5.家に帰る
バタバタと慌ただしくギルドの職員が走り回る。俺たちは再び応接室へと戻り、静かにアンガスが戻ってくるのを待っている。
ジッと手元の魔剣を見る。
「どうかしたのかい? 魔剣がまた騒ぎ出した?」
「いや、逆だ。全く何も聞こえてこない」
「全く? ……今までにも、こんなことはあったりした?」
「ない。意識が飛びそうなほどの声になることはあっても、黙ったことはない」
「……それは、不気味だね。あの魔剣――ルームルス?と共倒れになったっていうことはないのかな?」
「残念だがそれはない。この通りだ」
鞘から魔剣を抜き、刀身を見せる。赤い紋様が鼓動を打つように蠢いている。
「……元気そうだね」
「こいつはあの時悪魔を殺せと言った。何か、魔剣にとっても狙いがあるのかもしれない」
「悪魔を……?」
「単に魔獣よりも食いでがあるから、ということかもしれないがな。今黙っているのも悪魔が消化不良でも起こしてるのかもしれん」
「だといいけれどね。──どんなことでも、魔剣の様子が変わったのなら相談すること。いいね?」
頼りになる魔女である。実際本当に頼りにせざるを得ないので、真剣にうなずく。
今回の一件について、互いに思索を巡らせていると扉が叩かれた。答えを待たずに入ってきたのはアンガスだ。
「いやぁ、すまないね。思いのほか手間取ってしまった。これは私からのお詫びだ。まずは存分に食べてくれ」
一抱えもある紙袋に、いっぱいのパン。アンガスは髭面の魔剣使いを衛士に引き渡して事情を説明してきたらしい。
魔剣はすでに叩き折っているし、呆然として無気力になってはいるとはいえ、魔剣の使い手である。どのように拘束するかに手間取り時間がかかってしまったのだという。
それなりに空腹になっていた俺とフィオレッタはもぐもぐとパンを食べる。焼きたてではないのが残念だ。
「まずは君たち二人にお礼からだね。フィオレッタとゴート君のおかげで被害なく制圧することができた。本当に、ありがとう」
真っ直ぐに礼を言われるのは何とも面映ゆい。それはフィオレッタも同じだったようで、さっさと下がった頭を上げさせている。
身にかかった火の粉を払っただけだよと、口を尖らせている。ただ、端の方は嬉しさが漏れ出してピクピクしている。
まあ褒められて悪い気がするわけもない。俺だって正直気分がいい。
「魔剣ルームルスは神出鬼没でね、歴史上幾人もの要人が殺されてきた。国を荒すという点ではある意味最も危険だ。それを潰せたのは大きい」
「そう、それだ。アンガス。ルームルスが現れて、アンガスはすぐに魔剣だと断定したね? あっという間に魔剣の力も看破していた。アンガスが博識なことは知っているけれどね、それでもあの判断の速さは不自然だ。……理由を聞かせてもらえるかな?」
そういえばそうだな。俺は自分の魔剣がそう教えてきたから疑問はなかったが。魔剣だと気が付いたとしても、その能力まで見抜くのは不思議な話だ。
フィオレッタの疑惑に乗って、俺もアンガスに訝しんでいますという視線を向ける。
「……先月、土の魔女が殺された」
「……マリーメイア様が!?」
「正面から心臓を一突きされていた。近くの農民から相談を受けているところに、赤い剣の男が突如として現れての凶行だったようだ。土の魔女以外に被害はなく、そのまま表れた時と同じように消えていった。常人になせることではない。常識的に考えて、魔女に悟られずに真正面へ転移を出来る存在などいない。ならそれは常識外の存在だろう」
マリーメイアという魔女のことは知らないが、先ほどのルームルスの不意打ちを考えれば防ぐのは無理だ。俺だって魔剣が鳴らなければ気が付かなかった。
「魔法で似た様なことはできる。けれど、私たち魔女を魔法で出し抜くのは不可能だ。同じ魔女同士であっても、かならず魔法の兆しが現れるからね」
「なるほど。アンガスはその連絡を聞いて、警戒していたということか」
「ああ。まさかそれを伝える前に魔剣の──ゴート君のね──話をされるとは思わなかったし、襲撃されるとも思っていなかった。それは私の不手際だ。危険を過小評価していた」
「仕方のないことだよ。私だってゴートと会わなければ魔剣の危険性を説かれても軽く流していただろうからね」
そもそもフィオレッタはほとんど森から出ないから、噂を起点にしようもなさそうだしな。密かに思っていただけなのに、太ももをつねられる。
「考えていることが顔に出ているよ。私だってこうやって街に来ることだってあるんだから、危険なことには変わりないんだよ?」
