メンヘラ恋美ちゃんと魔法のまち針

ずみ

第1話 恋美編

第一章 魔法のまち針と恋美ちゃん。

――――第一章 魔法のまち針と恋美ちゃん。


 来週の家庭科の授業で使う裁縫セット。今までほとんど裁縫なんてしたことがない仁村 恋美にむら れみは、少し憂鬱な気持ちで近所のショッピングモールへと向かった。日曜日の午後、店内は家族連れやカップルで賑わっている。手芸用品店の一角で、恋美はピンク色の可愛らしい裁縫セットを見つけた。値段もお手頃で、これなら大丈夫そうだと手に取る。

 その時、ふと隣の棚に目が留まった。小さな木箱の中に、まるで宝石のように輝くまち針が数本並んでいる。一般的な銀色のものとは違い、淡い虹色に光を反射し、先端には小さな星のような飾りがついている。恋美は思わず手を伸ばしそうになったが、値段を見て驚いた。他のまち針の何倍もする。

「こんな高いまち針、誰が買うんだろう?」

そう思いながらも、その美しさに目を奪われてしまう。しばらく見ていると、店員のおばさんがにこやかに声をかけてきた。

「可愛いまち針でしょう?ちょっと変わってるけど、すごく使いやすいのよ」

「そうなんですか?」

と恋美が聞くと、おばさんはさらに続けた。

「ええ、特にね…大切な人に想いを届けたい、そんな特別な気持ちを持った人にピッタリなの」

その言葉が、なぜか恋美の心に深く突き刺さった。大切な人……それはもちろん、神崎 空かんざき そらくんのことだ。空くんの優しい笑顔を思い出すと、胸がキュッと締め付けられる。でも、自分のような地味で取り柄のない女の子が、あんなにキラキラした空くんに想いを伝えるなんて、夢のまた夢だ。

 結局、恋美は普通の裁縫セットと一緒に、その魔法のようなまち針セットを買うことにした。高かったけれど、なんとなく、おばさんの言葉が忘れられなかったのだ。まだ使う勇気はないけれど、いつか、この針が自分の願いを叶えてくれるかもしれない……そんな淡い期待を抱きながら。

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