高校を卒業しなかった同級生と条件つきで恋する大学生の話
錨 南朋(いかり なお)
思惑 1
観光客の賑わいの中に懐かしい制服が紛れている。
せんべい、海鮮串、ソフトクリーム、鯛焼き、いちご飴、あ、もう知らない店ができている。
高校卒業後、私は1年ぶりに実家のある駅に帰ってきていた。
時計を見ると、母が仕事から戻るにはまだ時間がある。
「えっ?」
後ろで声が上がって、何かあったのかと振り向く。
そこには記憶と寸分違わぬ制服姿の同級生がいた。
思わずといったように口元に手を当てたので、目を丸くしている彼女が声の主だとわかった。
その少女、雪川栞(ゆきかわしおり)は母校、金蓮女学園の花と称された生徒会長だった。
「びっくりした、本当に菅家(すがや)さん?」
「そうだけど、先にびっくりしないでよ」
笑ってしまう。
どちらかというと、びっくりするのはこっちの方なのだ。
大学1年になってまだ高校の制服を着ている彼女にびっくりされたら、どうすればいいというのか。
けれど、その理由にはすぐ思い当たった。
雪川さん、3年のほとんどを休学していたっけ。
それにしても、出席日数の懸念はクリア出来るはずだった。
うちの学校はそんな生徒も何人かいたが、献金という名の袖の下を渡せばいくらでも誤魔化せる私学だったし、その上、彼女は理事が叔父なのだ。
休んでいる理由は分からないが、頭脳明晰な彼女は卒業した暁には海外にでも進学するのではないか、ということが囁かれていただけに、まさかこんなところでまだ高校の制服を着ているとは一体どういうことだろう。
「さっきまで考えてた人が急に目の前に現れたら、思わず声を上げちゃうのね、人は」
正しく制服を着た美少女は感慨深く呟いた。
なんだか自分がとても老けた気がした。
と同時に、当時は大人びて見えた彼女がまだ制服を着ているという状況は奇妙に倒錯的な気分になる。
その格好には何か事情があるはずだが、どう触れるべきか迷ってると、彼女の方はそれよりもっと逼迫した顔つきで、「菅家さん、お急ぎですか?」と尋ねてきた。
「いえ、そんなことは…」ないと言い切らないうちから彼女はにこりと微笑んで、真横にある純喫茶を白魚のような指で示したのだった。
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