姿が台無しだ…。現実逃避するかのようにミルクを入れてかき混ぜ、そんな自分を見なかった事にした。


始めはなんの問題もなかった。先輩に言われるがまま顧客の家に向かい営業をかけ、先輩が見ている中、話してみてそれも好感触に話が進んでいた。

だが、一人になった途端どうだろうか。怪訝な顔こそされなかったが、話していても会話が続かずだんだん生半可な返事をされて、最終的にはお断り。

そして遂に、先程こう言われたのだ。


「ごめんなさいね。あなた、何を言っているのかわならないの。」


思い出すと若者は再び机に突っ伏した。声を上げられないので、悔しさを紛らわすため地団駄を踏む。

分からないってなんなんだよ!俺はずっと日本語ではなしている!説明が難しかったのか?そんなことない。大学の友達にも同じように説明したが、みんな一様に理解していた。

世代による言い回しの差かと思い両親にも聞いてもらったが、理解されないどころか分かりやすいと褒められたくらいだ。実際、上司にも褒められた位だし…。


「何が…悪いんだ?滑舌の悪さ?それとも、もっと別の要因が…」


このまま手ぶらでは社内には帰れない。ものすごく期待されているし、若者にはプライドがあった。せめて、一件くらい契約できないと同僚にも馬鹿にされてしまう。

若者はおもむろにスマホを取り出した。そこで検索をかけていると、机にコトンとカップ置かれる音がした。


「……ん……?」


自分のミルク混じりのコーヒーカップはそこにある。それとは別に、黒黒としたコーヒーカップがもう一つ置かれた事に気づき顔を上げてみる。


「よお。相席いいか。」


若者は突然のことに言葉も出ず文字通り目が点になった。

先程も言ったが、今はお昼過ぎの客足がまばらな状態。席など選び放題なのに、なぜこの目の前の男は相席なんて申し出たのだろうか。


「よっこいせっと。」


見た目年齢50代ぐらい。無精髭を生やしてはいたが、お洒落な着こなしをした所謂…ちょいワルオヤジ的なオッサンは、若者の承諾を聞かないままドカッと豪快に椅子に腰掛けた。


「うえ!?ちょ!!」


「ま。そんな気にすんなって男同士なんだしよ。」


後から来たのにも関わらずそうオッサンは足を組み、優雅に景色を見ながらコーヒーを啜る。

若者が隣で目を白黒させながら、今にも警察に連絡してやろうかと考えているのに…。


「あ、あの…俺が座っていたんですけど!」


しょーもなすぎるのでとりあえず警察に通報するのは止めて若者は意を決してそうオッサンに抗議する。すると、どうだろうか男は目も合わせずに「んー?知ってるよ。」とふてぶてしく答えた。


