嘘の章︰―⑩―
ルシェンテから今後の措置を言い渡され、ブリトバは国警に身柄を引き渡し、リガルドは憔悴しきったエイプリルを抱き抱えて、おぼつかない足取りで家へ送って行った。その姿を二人で見送りながら、ルシェンテがベルムナートに言った。
「さて、僕達も行こうか」
「そうね! ちゃんと確かめないとね!」
「ベル、物凄く楽しんでるよね……?」
ルシェンテの言葉にベルムナートは満面の笑みを浮かべて答える。
「勿論よ! 何事も前向きに楽しまなくっちゃ人生勿体ないわ! 他人の色恋沙汰は大好物だもの!」
そんなベルムナートにルシェンテは呆れた声で返す。
「はぁ……まあ、ベルが楽しいならそれでいいけど」
「ルーシェくんは楽しくないの?」
ベルムナートはルシェンテにそう返し、ルシェンテもそれに応えるように返した。
「んー…この後のことを思うと、気が重いよ…一回メイデンが不要に動くだけで山の様な書類を作る必要があるんだから……」
「あー……確かにあたしじゃソレ手伝えないなー。適当にあたしがちゃちゃっとハンコ押しちゃおうか?」
陽気にベルムナートはそう提案した。しかし、ルシェンテは首を横に振ると申し訳なさそうに言った。
「ありがとう、ベル。でも、
「大丈夫? 無理してない?」
そんなベルムナートの言葉にルシェンテは首を横に振って返す。
「うん、大丈夫だよ。ベルにはいつも助けてもらってる。ありがとう」
そう微笑みながら言うルシェンテにベルムナートは笑顔で返した。
「そっか! そんな顔でありがとうが言えるなら大丈夫ね! でも、いつでもベルお姉さんを頼っていいんだからね!?」
ベルムナートがそう言うと、ルシェンテは今日一番の笑顔で言った。
「ありがとう、ベル。これからもよろしくね」
▽♡▽
それから数時間後。二人はエイプリルの家の前までやって来た。辺りはもう暗くなり夜空には数多の星々が瞬いていた。
「じゃ、あたしは外で待ってるね? 何かあれば声掛けて」
そうベルムナートが言うと、ルシェンテは真剣な顔付きで頷いた。
ルシェンテが扉をノックすると、中から「…はい」とエイプリルの声がした。
ルシェンテは扉を開けゆっくりと家の中へと入って行った。
ルシェンテが中に入るとエイプリルがベッドから飛び起きる。
「あ、あの! さっきは、その……取り乱して、済みませんでした……」
エイプリルがそう謝罪すると、ルシェンテは笑顔で返す。
「いえ、気にしないでください。それより、体調はどうです? メイデン化するととても疲れると聞きます。無理せず横になったままでも」
そう言ってルシェンテはエイプリルに近付き、ベッド脇に置いてあった椅子に腰を掛けた。
「はい、大丈夫です。それに、王子様にもご迷惑をお掛けして……」
「気にしないでください。それと、ルシェンテでいいですよ?」
エイプリルの謝罪にルシェンテが笑顔で返すと、エイプリルは不安そうな面持ちで言った。
「……あの! わたし達どうなるんですか……?」
そんなエイプリルの言葉を受けて、ルシェンテは優しく微笑みながら言う。
「罪に合った処罰を受けて頂きます。そうですね、領主のブリトバ氏は《
「え!? わたし、それだけ?」
エイプリルは驚きを隠せない表情でルシェンテを見た。
「はい、それだけです」
ルシェンテは笑顔で続ける。
「あの後、領主のブリトバ氏からも事情聴取させてもらったのですが、過去にあなたを孤児として保護し、《
エイプリルは複雑そうな顔でルシェンテの話を聞いていた。
そんなエイプリルに、ルシェンテは続けて言う。
「それに、リガルドさんも同じようにあなたを大切に想っています。これからリガルドさんはハーダン村の領主に若くして就くことになります。リガルドさんは自分の父親の所業を深く後悔し、その息子として正々堂々謝罪したいと仰っていましたよ。中々に実直で立派な方です」
ルシェンテのその言葉にエイプリルは少し驚いた後、リガルドの身を案じ嬉しそうに微笑んだ。
「良かった……」
そんなエイプリルにルシェンテは更に続ける。
「そして、これは僕の勝手な想像ですが……きっとリガルドさんは、エイプリルさんにも新しい人生を歩んで欲しいと願っておられると思います」
「新しい人生……?」
ルシェンテの言葉にエイプリルは首を傾げる。そんなエイプリルに、ルシェンテは優しく微笑みながら言った。
「はい。リガルドさんに求婚されたことは覚えてますか? そういう未来も、選択肢にあるということです」
そんなルシェンテの優しさ溢れる言葉に、エイプリルは大きく目を見開く。しばし彼の顔を見つめた後、肩を震わせ大粒の涙を流した。
「あ……ありがとうございます……っ! まだ、先のことは、何も考えられませんけど……本当に…ありがとうございます!」
そう言って泣きじゃくるエイプリルの頭を優しく撫でながら、ルシェンテは続けて言う。
「誰しも、とてつもない喪失から回復するには、途方もない時間を要します……その長い時の間に、少なからず自分の進む道から外れてしまうこともあるでしょう……」
