君の家族、実は異世界人だって知ってた?
ぜろ
第1話
市場に出るといつものように怪訝そうな目で見られる。いつものことだと気にしない俺たちはさっさと品物を並べて座についた。真っ黒なローブを頭からすっぽりかぶって長い黒髪を垂らしているアヤはそこそこ不気味に見えるらしいが、顔を出せば十六歳の可愛い娘である。それがばれてはいけないので、俺と
俺こと
森で三人暮らししている俺たちは、週に一日市場に出て生活用品や食料の買い出しをする。勿論そのためには持ってきている品物が売れなくてはならないのだが、薄気味悪い魔女の薬でも効果は折り紙付きなので、結構売れるのだ。今日も滋養強壮剤がじーさんばーさん中心に売れているし、薬草を煮詰めたクリームも口コミで広がっているのか若い娘さん方に売れた。午後になるころにはすっかり売れてしまったので、俺たちは買い出しに向かう。
さて今日は何を買おうか。ホワイトアスパラガスの缶詰が無くなったからそれが欲しい。きゅっきゅ、と鳴くと、そうだな、とアヤは答えてくれた。
「あの缶詰は春まで持たせたかったが、つい食ってしまったからなー。他にも何か、フルーツの缶詰があると良いかもしれないな。あとりんごを買おう。旬のものは旬のうちにとおばあ様も言っていたしな」
「っきゅ!」
「ブロッコリーも売っているかな。少し見て行こうか。カレースープにでも突っ込んでやったら美味いかもしれない。サラダにしても良いが。ラディッシュの種はもう売っているかな。そっちも覗いて行こう」
「きゅー!」
俺たちはふわもふの間、人間の言葉をしゃべることが出来ない。だが心が繋がっているので以心伝心、会話は出来るのだ。銀が仕方なさそうにため息をついて、財布と相談しなきゃだめですよ、と言う。分かっているよ、とアヤは笑う。その顔が可愛いいたいけな娘であることは、知られてはいけない。不埒者が湧くからだ。
実際アヤのばーちゃんはその不埒者に襲われたことが何度もあったらしく、生まれた子供が男の子だったときは心底安心したらしい。その男の子も、馬車の滑落事故に遭って嫁さんと共に亡くなり、ばーちゃんはアヤの世話をしながら市場で薬を売っていた。そのばーちゃんが亡くなってそろそろ一年になる。アヤも市場に慣れてきつつあるところだ。
勿論、俺たちと言うボディガードは外せないが。
「おや魔女さん、今日は何をお求めだい?」
柔和な顔の雑貨店の親父さんが笑って俺たちを迎えてくれる。からころ鳴るベルの音、ドアを閉じてうーんとアヤは迷い始めた。
「野菜の缶詰と、りんごが欲しいのだけれど……何かお勧めはありますか?」
「そろそろ春野菜の季節だからねえ、去年の分のアスパラガスはどうだい? あとはスパイスを仕入れたから、カレーに使えると思うよ。君らは生臭を食べないからシチューは無理だしね。その割にお客さんに牧場の人は多いようだが」
「塗り薬が強力で牛や豚にも使えるから良いんだそうです。やっぱりカレーか……ホワイトアスパラガスと、りんごと、クミンとナツメグ……その辺かな。あとラディッシュの種があったらお願いします」
「はいよ」
てきぱきと紙袋に商品を詰めていく親父さんは、ばーちゃんの時代からの付き合いである。なのでいくらか気安く接することが出来た。きゅっきゅ、と俺はアヤの肩を下りて紙袋を受け取り、頭に乗せる。支払いを終えたアヤに付いて行くと、良い匂いがした。レストランは丁度忙しい時間帯なので、腹が減るのだ。きゅー、っと鳴いてみると、苦笑いでアヤが足を止める。
「飴でも買って行こうか。喉に刺さないようにな」
「っきゅ!」
「きゅーきゅ」
「きゅっきゅー」
「あはは、良いんだよ銀、町にはたまにしか来られないんだから、贅沢したって。飴三本ぐらい大したことじゃないしな。そうだ、お茶と砂糖も切れかけていたな。ついでに買って行こう」