「俺ね。このカフェのここからの景色好きなんよ。仕事が一段落ついたらよく来る俺のお気に入りの場所。」


そんなの知ったことではない。若者はただでさえ契約が取れずイライラしていたのに、このオッサンの意味の不明なぼやきに付き合っている暇はない。

退かないならこっちがどくまで。若者は乱雑にカバンを持ち上げ立ち上がる。


「そうですか。それは失礼しました。ごゆっくりどうぞ!」


「まあ、待て。顧客の話は最後まで聞けって会社で習わんかったか?」


その言葉にピタッと手が止まる。何故このオッサンは自分が営業中の新人とわかったのだろうか…。

チラリとそちらを見ると、意味を察したオッサンの腹立つニヤニヤ顔と目があった。


「お前さんのその身りとシワ一つない持ち物…。探偵でもなんでもないただのオッサンでもわかるさ。

平日の午後からこんな所で油うっている奴なんて営業回りに苦戦して疲弊した新人か…

…俺みたいなうだつの上がらねぇオッサンぐらいのもんだ。」


どこか哀愁漂うオッサンはそう言って若者…もとい、新人に再び座るよう空いている椅子を指で叩き促す。

そのどこか断れない雰囲気と図星を当てられたショックからか、素直に再び椅子に座りなおす。満足そうにニヤリと笑ったオッサンはまたカフェから見える景色に目を向けた。


「警戒すんなよ。俺はこの町育ちのただのしがないオッサンだ。お前さんは?この町初めてか。」


「み、見た目通り仕事でこの町に来ただけですよ。だからこの町のことは何も知りません。」


出身地は別にある。この町には仕事上でしか訪れたことがない。


「ほーん。…んで?どうよ。この町の感想は…?」


こちらに目を向けないままオッサンはそう新人に問うた。

正直、新人は困った。どうと言われてもまだ来て数回なんの感想もうかばない。強いて言うならとても田舎だと言うことだ。

まだ一年目の新人が本社勤務なんてさせてもらえない。どれだけ有能だとしてもだ。だから、自身が住んでいた所よりかなり地方に配属が決まったのだ。


「(この町の感想…ね…。)」


田舎すぎる。この新人にとっては。見渡す限りの田んぼ田んぼ田んぼ。商業施設など見当たらないし、ビルよりも大きな大木が目立っているところなんて始めてだ。

なので、休憩場所にも困っていた。そういう店がないからだ。そんな中なんとか見つけた一軒のカフェがこの場所だと言う訳だ。


「(顧客がいるこの町で…古臭く田舎で何にもない世間から切り離されたような町ですね。って言ったらキレられるかなぁ…。)」


新人は言葉をえらんだ。どうすればこの状況を乗り越えられるかを。穏便にスマートに。自分にも相手にも気持ちよく受け取られるような気の利いた言葉を…。


「え〜。そうですねぇ…緑が豊かで…なんにも…じゃなかった!

若い人だけじゃなく、ご老人もみんな働く元気な町ですね!」


どうだ!百点満点だろ!新人は心の中でドヤ顔を作った。

嘘はついてない。実際、若い人はともかく新人の祖父母あたりのご老人がいまだに現役で活躍しているからだ。働き手がないと言われればそうなのだが、顧客にも元気な老人は多く、それ誰もがキビキビとした動きでまだまだ働きざかりといった感じだ。

その自信たっぷりの新人の解答を聞いてオッサンは何拍か置いたまま、突然吹き出した。


「ぶっ!ぶわははははははは!

元気な老人?その通りだよ新人!スッゲよく見てんじゃねーか。見直した!」


ゲラゲラ、ゲラゲラと腹を抱えながら笑うオッサンに次第になんか馬鹿にされているような感じさえした。


「ちょっと…!もういいでしょ!俺もう仕事に戻りますんで。貴方だって仕事あるんでしょ。早く戻った方がいいですよ!」


「仕事…?…ああ。辞めてるよとっくの昔に。」


笑いながらさも当然のようにそう言い放つオッサンに、新人の顔は驚きに染まった。


「…………はあ………?」


「ちなみに、今もやってねぇ。働く気がないんだよ。

前は工場でせっせと働いていたんだが、ポカやらかしちまって商品全滅。責任処分で解雇を命じられて家に帰って事情を説明したら、何を思ったか奥さんと子供に逃げられた。あん時は散々だったよ。」


当たり前だろ。何をしでかしたかは知らないが、会社の商品全滅に旦那の解雇命令…。先行き不安な中、本人が悪びれてない所を見ると奥さんに見放されていない方がおかしい。

そして、その上この先も働く気がないと言うなんと身勝手なオッサンだろうか。


「あんた!そんなんで生活どうするんです!生活保護とかもらってるんですか!?」


「お。なんか銀行員みたいなセリフ吐くねぇ新人くん。生活保護はうけてねぇよ。

うちの両親がさ俺が離婚した後に亡くなったんだけど、不動産をしていてね…今はその家賃収入で悠々自適な一人暮らしを…」


それだけ聞くと新人は聞くに耐えられなくなったのか、バンっ!と勢いよく机を叩いて立ち上がった。

なんだか…馬鹿らしく思えてきたのだ。こっちは一生懸命この先どうしようかと考えているのに、目の前のオッサンは何も考えてなくて…。いつもなら華麗に受け流せる内容だが、如何せん状況が悪い。八つ当たりは覚悟の上でオッサンを睨みつけた。


「さっきから聞いていれば…ダメ人間じゃないですかあんた。そりゃ奥さんも子供も逃げますよ。こんな酷い旦那。

少しは自分が悪いって思わないんですか!頑張ろうって思わねぇのか!少しくらい…上を目指そうって足掻かないのかよ!」


一気にまくし立てるように話した為、息が上がってしまった。新人は言ってから少し後悔した。こんな大声を出すつもりはなかった。もう大人なんだから、スマートに交わすつもりだったのにこんな子供じみた言い方になってしまった。

