◆第26話 離々

「もうぜんぜん出番なくない?」

「今からが大事な場面だよ」

「ねえ、私はもう実際には体育館を出る頃なんだけど……じゃあ、銀花と一緒に床に寝転んでおけばいい?」


 銀花は舞台の天井の幾つもの幕を見ている。

 舞台袖から出てきた黒土くろつち離々りり。4人が舞台の床の上で、思い思いの体勢で寝転がった。

「じゃあ、始めるよ」

 何を? 


「ルーシーロケット、ポケット失くした。

 キティフィッシャー、それを見つけた。

 1ペニーもないのに、リボンだけ巻かれてた」


 離々が歌った。きれいな声だ。

「銀花、あなたのポケットはどこ?」

 彼女が問いかける。シグナルのことを言っていると思う。

 ない。失くした……、のだけど。

 お父さんに首を絞められてから起きたら失くなっていた。

 登場人物はそろっている。


 銀花

 隻海

 離々

 黒土

 お父さん


 誰かが私のシグナルを持ち去った。

 銀花は思考する。

 犯人当てのゲーム――パペタ氏は嘘の記憶が混じっていると言ったけども。

 今はゲームに集中しなければ。

「七夕の放課後、私は舞台で歌ってた。気分を紛らわすために」

 銀花は思考する。

「ゲームと一緒。ポケットが順番に後ろ手で移動してゆく。輪の真ん中に私は両眼を固く閉じて手でも覆っているから歌声が聞こえるだけ。私も歌っている」

 銀花は急に泣きたくなった。たぶん意味はない。

 隣に寝転んでいる隻海ひとみに手を握ってもらう。彼女の手が暖かく感じる。

「打撃を受けたお父さんが倒れる瞬間に私のシグナルを取った。0.1秒前のお父さんには起きることがこれから起きることが分かっていた、のかもしれないね」なんだか可笑しくて笑いたい気分になってきた。

「お父さんが握りしめた手を隻海が引っ張って運んだ」

 握る手に力がこもる。銀花がこめたのか隻海がそうしたのかは定かでない。同時だ。

「放送室に入ったお父さんがシグナルを握っているのに気付いたのは離々。お父さんの指をほぐしてシグナルを取り戻した」

 眼をやると離々の横顔は表情を変えていない。

「眠った私の手に返そうとしたけど、私は目覚めてそのまま帰った。だから一晩、シグナルを持っていたのは離々……、いえ、黒土ね」

 思考は終わりに近づいている。

「合宿が始まって、黒土がシグナルを私に手渡す。黒土自身のを渡すようにして。だから――」

 

「これが私のシグナル」

 右手のパペタ氏は大事そうにシグナルを抱えている。

 

 ルーシーロケットはポケットを取り戻していたのだ。


「はい残念、外れー」

 黒土が言い放って、完ぺきに思えた結論は否定される。


「え、嘘、当たりでしょ」

「いいや、外れだね」

「だって今、銀花の言ったとおりじゃない」

 離々と黒土が言い合っている。


「最後が惜しかったね」

「じゃあ……。シグナルは?」

「渡したのは俺のシグナル。死に際の3か月前には0.1秒前ほどじゃないけど世界が見通せるんだ」彼はちらっと放送室に気配をやった。

「なんとなく、としか言えない理由だから――当時はそうだったけど今ははっきりと分かる。銀花が自分で取り戻した方がいいよ」

 そうか、黒土は、離々と体育館を出て、二人が別れた後にもう一度戻ってお父さんに戻したのだ。

 つまり? 考えながら隻海の手をぎゅっと握ってから離し、銀花は半身を上げる。

 取り戻すというのは……。


「今から、ってことだね」


 銀花は決意する。


 願い事にはシグナルが必要なのだ――。

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