「まあまあ。それで話を戻すけれど、騎士団が確認したところ、すでに7本の魔剣の所在が不明になっていることが分かった。何者が、何のために、どうやって。何も分かっていない状況らしい」
「そもそもなぜ魔女が狙われていると思うんだ? その土の魔女を恨んだ人間という可能性はないのか?」
「マリーメイア様はとても穏やかで優しい人格者だよ。恨みというのは考えにくいと思う。というか、あの魔剣使いが魔女だけでいいって言ってただろう?」
「……そうなのか? こいつがうるさくてあまり聞こえてなかったんだ」
魔剣。今は不気味なほどに静かだが、あの時の狂乱は尋常ではなかった。荒野で20日以上何も殺さずに過ごした時だってあれほどではない。明らかに別の魔剣の存在に興奮していた。
あの時、確かに魔剣は確かな意思を持って、”ようやく”と言った。それは何を意味しているのか。
俺が考え事を始めても、フィオレッタとアンガスで話は進んでいく。
「悪魔を封印できる剣を作ったのは魔女だ。これは襲撃前に言いかけていたことなんだけど、それを踏まえて考えると魔女が狙われた理由も分かるような気がするね」
「……魔剣を作ったのは魔女? それはよく知られたこと? ええと、魔剣を盗み取った人間がいるとして、狙う理由になるとアンガスは考えているってことかな?」
「魔剣についてかかわるような立場の人間であれば、魔女がどれだけ貢献したのかを知らないはずはないよ」
「魔剣について知らない魔女を狙うほど、問題だと考えているのかな」
「そこまでは分からない。現状わかっていることは、魔女が狙われていること。7本の魔剣がそのために使われる可能性がある。それだけだよ」
「頭が痛いね」
冗談めかして口元を曲げるフィオレッタと対照的に、アンガスは硬い表情を崩さない。その視線は俺、そして俺の手の魔剣にある。
「魔剣使いが魔女を狙ってやってきた。けれどもう一人、魔剣使いですら知らない魔剣があった。これは偶然かな、ゴートくん」
「それ以外にあるか?」
「……ま、そうだろうね。だがね、そもそも誰にも知られていない魔剣がある事自体が異常だ。魔剣は11本。魔女が封じない限り生まれえないはずだ」
「誰かがこっそりと作ったという可能性はないのかい? 師匠を例に出すまでもなく、”他の”魔女は変わり者揃いだから、好奇心からという線はあってもおかしくないと思う」
「理外の力を振るう悪魔を叩きのめして、莫大な魔力を注いだ魔法で封印する。言うのは簡単だけれどね、騎士団の精鋭が全力で剣を向けて、複数の魔女が魔法を組み上げてようやくの話だ。正直ありえないといってもいい」
「なるほど……。ただ、魔剣を懸念する理由は分かるけどね、ゴートは私が客人として認めた相手だということを忘れてもらっては困るよ?」
フィオレッタはアンガスと目を合わせずに、パンが乗っていた紙袋を見ている。喧嘩をしたくはないが、さりとて俺が責められることは避けたい。そんな態度だ。
アンガスだってそれを分かっている。分かっていても、立場上俺を詰問せざるを得ないのだろう。なんというか、二人とも大変そうである。
ただ、そうであっても長年の付き合いがあるのだろう。フィオレッタがため息をつくと、アンガスが緊張を緩める。
水を口にし、アンガスが口を開く。
「ゴート君。今、君の魔剣はどうなっている?」
「静かなままだ。だが、何かが起きている」
先ほどフィオレッタに見せたように、刀身を見せる。蠢く紋様は君の悪いほどの熱量を感じさせる。
「……なにか、わずかでも変化があればすぐに報告してほしい」
思わず笑ってしまう。フィオレッタとおんなじことを言う。
「ああ、分かってる」
「ならいい。それと」
「それと?」
「帰る前にカウンターに寄っていきたまえ。登録が終わってタグが出来ている。君を指名した依頼もあるようだから、受領しておくことだ」
俺宛てに? 登録したばかりのぺーぺーにとは、随分と物好きもいるものだ。ふふふと隣でフィオレッタが笑いだす。
「なら初めからそう言えばいいのに、おかしなことをするね?」
「……フィオレッタには、近いうちにもう一度ギルドに来てもらう。王都から今回の一件について調査として騎士が来るからね。しっかりと、証言してもらうから、覚悟しておくように」
「え? ……え?? なんで? アンガスが報告したならそれでもう話は終わりになるものではないのかい? なんで私までそんな、話をしなくてはならないの? なんでぇ?」
「ゴート、フィオレッタをちゃんと連れてきてくれ給えよ?」
顔を青くして人見知りにとっての試練に怯えるフィオレッタ。アンガスはつーんとしながら俺に引率を頼んでくる。これは俺が恨まれることになる奴じゃないか?
