Lightning never strikes the same place twice.

Lightning never strikes the same place twice.

籠宮かごみや 雪果せつかの景況


 仲秋名残りの夕暮れ。崩れた天気も夜にはさっぱり晴れていた。夕闇迫る星空とは打って変わって、海を挟んでお隣の大国。アメリカ合衆国では同時多発したテロのニュースばかりを映す。世間は少なからず暴力的なニュースによって蔓延する、不安の種で騒がしい。直接、自分に関係あるかと言われれば、所詮は隣国の話だ、割り切ることもできる。しかし日本人特有の他人事として扱うには、少々派手に報道されすぎていた。おかげ様でテレビを見るのも嫌になっていた。

 そんな世情の真っ只中、狙ったかのようにかかってきた着信は、腐れ縁の友人であるいわかわ れい、――通称シュセキからだった。シュセキとは高校から、俺が大学を辞める途中まではよくツルんでいた。

 呼び出された場所は夜九時過ぎた繁華街の路地裏。目印たる目印も気味の悪い程わかりづらく、電柱に書かれている住所と番号を照らし合わせろ、と言う。変な指示だと思いつつ、確かに電柱には特定の番号と住所が書かれたNTTのプレートがついていた。少し冷たい夜風に当てられ、手持ち無沙汰にセブンスターに火をつけて一服した。定刻より少し先に来た俺は、フィルターに口をつけて紫煙を燻らせ思う。


 ――あれは、梅雨前線の去る前だ。久々にあったシュセキに俺の迷走した人生譚をぶちまけてから三カ月ほどたっている。電話番号の交換こそすれど、あの日以降、特別なやりとりはしていない。今更、話すこともないし、近況報告とかするような仲ではない。元来、俺はしばらく蒸発していたような世捨てた失踪をしていたのに、いまさら人付き合いをしたところで。たかがしれてる人間性だと思われてもしょうがない。だからシュセキから連絡が来た事に驚いたし、いったい俺に何の用事があると言うんだ。友人としてもたいして話す話題もなければ、ましてや仕事の話とも思えない。なんせシュセキはカネ貸や出資、金融商品で名前があがる有力中堅企業・東海金融照会の正社員。一方、比べた俺は大学中退してイベント設営・撤去スタッフ程度の求人をベースとした日払い労働者。出世の道やまともな働き手としてはドロップアウトしている。

「ユキ、待たせたか?」

 声をかけられて、ぼんやりとアスファルトを見ていた顔をあげる。カジュアルシャツに薄いオーバーコートの俺とは対照的に、黒い秋物コートの下は仕事終わりなのかシングルのスーツを着こなしている。嫌味なくらいに生真面目な服装。つりあわせるように、鷹のような険しい鋭い眼光を隠すことなく、しかしフワッとした天パが帳尻を取るような、気だるげな出で立ちでやってくる。その姿は三カ月前に会った時とたいして変化のない、シュセキのお出ましだった。

「まぁ別に。気にしてないけど。それで? 俺になんのようなんだ」

 吸い殻をアスファルトに捨て、踏みつける。その赤い火種が消えれば、あたりの暗さはいっそう引き立った。繁華街から少しそれた道。街灯もない、雑居ビルと雑居ビルの間を縫う狭い裏路地。人通りも当然ない。こんな隙間で何を立ち話することがあるんだ、と。酔っぱらいがついひっかけて、ゲロを吐いてる真っ最中だと言われても、道理としては説明つくようなこの場所で。

「この間、ユキが言っていたじゃないか。実家にも連絡をとっていないと。だからちょうどいいスケープゴートとして役に立つ」

 一歩踏み出したシュセキは話の見えない事を言う。なんの話だ、と俺が聞く前に、シュセキの利き手に握られた代物へと違和感を覚え、――瞬間、俺の脇腹に銃口を押し付けてくる。低めに握ったその拳銃はコートで隠しながら、明らかに異質な鈍色の輝きをチラりと覗かせている。この国では滅多な事では見るハズもない武器、それはシルバーの輝きを放つオートマチック拳銃。モデルガンとも疑いたくなる金属の塊は、特有の銃口にあるハズのビス止めがない。正真正銘の本物だった。

