第3話
『
最初の収録日はまだ肌寒く、ブースに入る前にコートやジャケットを脱いでいたのに、今は暑そうに半袖でやってきて、エアコンで風邪を引くわけにはいかないと収録前にパーカーやカーディガンを着込む。念のため両手を振って音がしないことを確認するのも一緒で、皆で同じことをしているのに笑いながら俺もスウェットパーカーに袖を通してブースに入った。
最終話のバトルでは、和田さんと小島さんが叫びっぱなしだった。ビリビリするような緊迫感が漂っていた収録が、山倉さんの変わらない一言で終わる。
『はい、いただきました』
「終わったぁああ……ッ!」
さっきまでと変わらないバトルテンションで和田さんが叫んで皆が吹き出す。誰ともなく拍手が広がった。バタンとブースの扉が開く。
「皆さんお疲れさまでしたー! ありがとうございました!」
花束を持ったスタッフさんたちが入ってくる。メインキャストそれぞれにキャラクターイメージの花束が渡されて、そのたびに拍手が大きくなった。
「それじゃ、写真撮影しますのでキャストの皆さんはロビーにお願いします!」
ロビーのソファにまずはメインキャストだけが並んで写真を撮り、呼び寄せられて次は全員で撮る。アニメ雑誌でよく見た光景に、本当にこうやって撮影してるんだ、と感動した。
写真撮影が終わると、スタッフさんたちの挨拶があった。今日は監督もプロデューサーも、主立った人達が皆集まっていて、改まった挨拶に目元がじんわりと熱を帯びんだ。だけど山倉さんばかりはいつも通りで、「半年お疲れさまでした」の一言ですっと下がってしまったのに笑って涙が引っ込む。
挨拶が終わると、スタッフさんが大きな声を上げた。
「それでは、打ちあげはまた別途ご連絡します。お疲れさまでしたー!」
「お疲れさまでしたー!」
皆で頭を下げて挨拶すると、あっという間に解散の雰囲気になる。忙しげに皆が上着を脱ぎ出した。なんせ昼間とあってこの後も仕事が入っている人が多いし、なによりすでに二期が決まっているためにほとんどのメンバーは再集結することがわかっている。湿っぽくなる理由はどこにもなかった。
「じゃ、またねー」
飄々と手を振って出て行く小島さんに頭を下げる。その後を和田さんが走って追っていった。
「小島さん! タクシー同乗させてー!」
鉄階段を駆け上がる高い足音が響き、カラフルなスカートが翻る。思わず二人して落ちやしないかとハラハラ見守っていたことに気付き、大和さんと顔を見合わせて笑った。スタッフさんたちは作業を続けるためにミキシングルームに戻り、見る間にロビーからは人がいなくなっていった。
視線で誘い合って外に出る。途端に真夏の日差しがカッと差し込んできた。大和さんが胸に抱えた花束を見下ろす。紫色のひらひらした花びらがかすかな風に揺れた。
「うわ、すぐ萎れそう」
「貸してください。俺、ちょっと余裕あるんで部屋戻って水に入れときますよ」
「ん、頼む」
小さな花束を受け取る。自転車のレンタルスタンドに向かって歩きながら隣に目を向けた。
「大和さん、この後収録二本でしたっけ」
「おう。一緒に来る?」
「今日はナレーションの仕事があるんで! 終わったら先に部屋行ってますね」
仕事が入ったのが嬉しくて胸を張って伝えると、大和さんがきゅっと眉をひそめた。
「あのさ、お前いつまで行くなの」
「え?」
「いい加減越してきてもいいんじゃね。……あそこ二人で住むには狭いし、新しく部屋探してもいいけどさ」
俺を睨み付けるようにして返事を待つ緊張した顔に、全身で跳び上がって頷いた。
「すぐ引っ越してきます……ッ! それから部屋探しましょう!」
大和さんがほっと息を吐いた。視線を外して、当たり前のような声を作る。
「もーちょっと地面近くて、静かすぎないとこがいい。駅から遠くてもいいから」
「オートロックで、二部屋あるとこにしましょう。探してきます!」
「お前そういうの探すの得意そう」
「はいっ、任せてください!」
「んじゃ、頼むわ」
お互いに自転車を引っ張り出す。サドルに跨がった大和さんがふと照れた笑みを浮かべた。
「……終わったらすぐ帰るから」
「待ってます! いってらっしゃい」
ひらひらと手を振って、大和さんが自転車を漕ぎ出す。あっという間に遠ざかる後ろ姿に強い日差しが降り注いだ。大和さんの背中が、キラキラと光って見える。
ずっとこんな風に眩しくあなたを見ていた。なのに、いつのまにか、いってらっしゃいとおかえりが言えるようになっている。信じられない気持ちで瞬く視界の隅に、ゼノムの髪のような艶やかな紫の花束が映った。萎れる前に水にいれてあげなくては。花束をそっとカゴに入れて、ぐんと強くペダルを踏み込んだ。
誠実すぎる執着は、きっと愛を連れてくる おみ @mit0303mit0303
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