チラリと怒鳴ってしまったオッサンの方を見てみると、彼は真っ直ぐに新人を見ていた。


「…………やっぱり、早口だな。」


「…………はぁ?」


「聞こえなかったか?早口だって言っている。

頭のいい奴はこれだから困る。早口になりがちなんだ。ここを何処だと思ってる?お前さんが言うように老人が多い田舎町だ。

いくら元気なじーさん、ばーさんと言えどな年寄りは年寄りだ。そう早口で話されりゃ何言ってるか理解が追いつかねぇ。」


…理解が追いつかないのはこちらもだ。と新人は呆然とした表情になる。その格好が滑稽だったのか、先程までマジメに話していたオッサンが新人の顔を見て破綻する。


「…ぶっ。…訳がわかんねーって顔してやがるな。そりゃそうだ。

教えてやるよ。俺がこの町の仕事のやり方ってもんを。」


聞けばどうやらこのオッサンどうやら新人の先程の大声のぼやきを聞いていたらしく、そしてこの格好を見てピンっときたらしい。

コイツは営業職の新人だ。そして、今この町で仕事が出来なくて困っている。…と。恥ずかしい…穴があったら入りたい…。全てはこのオッサンの目論見通りだと言うわけだ。


「…変な人ですね。そんなことして貴方に得なんてないでしょ?」


「得ならあるぜ。このお気に入りの場所でそんな辛気臭い顔しているヤツがいなくなるって事だ。

ほっといたら、またいつため息つきに来るかわかんねーからな。」


煙たそうな表情をするオッサンに、新人は完全に否定ができなかった。確かに、ここ以外ちょうどいい休憩場所がない。必然的に仕事で煮詰まるたびにここに足を運ぶ可能性は多いにありえる。


「いいか。ゆっくり丁寧にはっきりとだ。あと、言葉だけで説明するな。ジェスチャーを加えろ!

資料も細かい文字ばかりなのは控えろ。伝えたいところは大きく!できればカラフルな図解で説明しろ。」


そう矢継ぎ早に言い伝えるオッサンに新人は慌ててメモをとる為スマホを取り出す。


「今時のメモはスマホかよ!

まあいいか…。あと、耳の遠い人も必ずいる。玄関のチャイムには頼るな。玄関を直接叩くか、大声で本人の名前を叫べ。留守だと思ってもそうじゃない時の方が多い。」


こんなうだつの上がらなさそうな…頼りになさそうなオッサンに教えを請うなんて…。と新人は苦虫を噛み潰したような気分だった。

だが、今はプライドもへったくれもない。事実、このオッサンは新人よりこの町のことを知っている。理由はそれだけで十分だった。それだけの理由で…必死にメモをとる…。


「…ひとつだけ…俺も質問いいですか?」


おずおずといった感じでそう呟く新人にオッサンは「お。」となんだか驚いたように呟いた。


「なんだなんだ?オッサンのスリーサイズとか聞きたいわけ?なに?お前そっち系?俺はお断りだけど。」


……真面目に聞いた俺が馬鹿だった…。そう言いたげにゲンナリとした表情に変わった新人はそんなニヤケ顔のオッサンを無視して伝票を手に取る。


「もういいです。

色々、失礼を働いて申し訳ありませんでした。一応貴方からのご忠告、実践してみます。

それでは、俺はそろそろこれで…って!」


スマホを取り出しレジに向かおうととした矢先、ある張り紙に驚いた。そこには『お支払い現金のみ』の文字…。今、この時代に現金のみって……。


「くっそ…これだから田舎は…」


ブツブツと文句をいいながらスマホを直し財布を探す。すると、目の前のオッサンが何食わぬ顔で「…ん。」と手を差し出した。


「……は?なんですか?もしかして、講習料とか言うんじゃないんでしょうね!自分から説教しただけのくせに!何を勝手にっ!!」


「てんちょーーー!!何してるんですか!」


突如、カフェキッチンの方からサイレンを思わすようなけたたましい怒鳴り声が聞こえてきた。その音量はこの静かなカフェには似つかわしくなく、先程の新人の大声など遥かに超えるほどだ。


「あ!いた!」


キッチンからひょっこり顔を出した少女はウェイター姿の肩下まである黒髪をハーフアップにして、綺麗に編込みまでしている。年代はちょうど、新人と似たようなものだった。


「(か、可愛い!!)」


少女を見て新人が思った始めての感想はそれだった。驚きを通り越しての可愛さだったのだ。

新人が少女に見惚れていると、どういうことだか彼女はズカズカとこちらに近付いてきた。


「(え、え!?お、俺っ!?まさか、あっちもそうなわけ!?

俺がイケメンすぎるから!?有能が体から漏れ出ていたとか!?そ、そういう…)」


「店長!もうすぐカフェのシンデレラタイムですよ!いつまでサボっているつもりですか!!」


「……………。」


まかさ…と思い新人はオッサンを見た。彼はいまだに手を差し出している。しつこい。

だが、もしこのオッサンがそうだとするとこの行動にも説明がいく。所謂…金払えと。


「あんた…カフェのマスターだったのかよーーー!!!」


働く気はないと言っていたのに、ガッツリ働いていたじゃねーか!!と声を大にして噛み付く新人に、オッサンはまるでイタズラが成功した子供のようにニヤニヤしている。


「カフェは趣味でやってんだよ。こんな田舎でカフェなんて利益にもなんもなりゃしねぇ。」


一気に気が抜けた。てっきり同じく客だと思っていたがなるほど…。カフェのマスターなら俺のぼやきも聞いていたはずだし、いつ来てもお気に入りの場所を取られたら文句も言うはずだ。

がっくりと項垂れている新人を見てウェイターの少女は今、客の存在に気づいたかのように慌てて振る舞う。


「あ、ごめんなさいお客様。店長が迷惑をお掛けしました。

こんな、ちゃらんぽらんなんですけど、結構面倒みのいい性格なんですよ。」


にこにこと笑う彼女に目を奪われている新人とげっ…。とバツ悪そうにしているオッサンを尻目に少女は話しだす。


「この古民家だって由緒あるお家なのに持ち主が都会に行っちゃって取り壊しになるところを店長がカフェに改装したんですよ。しかも、自費で!