「なんの真似だ、」

「供給は自らの需要を生み出すだろう?」

 セイの法則みたいな事を言う。脈絡のない発言に「ずいぶんと経済学者気取りだな」と指摘すれば、シュセキは不敵に口角を釣り上げる。――なんだ、この違和感は。

雪果・・の命は、俺の計画の上では一時的な役割に過ぎない。ここで死んでもらう必要がある」

 脅し文句を吐き捨てる。シュセキを睨みつければ、鷹のような瞳と目が合った。冷静に出方を伺い、まるで俺が口にするセリフを待っているかのように。――明らか含みのある言い方。シュセキの暗号めいた口ぶりに、手繰り寄せるのは大学時代に覚えた知識。ああ、そうだ。経済学概論に載っているみたいな、セイの販路法則を置き換えたシュセキの発言に疑問を持つ。俺の命は貨幣と代替でき、貨幣はカネとでも言っているのか。シュセキの計画とやらでは一時的な役割でしかない、しかしそれは本質ではない。本質は、何かと何かの取引をされるべき事。貨幣がこの相互交換において果たすのは、一時的な役割があるだけで、交換が終わってしまえば、生産物と生産物が支払われあっただけにすぎない。

「取引をしよう。俺はカネで、この相互交換を果たすつもりだ」

 憶測であり、賭けだった。心拍ばかりが早くなり、背筋が冷える。きっとシュセキには別の目的がある。しかし今、シュセキは俺に説明する余裕も、ましてや心意を伝える術もない。だからこそ、こんなまどろっこしい言い回しをしている。察した内容が違った場合、――その拳銃から鉛弾でもぶつけられるのだろうか。

「自身の総額価値と見合った対価の販路を供給できると?」

「供給された分だけ、必ず需要するさ」

 当てずっぽうで返事をする。中身の無い会話のハズなのに、まるで成立しているのが不思議でしょうがない。しかしシュセキは意味を見出している。タイミングを待っているのか。

「結構。死体以外の利用価値があると主張する。しかもカネというなら、考えよう。なんせ時代は〝シジョウ〟主義だ。何ルート用意できる」

 至上主義、いや。ここは――市場主義と言っているのか。生産物市場、労働市場、債券市場、貨幣市場、合計四つの分野で言うなら。

「四でどうかな」

「事前に提示していた通りの話をする。なら、取引は成立だ。三日後に使いを出す」

 知らない事前の話を口にする。示唆的な態度にイラっと来て「俺の質問に答えろよ、零次・・」と声をあげた。友人としてではなく、ひとりの男として名前で呼んでいるのか? と。

「なんだ。雪果・・、俺にわざわざ聞くことでもあるとでも?」

 いつもとは違う名前の呼び方に、意図がなくて呼んでいるとは思えない。

「たわいもない話さ。今日の天気は雷でも落ちるのか」

 こんな雷みたいな理不尽な厄災がもう一つ起きるのか。確実になにかよくない出来事に巻き込まれた事は察するが、自分がシュセキの手の平で掌握されている事実が受け入れがたかった。何をさせられるか不透明なさなかで、シュセキは何を計画している? と、そればかり思案する。

「馬鹿いえ。ユキはニュースに疎いからな、教えてやるよ。雷は同じ場所に二度も落ちない、天気予報くらいみたらどうだ」

 一つ目が俺の事を言っているのであれば、この後にかかる火の粉は無いと言う。二度も落ちないとは、そういう文脈で言っているのだろう。

「そうかよ」

 ひとまず納得したフリをして顔を逸らせば、シュセキは突きつけてきた拳銃を下ろした。拳銃をしまうと同時に、この近距離を利用して、もう片方の手をサッと俺のコートのポケットへと何かをねじ込む。ちらりと俺の顔を見やり、シュセキは踵を返して立ち去った。そのさりげない手さばきは、どこかスリをも思わされる。あえて気づかぬフリをして抵抗しないでおいた。

