◆第5話 誰より目立ちたい
「ぉおぉおおおおおおおおおおおおおおお」
身体を震わせる大声に固まってしまい銀花は耳を塞げていない。体育館じゅうの視線が押し寄せる。叫ぶパジャマ男子と相棒のパペット女子、二人の距離はとても近いので、そう見えるかもしれない。パジャマは、空っぽになった肺に静かに息を吸い込んで、ふっと顔を澄ました。黙っているときりっとして見える。彼が体育館の静けさを切り裂く。
「黒い土と書いて、くろつち! 願い事をしない! 俺は願い事を拒否する!」
みんなの目が、あーあという感じに変わる。自分もがっかりしている。彼への少しの期待が無駄になった。
でも、どうだろう。違った考えも胸に現れる。彼――
「パジャマな上に目立ちたがりか。じゃあね、私は別のグループに入れてもらうよ」
そう言って小階段に向かってドレスを揺らす
「せっかく集まったんだから! 銀花も」
名を呼ばれた銀花は大きく首を縦に振って賛成して見せた。駆け寄りたい気持ちはあるけど、肩越しに黒土を見たら眼が合ってしまって動けない。小階段の前で沈黙の戦いをする女子二人の迫力におののく。パペタ氏! 銀花はその場でうろうろしながら右手に気持ちを送る。
「ばたばたしてると危ないので座ってください」
そうか、こうゆう時にうっかりケガをすることは何度もあった。
ぱたん、とスカートの裾で足を包んで座る。
離々の伸びた手足をうらやましく見上げると、彼女は頬を膨らませてからふっと息を吐いた。仕方ない、という感じだ。
「ありがとう、銀花」と隻海からお礼を言われるけど、何も役立ってないので頷くだけしておく。
ともかく銀花たちは舞台端の床に座った。
無言の舞台に離々の早口が響く。
「興味があるわけじゃないけど、願い事を拒否してどうするの? そうゆうのなんか意味ある?」
「遊びに来たような顔してるから、そんなんじゃないって教えただけ。ただの親切心」
「楽しく願い事したっていいじゃない、ねえ?」
「銀花はちょっと眠くなってません?」
「ううん、違う」
眼を擦っていると、送られた視線に気付く。
実際のところあなたはどう思う? そう聞くような離々の目つき。眠気を完全に追い払って銀花は考える。ちゃんと思案する。
「……願い事したいです」
頭に浮かんだことを言ってしまう。でも確かにそう。やっぱり自分は願い事したいのだ。
「じゃあなんで七夕に願い事しなかったの?」
「いいのが思いつかなかったからです」
気にくわなそうな離々が眼を細めるので、銀花は慌てて付け加えた。昨日の授業で、銀花は何も書いてない短冊を笹に吊るしたと。
不満げな表情を隠さない離々。でも、そんな彼女だって願い事をしてないのだから、他人を責めることはできないと思う。
あ。もしかして、いつもは気付かないし、滅多にないことだけど今朝は特別に頭が冴えている。銀花は気づいてしまった。
――離々は自分のことを聞いて欲しいのでは?
間違いないと思うけど、どう言ったらよいか。会話の進め方も、普段どういう口調で話していたかも分からなくなっている。せっかくの会話が途切れてしまうの恐れて銀花は言った。パペタ氏に話しかけるのと一緒の言い方だ。
「離々はなんで願い事しなかったの?」
聞かれたかったはずだけど、離々は唇を結んで、ぷいと横を向く。
不安でいるとパペタ氏が手助けしてくれる。
「シグナルってどんなものです? 私たちは見たことがないので興味があります」
「見せてやろうか」
「どんなのでしょう、楽しみですねえ」
社交的なパペタ氏の会話が銀花を苛立たせる中、離々の首筋からゆっくりチェーンが引き出されてゆく。見たいけど、いいよって言われるまで眼を逸らしておくべきか迷っているうちに金属が現れた。
ドレスを着た離々の胸元にペンダントのように光っている。丸みを帯びた薄い金属。表面は平坦できっと触るとさらさらとしてそうだ。初めて見るシグナルを銀花はじっと見つめる。
アリーナのざわめきが大きくなったり小さくなったりしている。
舞台だけがやけに静かだ――。
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