持ち主の人も喜んでました。本当は本人も手放したくなかったみたいだったし。」


あとね。あとね。と店員と言うことを忘れて無邪気に笑う少女に新人は「かわいー。」としか思ってない。


「あーあー。もういいだろ。お前まで話してどうすんだよ。仕事はどうした。仕事は。」


「仕込みは完璧ですー。サボっている店長に言われたくありませんー。」


ふくれっ面しながらそう言う少女は意外にも仕事が出来ていた。出来てないのはこのオッサンの方だったようだ。ぐうの音もでない。


「つか、聞き逃しそうになったけど、もう3時!?俺もうマジで行かないと仕事ヤバい!」


バタバタと慌ててカバンと財布を取りオッサンに支払いをする。「まいどあり〜」と言う彼を横目に店を出ようとしたら何故か呼び止められた。


「そういえば…おまえさん、オッサンに何か質問があったんじゃなかったのかよ?茶化したのは悪かったけどいいのか?」


新人の足が止まった。そして一瞬、迷った。だが、くるりと振り返ると今度はちゃんと真面目な顔をしていたが、頬杖をつく横柄な態度のオッサンに聞いた。


「貴方にとったらこの町は…どんな感じですか?」


今度は新人がニヤリと笑う番だ。このセリフは丸々、最初にこのオッサンに聞かれた質問だ。

まさか自分も聞かれるとは思ってなかった彼は一瞬、目を大きく見開いて驚きだがすぐにいつものふてぶてしさを取り戻しながら答えた。


「…最高に面倒くさいが少しは面白い町…かな。」


「……なんですかそれ、褒めているんですか?貶しているんですか?」


まさかの返答に新人は少し笑ってしまった。でも…このオッサンらしいし、長く住んでいる人だから言える解答だと感じた。


「そのまんまの意味だよ。面倒くさいよ。行事ごとではジジババは体も動かねぇくせにはりきりだすし、耳は遠いし愚痴は多いしお節介やいてくるし何かと干渉してくるし…

でもな、それでも俺はここでカフェやっているそれはな…」


辺りを見回すと混雑の時間帯なのか、いつの間にか人が集まってきた。あまり若い人はいない。おじいちゃん、おばあちゃんの憩いの場とでも言うべきか…。だが、その誰もがオッサンに挨拶していく。


「こんな場所他には少ないだろうし、奪いたくもねぇ。俺はこの景色が好きなんだ。それに…たまに来る珍客をイジるのも楽しみの一つだしな。」


それは俺のことを言っているのだろうか。と新人はムスっとしてしまう。仕返しのつもりでやったのに、結局最後までこのオッサンのペースに呑まれたままだった。


「はあ…一番の面倒くささは貴方なんじゃないですか。」


「ははは。言えてる。」


新人の憮然とした態度にも笑い飛ばすオッサン。そんなやり取りを見ていた少女は新人とオッサンの顔を交互に見て意外そうに呟いた。


「や、ヤバ…男同士の友情が始まろうとしている…私を取り残して!」


「では、失礼します。ご馳走様でした。」


最後にチラッとオッサンのコーヒーカップを見た。まだ黒黒としたコーヒーが少し残っている。そして、そのコーヒーに映った自分は驚くほど晴れ晴れとしていた。


「おう。また来いよ新人。」


「…白鐘です。白鐘 マコト。」


最後の最後で新人…マコトはどうやらオッサンに一泡吹かせることができたようだ。意気揚々と店を出るマコトの背後からひときわ大きな声がした。


「おう!また来いよマコト!!」


今日は本当に疲れた。早く帰ってさっさと寝たい。あの軽薄そうでふてぶてしく、何を考えているのか全く読めないオッサンの相手は疲れる…。

…なにはともあれ、これで前に進めそうだ。何がって?もちろん仕事に決まっている。俺は有能なエリート社員なのだ。この程度の壁などなんてことない。

……あのオッサンのおかげだとは一ミリも思ってはいないけどな!


さて、なんてことない一日を始めるとしますか。





          終わり。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オッサンと新人 きのこ星人 @kinokonoko28

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