 そのまま家に帰るのも気が引けて、テキトウに遠回りして居酒屋を二件梯子してから帰路につく。夜更けに自宅でポケットにねじ込まれたモノを確認すれば、小さな紙切れ。紙切れには昼間の時刻と住所が書いてあった。電話帳を逆引きして住所を調べるとすぐに場所が判明する。東海金融照会、裏通り支店だった。


 

 仮眠をとってから定刻に向かうと、裏通りに構えている二階建ての小さな事務所。申し訳程度に建てられた看板には「東海金融照会・駅裏通り支店」と書いてあった。昭和ガラスの引き戸に手をかけたところで、後ろから「こっちだ、ユキ」と呼び止められる。振り返れば昨夜とたいして変わらない出で立ちでシュセキは手招きをしてくる。ついていけば近くに路駐していたグレーのカローラワゴンの助手席に乗せられる。運転席に座ったエンジンをかけるなり、シュセキはサイドガラスを少し下げ、ピーエム・ライトに火をつけて一服した。灰皿の引き出しは開けっ放しで、すでに同じ銘柄の吸い殻がはみ出ている。

「きっちり説明してくれないか」

 トゲのある口調で問いただせば、シュセキはアクセルを踏む。このままどこかに連れていかれるのであれば、半ば誘拐みたいだな、とぼんやり思った。

「まさに生きるため。セイの法則によくぞお気づき頂きました。なんてな、ユキなら気づいてくれると思っていたよ。中退したとは言え、伊達に最高学府の経済学を勉強していただけある」

 悠長に話をもったいぶるから「そうじゃない。俺が知りたいのは、なんで俺はお前に拳銃で脅されて、ワケわからない発言を強要されたのか、だ」と聞けば、いささかシュセキも真面目なトーンで言葉を返した。

「ユキが知らない俺の人生もロクなもんじゃなかったって事さ。大学卒業した後だ。国家総合職の試験や議員秘書の流れを汲もうとした矢先。どうにも俺の邪魔をしたい国会議員に目をつけられて、ごらんの有様。ネガティブキャンペーンまでされて、今じゃヤクザの下でカネ貸し屋をしてる。東海金融照会は指定暴力団・東間組と裏で繋がってるんだよ」

「国会議員に目をつけられてって……。シュセキが、片親なのが原因か?」

「ご明察」

 ウインカーを出して左折する。大通りに出て赤信号で信号待ちをするから、俺も一言断りをいれてからセブンスターに火をつけた。気にする性格でもないシュセキは言葉を続ける。

「週刊誌にすっぱ抜かれて発覚する、名井ないたか議員の裏話。彼の二人息子のうち長男が血の繋がらない息子だとゴシップされたんだ。ただでさえ同時期に汚職の話が上がっていた矢先だ。俺の知らぬ産みの母親が、名井議員に托卵しててさ。その托卵子が俺と双子で兄らしい。異父兄弟なのは名井議員も知っている事ではあったんだろう。俺が政財界に上がってきたら面倒事が増えると思ったのか、名井議員は俺の就活を躓かせてきたワケだし。そうして二年近くごちゃごちゃしているうちに、その双子の兄が名井議員のことをぶっ殺しちまった。おかげで俺の立場もやや悪い。なんせ托卵子の片割れで、かつ。血縁者に人殺しがいるんだからな。こんな滅茶苦茶な経歴じゃ、俺も何するかわからないと評判が悪い」

「シュセキの名前が零次って」

「次男みたいな名前だろう? 二卵性の兄はさ、名井ないれいと言う。名井玲が育ての父親である名井貴登を殺したんだ。逆を言えば、俺の父親はあの女に騙されたんだ。俺達が生まれてすぐの離婚が円満だとは思えない。可哀想に、産みの父とは言え、父親あの人は半分も元妻あの女の血が流れている俺のことを、どんな思いで育てて、あげく自分は過労死までしちまったんだろうな」

 俺はつい庇いだてしたく口を開くが、シュセキは「さて自語りが過ぎたな。ユキに金羽振りのいい仕事があるんだ」と話を切り上げた。

「金羽振りのいい仕事って?」

 本筋に話を戻す。切り替わった青信号を見やれば、クリープ現象で前進しかけていた車を反動に、シュセキは再びアクセルを踏んだ。

「風俗店のオーナーを任せたい。そっくりそのまま好きに営業していい。ショバ代は月額で固定金額、カネさえ用意してくれれば言う事はない。そのかわりといってはなんだが、東間組の傘下で展開して貰う」