「っきゅー!」
無駄遣いするな、と窘めて来る銀の頭をぽんぽんと撫でるアヤは、控えめに言っても可愛い。こんな可愛い子がひと気のない森の中で一人暮らしをしているとばれたら、どんな輩が出て来るか分からない。だからこそ俺たちはアヤを守らなければならないのだ。ローブに顔を隠させて、声もなるべく潜めさせて。
「あれ、魔女ちゃんだ」
と、そこに声を掛けて来るのはまだ声が高めの猟師である、ウテナだった。アヤとは同じ森に暮らしている、ご近所さんなのだが、こいつはしつこくアヤの顔を覗き込もうとしてくるので要注意人物である。アヤは気にしないが、だからこそ俺たちが気を付けなくてはならない。
「ウテナか。ウサギでも売りに来たのか?」
「そんなところ。本当は自分で消費したいんだけど、お金も欲しくてね。弾も買わなきゃだし。青いのくんは?」
「きゅっきゅー!」
ここだ! と足元で吠えてみると、ああ、とにこにこして来た。このうさん臭い笑顔が信用ならないのだ。悪いものを感じ取るのは俺が妖精だからだろう。銀もアヤのローブを押さえて毛を逆立てている。冬毛だからふわふわ度合いに磨きがかかって、触ったら静電気が出そうな様子だった。
「相変わらず心許してくれないなあ、この子たちは」
「曰く、怪しいのだそうだぞ。お前は」
「こんなに人畜無害な顔をしてるって言うのに?」
「猟師は畜生に有害だろう」
「それもそうか。ん、クミンの匂い……今日はカレー?」
「その予定だ」
「お肉が入ってないカレーって寂しくならない? 僕はたまに自分で撃った動物入れるけれど」
「肉を食ったことがないからそっちの方が分からん。それに、私は魔女見習だからな。それをするつもりもない」
「禁欲的だなあ」
あはは、と笑って、ウテナは去っていく。俺たちも森に向かって行った。棒付き飴を舐めつつぴょんぴょん跳ねると、缶詰がかちゃかちゃ鳴る。
「魔女だー! やっつけろー!」
けらけら笑う子供たちに取り囲まれるのと、ローブを引っ張られるのは同時だった。
みどりの黒髪にちょっと大人びてはいるが年相応の顔、華奢な肩からは銀がずるりと落ちていく。
ぽかん、とした町の人々から隠れるように、アヤはローブを引き被った。
「あれ? 魔女ってばーさんじゃないの?」
「前に見た時は手もしわしわのおばーちゃんだったよ」
「じゃあ今のは?」
「魔女ねーちゃん! ねーちゃん美人だな、俺の嫁にしてやっても良いぜ!」
きゅっふー! と俺が叫ぶと同時、子供たちは笑いながら去って行った。
無邪気なだけに厄介だ。ウテナより厄介だ。
「お嬢ちゃんや」
老女が一人、杖を突いて腰を曲げて近づいて来る。
「魔女はおばあちゃんじゃったよねえ。孫が一人って言ってたけど、そのお孫さんがあんたかい?」
「……はい。祖母は去年亡くなりました」
「そうだったのかい……知らんかったねえ、ご愁傷様だよ。でも入れ替わっていたのには全然気づかなかったよ。こんな可愛いお嬢ちゃんなら、教えてくれれば良かったのに」
「すみません……」
「怒っとるわけじゃないよ。ただ、魔女さんはまだあの事許してくれてなかったんだなあってねえ」
「許す?」
「きゅっきゅ!」
「きゅーっきゅ!」
俺と銀は合唱して、アヤを森へと誘う。老婆は何も言わず、じゃあねえ、と去って行った。
せっかく隠していたことをばらされちゃ堪らない。俺たちがアヤの顔をかたくなに隠していた理由を、知られちゃ堪らない。
ばーちゃんも昔は可愛い女の子だったんだと、知られるわけにはいかなかった。
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