***
ぱんぱんに膨らんだ背嚢を背負い、両腕に袋を抱えて森を歩く。
「そろそろ意地を張らずに、せめてその両手の荷物くらいは渡した方がいいと思うんだけど……?」
「いや、あともう少しだ。なら最後まで運ぶ」
「どうして変なところで意地を張るかなぁ?」
小麦にお肉、新しい布に新しい鍋。特に小麦がかさばるし量もある。絶対に口には出さないが、重い。そもそも街にわざわざ出てきたのは食料の調達も理由の一つだ。
盛大に買った荷物を抱えるのが俺の役目だ。居候なのだから、このくらいはやらねば穀潰しである。
汗が首元の紐を伝って胴へと流れる。そこには小さなタグがある。冒険者としての印だ。アンガスと別れる時に出来上がっていたこいつをもらって、俺は晴れて冒険者となったのだ。
タグには名前と所属、そして冒険者としての階位が刻まれている。
俺がタグを気にしたのを見てとってか、フィオレッタが揶揄うように注意喚起をする。
「まずは見習い扱いってところだね。なくしちゃだめだよ?」
「……善処する」
「全く、登録したてなのに指名依頼だなんて、ましてギルドマスター直々とは恐れ入るね!」
依頼はフィオレッタの護衛。依頼人がアンガスで、俺を指名での依頼となっていた。
「物は言い様だな。娘の一人暮らしを心配する父親の依頼にしか思えんぞ」
「あはは、その通りだね。アンガスはあれで心配性なんだ。家には4人の娘さんがいるんだけど、悪い虫が近づかないようにって私に魔法かけてくれないかって言ったこともあるんだよ」
「大概だな」
からからと笑うフィオレッタは、ほとんどいつも通りだ。
来た時と同じようにフィオレッタが近づくと森は道を開ける。荷物を持った俺が通るまで、道が閉ざされることはない。てっきりフィオレッタだけの特権かと思ったが、意外と融通を聞かせてくれるものらしい。ただ、行きの時もこれをしてくれればよかったのにと、余計なことが思い浮かんだ。
「キミがずいずい藪に飛び込んでいくから、てっきりそういうのが好きなのかと思っていただけだよ」
言うまでもなく、言ってない。俺の表情から読み取っての反論であり、得意げな表情をフィオレッタは隠さない。どうにも一緒に暮らす間に考えていることが筒抜けになりつつあるらしい。
「助かっている」
「そうだろうとも」
そのまま、しばらくは黙って歩く。もう後は帰るだけで、フィオレッタからすれば特に黙る理由はない。なのに、何か言いたそうな、言ってもいいのかを迷っている表情。
「なんだ?」
「ゴートこそ、私が考えていることが分かるようになってきたね」
そう茶化すなと、ジッと目を見る。
「……人に狙われるというのは、やはり少し怖いね」
まさかフィオレッタの口から、怖いなどという言葉を聞くとは思わなかった。だってなんでもよく知っていて、自信満々な割には人見知りで、料理上手のお姉さんぶるのが好きな魔女。
目を丸くする俺に、フィオレッタが手を振る。
「私だって怖く思うことくらい、あるよ。今更ね、今日私は死にかけたんだなって。そう思って。ゴートが割って入ってくれなかったら、あの魔剣にそのまま斬られてたんだなってさ」
「でも生きてる」
「そりゃあね。誰かさんが守ってくれたから。だけど、やっぱり……怖いことだなって思ったんだよ」
なんとも言えない。だって俺はいつだって奪う側だったから。相手こそ魔獣だけれど、この魔剣で殺してきたのだ。数えきれないほどに。
魔剣に飲み込まれて自分を無くすことや、人を斬り家に帰れなくなることを恐れてきた。でも、殺されることを考えたことなどないのだ。だから、俺は何も言うことができない。
「ああ、無理に何も言わなくていい。これは、私の……独り言だから。独り言なのに答えが返ってきたら、変だろう?」
「そうか……」
「ほら、応えちゃダメでしょ」
「そうだな」
バカみたいな繰り返しにフィオレッタが笑顔を見せる。その柔らかな声に俺は安心した。心が暖まるその感覚に、なんとなく自分が求めるものが見えた気がする。そうだ、その安心が、俺の欲しいものだ。