「それ。俺にメリットあるのか?」

「好みの女が沢山いる。粗利は必ず出るからカネにも困らない。そして何より、ユキにとってはやりがいがある」

「やりがいって、……言い切るじゃねぇか」

「すでに箱には女が居るんだ、それも、ひとりふたりじゃない。彼女らはメンタル的にあまり安定していない。故に、いつ死ぬかもわからない。だが俺は使い捨てていい人材だとは思っていない。だから頼めるのがユキしか居ないと思っている」

 昨夜の出来事を思い出す。脅しにかけて命乞いの代わりに提示するのは、新しいビジネスの話題。俺に利用価値があると、俺自身に言われる事で成立する筋書きは、シュセキがすでに段取りしていたという事か。

「だから、あんな子芝居を?」

 点と点をつなげて思案すれば分かりそうだが、イマイチピンとこない。当然、シュセキも俺がさっぱり理解していないのは察しているようで、補足する。

「東海金融照会でも東間組でも、俺はまだ特別な役職についているわけでもない。当然、東間組の連中に見張られていたし、盗聴器も仕掛けられていた。脅し部分は正真正銘さ、丁度いい背乗り相手を探していると言われてしまえば、俺も今の立場じゃ命令に逆らえない」

 シュセキは雑居ビルの地下駐車場に入る。トンネルのような薄暗い車内に、オレンジの暖色がちらちらと差し込む。がらんどうの駐車場はどこに停めても大差ない。いちばん奥まった端っこに車を停めてから、シュセキはエンジンを切る間もなく俺の顔を見る。

「だから賭けだった。確かに俺は腐れ外道だが、ユキなら共犯者になってくれると思っていた」

 向けて来るそのツラは、高校のとき煙草を吸いながら見せた低俗な笑みだった。校則を破るだけでは飽き足らず、今度は法律すらも破ろうと。口にする内容はシュセキにとってもトップシークレットだ。今俺がここで警察にでも通報しようならすべてが終わる。それなのに俺を信用して共有してくる。――俺達はそういう仲だろう? と言いたいのだろう。これを友情というにはいささか問題がある。しかし、交渉相手に俺を選ぶ判断は、ただの友情ではなく、俺がそういうクズみたいな事でも乗って来るという魂胆を見透かしているんだろう。

「共犯者、いいね。乗ってやるよ」

 腐れ縁の友人と言っても過言ではない。シュセキの手の平で踊るのも悪くないかもしれない。俺をハメるつもりなら、もっとストレートな手法を取る。それこそ、会話のレトリックに気づかなかった時点で、シュセキなら俺なんか切り捨てて簡単に殺しただろう。それほどシュセキの性格は合理的で、冷徹なのも理解していた。勝手知ったる仲であるが故、俺がシュセキに対して些か不満に見ている事も、少なからず友人として見ている事も、透けているに違いない。

「ユキならそういうと思っていたよ」

 鼻で笑うように、口角を斜めに釣り上げてシュセキは不敵な笑みをこぼす。それから車から降りるように指図され地下駐車場のコンクリートを踏みしめた。

「二日後に大きな契約がある。それまでに、ユキにはイロハを叩き込む。いまから俺と同じ派閥の構成員と商談するが、話を合わせて貰いたい。東海金融照会で有力な支店長ポストを奪い取るのが当面の最優先だ。以上が就活の面接になるが、わかったか」

 大層な面接だ。それも就職先はヤクザのお膝元で風俗店の支配人。アンダーグラウンドときた。

「同級生に面接されるって不愉快な気分だよ」

 冗談めかして苦言を呈すれば「戯けクズ宮、働かざる者」と言うもんだから、つい。

「食うべからずとでも?」

 軽口を叩けば、シュセキは「みなまで言いますまい」と、踵を返す。しょうがなく、コートの襟を正して、その後ろ姿をついていく。二度とない好機、否。悪運ばかりが強い俺達に舞い込む取引の始まりだった。



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