ルシェンテは自分にも言い聞かせるよう、そう言葉を紡いだ。
そして最後にルシェンテはエイプリルに問い掛ける。
「辛い時は人に頼っていいんです。僕の大切な人がそう教えてくれました。だから、その大切な人たちと共に歩んで行けるように、前を向いて行きましょう?」
そのルシェンテの言葉に、エイプリルは涙を溢しながら頷いた。
そんなエイプリルを見てルシェンテは優しく微笑む。そして一つ咳払いをして言う。
「コホン。では、エイプリルさん。先程少し説明した背中の件、お願いします」
ルシェンテのその言葉にエイプリルは緊張してか、声を裏返らせて答える。
「は、ひゃイ! よろしくお願いしますッ!」
「じゃあ、背中を確認させてください」
そうルシェンテに言われて、エイプリルは自分の上着を脱ぎ、その背中をルシェンテの前にさらけ出した。
ルシェンテはエイプリルの後ろに回り込み、その長い髪を掻き分ける。
「ンっ!」
自分の柔らかい髪が背中に触れ、エイプリルは我慢できずに声を上げた。そのことに構わずルシェンテはエイプリルの背中を真剣に調べている。
「…似てますが、“
そう呟いたルシェンテの言葉に、エイプリルは小さな声で答える。
「…昔、戦火で負った火傷です……見苦しいものを見せて済みません……」
そう言ってエイプリルは目を閉じ俯く。ルシェンテはそっとその背中から離れる。
「いえ…僕の方こそ無神経でした。ごめんなさい」
そうルシェンテが謝ると、エイプリルは首を横に振った。
「いえ! そんな……謝らないでください……」
そんな健気なエイプリルに、ルシェンテは優しく微笑んで言った。
「あなたは僕達が捜している女性ではなかった。見せてくれてありがとう」
そしてルシェンテはまたエイプリルの目の前にやってきた。エイプリルはそそくさと開けた衣服を直していく。
子供とは言え、良識のある人に裸を見られた彼女の心境などルシェンテは知る由もない。
エイプリルは一つ気になったことを彼に訊いてみた。
「あの……どうしてその女性を捜しているのですか?」
彼女の何気ない問に、つい神経をひりつかせてしまうルシェンテだったが、気を鎮め、エイプリルに向き直りゆっくりと語り出す。
「…あれは、今から二ヶ月ほど前のことです――」
――二ヶ月前、ウェスティナ海を挟みデルニカ公国の直ぐ西に在る島国――イングレッサ王国の王城が何者かの襲撃を受け壊滅させられたのだ。
魔導士と共に居城に乗り込んで来た三機の《
《メイデン》は世界条約で労働力として扱う以外は搭乗を禁止されている禁断の魔導の力だ。
そのメイデンが条約を破り、ルシェンテたちの祖国イングレッサを一夜の内に滅ぼしたのだ。
その時――燃え盛る炎に人々が飲み込まれないよう先導して退避を促していたその時、ルシェンテは燃え盛る炎を背に見たのだ。
三機のメイデンを引き連れ、去って行く一団を指揮していた人物を。
夜の闇に家屋を焼く炎によって照らし出されたその人影は長い髪をなびかせ、大きく背中が開いた服を着、その背中には“
民達の協力の下、単身での脱出を拒み続けるルシェンテは幼少の頃からの従者であり幼馴染のベルムナートの説得もあって、二人命からがらこのエウロンまで亡命して来たのだった――
「…僕は……僕達は、暴力によって祖国を焼いたあの魔導士を決して赦さない…! 必ず見つけ出し、その罪を償ってもらう……!」
今まで穏やかだった少年の顔は険しく眉間にしわを寄せ、怒りに満ち満ちていた。
エイプリルは自分の発した言葉に後悔しつつ、そんな彼のこれからを想うと胸が詰まった。
「…復讐、ですか?」
エイプリルのその言葉にルシェンテは自嘲気味に微笑む。
「そうかも知れません……法の執行者である僕自身が、妄執の鬼になっている……滑稽でしょう?」
「そんなことありませんッ!」
予想だにしなかったエイプリルの間髪入れない大きくはっきりした声が部屋に響いた。彼女は両の拳を胸の前で硬く握り締め、必死の形相でルシェンテを見つめていた。
「そんなこと、ありません……王子様も……ルシェンテ様も、ご自身の幸せを夢見ていけないはずがありません! その復讐の先に、幸せがあるというなら、夢見たっていいはずです!」
面を食らったルシェンテはその丸い瞳を更に大きくしてぱちくりさせる。エイプリルの必死な顔を見て、ようやく自分が少し弱気になっていたことに気付いた彼は目を細め呟いた。
「…ありがとう。復讐の先の、幸せ……もっと、しっかり考えないとですね……」
ルシェンテは背筋よく立ち上がるとそのまま部屋を出て行こうとする。
その後ろ姿を見て、エイプリルは無意識にルシェンテを呼び止めた。
「あ! あのッ!」
そんなエイプリルの言葉に、ルシェンテは足を止めて振り返った。
「また、会えますか…?」
「…それが星の導きなら」
ルシェンテは柔らかく微笑むと、それだけ言い残しベルムナートが待つ家の外へと足を向けた。
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