「フィオレッタ、俺は、今の生活を楽しいと思っている」
「ん? 突然だね」
「家に住まわせてもらってご飯まで作ってもらっている。魔剣の調査も、鞘もだ。フィオレッタに甘えっぱなしで、正直自分でもどうかと思わないでもない」
「ふふふ、ほとんどヒモだって?」
「自覚はある。だから、少しでも何か返せるものがないかと考えていた。アンガスから護衛の依頼を受けたが、それとは関係なく、俺はフィオレッタを守ろうと思っている。俺はお前がくれた物の代わりに、お前を守る。どうだ?」
「ええ~」
「……ダメか?」
「そんな風に損得勘定で守られても嬉しくはないよ。私もそんなつもりで家に住まわせているつもりはない。それに、近くの魔獣を狩ってくれているし、畑仕事や家の手入れだってやってくれているだろう? 本当にいいんだ、だって初めに約束しただろう? 話に付き合ってほしいって。ゴートは約束を守ってくれている。だから、それでいいんだよ」
重い荷物。汗。森の中の湿った空気に避けていく木々。そんな物全てどうでも良くなってしまった。自分の浅はかさに呆れてしまう。立ち止まり、天を仰ぐ。
「……いいのか? 俺は、貰いすぎているように思ってる。だから、もう少し出来ることがないかと思ったんだが……」
「してほしいことは全部お願いしてるし、応えてくれているよ。短い間とはいえ、一緒に暮らしているんだよ? そんなことをいちいち気にしなくてもいいんだ」
いたずらっぽくフィオレッタが指を振り、上から白い花びらが降ってくる。それはフィオレッタの長く綺麗な白髪によく似ていて──
まるで一枚の絵のようだった。
「もちろん、ゴートが私に感謝して庭の雑草全部を抜きたいと言うなら、止めはしないよ?」
くるくるとスカートを翻して回転しながら、本音とも冗談とも取れるようなことを言う。まあ、そのくらいの雑用はお手のものだ。
「なら、さっさと帰らないとな。……フィオレッタ、やっぱり少し荷物を持ってくれ。実はちょっと疲れてきてる」
「あはは、やっと言ったね! でもあともう少し、頑張って!」
俺の周りをくるくると周回しながら、頑張れなどとヘンテコなリズムで歌い始める。なんだこれは。全く、よく分からないな、こいつのことは。
森が開けて家が見える。ああ、帰ってきたなと、自然に思った。俺は俺が思うよりずっと、この暮らしに救われていたのかもしれない。ただ、それをこの尊大で、内気で、賢くて、人見知りな、この魔女に伝えるのは癪だった。
思い切って家まで駆け出す。
「お先だッ!」
「あッ! ずるい!!」
先行逃げ切りを目論むが荷物の多さに速度が上がらず、あえなく抜かれてしまった。家の前では肩を上下させながら、魔女が腕組みをしている。
「ん、おかえり」
「……ああ、ただいま。それと、おかえり」
「うん、ただいま」
今日の夕ご飯はシチューにしようね。ゴート好きだったでしょ? 家の扉を開けながら、フィオレッタが言う。俺はよくわかったなと言う。そして、家の中に入り扉を閉める。
***
家族にもう一度会う、それだけが俺の夢で、心の支えだった。でも、守りたいものが増えてしまった。
魔剣は悪魔を喰らい、不気味な変化を見せた。まだこいつをどうにかする方法は分からない。
フィオレッタは狙われていて、襲ってくるだろう他の魔剣を叩き折る必要がありそうだ。
だからまた、家には帰れない。でも、父はきっと豪快に笑ってくれる。母もうんうんと俺の判断にうなずいてくれる。妹も──文句を言いながら俺の背中を押してくれるだろう。
森の魔女の元に、1人の魔剣使いが住み着いた。強大な力を持つ魔女と魔剣使いの2人暮らしはどのような物だったか。
そんなの、家から響く笑い声で分かるだろう?
終わり
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