第44話

こちらを振り返ってくれた先生に、ちょっとむっとした顔でそう聞いてみたら、彼は珍しくふわっと笑った。


でもその漆黒の瞳には、切ないような影が落ちていた。


「いや、良いと思うよ。俺には眩しくて似合わねえなってだけ。」


彼の瞳に落ちる影の理由に、私はいつか触れることが出来るのだろうか。


「似合わなくなんて、ないです。そうやって私の言葉一つひとつをちゃんと聞いて、認めてくれる幸坂先生が、私にとっては一番柔らかい光の中にいる人です。」


私の中の、ただ一つの正解を彼に伝えたつもりだったのに、幸坂先生は困ったように薄く笑うだけだった。


聞き分けの悪い、それでも可愛い子供を諭すみたいな口調で言われる。


「篠宮、俺みたいな厄介な大人はやめといた方がいいよ。お前が明るくしてくれんのは、お前の周りの世界だけで十分だ。」


私の周りの世界には、もうとっくにあなたも入っているんですよ、幸坂先生。


面倒なことが嫌いで、大人の余裕があって、眩暈がするほど魅力的なあなたにはただの女子高生の私なんて必要ないのかもしれないけど、それでも私はあなたが柔らかく笑う瞬間がどうしようもなく好きです。

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