愛はめぐる。
こんなことはたくさんの人が読むところや、また、小説やエッセイを書いて投稿しているペンネームはリアルの知人友人にも知れているのであちらで書くわけにもいかないのです。
上司が料理好きな人で、週に一回お弁当を作ってくるのです。私の分もです。最初かなりビビって内心困っちゃったんですが、もともと人一倍図々しくちゃっかりした末っ子である私はうめ、と思いながらもぐもぐ食べてました。材料代も払ってません。
でもね、一緒に仕事をして同僚ならまだ良いのですが、上司と部下である場合はやはり、お弁当を作って与えるのは仲が良すぎますよね。ちなみに上司は女性です。
中国人にはめっちゃ厳しいのですが、私にはそこまで厳しいことはなく、しかしだな。明らかに仕事の配分が少なすぎる。
なんだかなー
と思いながら、ここはもうお弁当と同じで、ラッキイ と開き直ることにしました。余った時間でわからないことを少しでも勉強をしようと思ってる。仕事をさせながら育てなければ、人間は成長しない。弁当をあげて、仕事を与えず、自分がめっちゃ残業してる。私は多分仮想の世界の中で、彼女の妹か子供なのかもしれない。
これ、多分、本人はイマイチわかってないのだろうなぁ。
人間にはなくて七癖 という。
(私にももちろん 自分ではよくわかっていない 七癖 があるだろう。それはおいといて)
しかし、良い仕事をするためには 自分を客観視することが重要だ。
お弁当を美味しくいただきながら、反面教師にさせていただく。
愛はめぐるものである。
ただ一方的に愛を与え、相手が愛を返す機会までも奪って仕舞えば、された相手は居心地が悪い。仕事もだ。部下のためを思って自分の仕事を増やすのを、本当にその部下は喜んでいるのか?
まだできないだろうと思って代わりに仕事をやってあげたら、部下は喜んでいるのだろうか?
こうやって書いていると、実は部下を育てるのと子供を育てるのは似ている。
親は育児をしていると、子供に良かれと思ってやっていたことで、子供に噛みつかれる。大きくなってきた子供は、何でもかんでも親にやってもらうことを、こりゃもう嫌がるのである。
バカにされたと感じる。
じゃ、反対に子供はどんな時、充実した気分になるか。
親に頼りにされた時である。愛はめぐるものである。愛されて育った子供なら、その愛を親に返したいと思ってる。
上司と部下の世界ではこんな濃密な愛はないわけだが、基本原理は一緒だ。部下を頼りにして部下が応えてくれればチームは必ず強くなる。そこには友情に似た何かがあるだろう。チームは認め合えなければならない。
私の日本にいる親友は、結婚していて子供がいない。子供好きな子なので、欲しがっていた。持てなかった。彼女が最近、自分の行き場のない母性本能という言葉を使うのだが、なんというか、彼女は自分のことも周りのこともちゃんと見えているのだなと思う。
自分で上のような言葉を使う人は、暴走しない。自覚があるからだ。
私の上司はなぁー
非常に優秀な仕事のできる人なのですが、部下を育てるのは苦手である。めっちゃ厳しくしてしまい、山のように仕事を与えて使い倒す一方、同じ会社の別の人、例えば私であるが、仕事を与えず干してしまう。
知識があって能力があって、次に来る壁は心のバランスだ。
ま、しかし、これ以上書くのはやめるか。読まれることがないところでも、書けば言葉には手足が生える。人を傷つけることは書きたくない。
こんなことを書いているのは、仕事を干している人ではなくて、仕事を干されている人、つまり私を客観的に見つめるためですので。
ラッキいと思い、この間にさまざまなことを勉強しておきましょう。
上司も若くはないのです。会社のためには、上司の他にも仕事ができる人がいなくては。
野中木葉
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