嘘の章︰―⑧―

 ルシェンテは迫りくる《エイプリル》を前に、しっかりとベルムナートの腰を抱き寄せ、そのメイデンを睨んだ。


「…国際メイデン条約、刑法其の四! そのメイデンが法を乱す時、州または国の守護に従事する者がこれを取り締まる!」

 ルシェンテが叫ぶと、握った二人の手の間から虹色の光が溢れ出す。



「…ベル、いいかい?」

 ルシェンテが抱き寄せたベルムナートの耳元に顔を近付け、吐息がかかる距離でそっと囁く。

 伏した目元の長い睫毛が妖艶に夕陽に映える。


「うん……いいよ、ルーシェくん……」

 ベルムナートはルシェンテから視線を反らし、頬を染め、はにかみながらルシェンテに身を委ねた。


 ルシェンテは目を瞑ると、ベルムナートの耳先に優しく口付けをする。

「んッ!」

 ベルムナートはビクッと身体を震わせると、全身から炎が立ち昇る。

 ルシェンテがおこなった口付けは、ベルムナートの体内に蓄積されていた《イン》を一気に活性化させる方法だった。

 その炎は地を疾走はしり、二人を中心に真円状に魔導陣まどうじんを描いて行く。


『な、なにッ!?』


 エイプリルが驚くと、虹色の光は二人を取り囲んだ。その光は次第に形を変え、やがて人型となり、そして遂には鎧騎士のような姿に変容した。


「あれは……ッ!」

 ブリトバが驚きの声を漏らし、ルシェンテが告げる。


「僕は《メイデン操者シャフト》の中でも、国から法の遵守と執行を許されている……」


 その白い騎士は炎をまとい、その炎が自らの装甲を形作り、その身に朱色の鎧を顕現していく。


「イングレッサ王国第二皇子! ルシェンテ・クリアカーズが命じる! 今直ぐそのメイデンの武装を解き、投降しなさいッ!」


 ルシェンテのメイデンが左手にかざした盾から剣を抜き、《エイプリル》に向け真っ直ぐに構えた。


『くっ……! 王家直属のメイデンですって!? 聞いてないわそんなことッ!』

 《エイプリル》がその巨大な腕を振り、メイデンに殴りかかる。


「はああッ!」

 ルシェンテの乗る白い鎧騎士が、その巨大な拳を左手に構えた盾で受け止める。そしてそのまま剣を振り抜き、《エイプリル》の左腕を斬り落とした。


「おおッ!?」

 ブリトバが予想以上の力に驚くと、ベルムナートが言う。

『ふっふっふ! ルーシェくんのメイデンは何せこのよ!? 《強勢きょうせいのベルムナート》! 聞いたことないかしら?』


「なッ!? だとッ!」

 ブリトバが更に驚いていると、エイプリルが叫んだ。


『な、なに? 何を言っているの!? ブリトバ様! お気を確かにッ!』

 《エイプリル》が右手の錫杖ワンドを前に構えるとその先から炎の弾が勢いよく噴き出した。


 ルシェンテの《ベルムナート》は飛来する火球を冷静に盾でいなし、剣で両断する。


 ブリトバが顔を引きつらせ、何かを呟き始めた。

「…聞いたことがある……“キョウセイ”……《キョウセイの乙女操者メイデンシャフト》……ッ!」


『あら? あたしよりルーシェくんの通り名の方が有名なの? ふーん、少し妬けるわね…』

 ベルムナートは緊張感のない声で、ブリトバの呟きに答えた。


 ブリトバは思いも寄らない人物と対峙してしまったことに、今まで感じたことのない重圧に気圧されながらも絶望の中、更に呟く。


「…何でも数ヶ月前、この国の《有名乙女ネームド》である二人、《神明しんめいのアーニー司祭》と《顕貴けんきのルミナ姫》を“乙女喪失ロスト”させた操者シャフトの通り名が確か……《キョウセイの乙女操者メイデンシャフト》ッ!!」


『くっ……! そんな!』

 《エイプリル》が怯むと、ルシェンテの乗る白いメイデンが再び剣を盾に収めた。そして持っていた盾を地面に刺し、エイプリルに向けて堂々言い放つ。

「もう一度言います! 投降しなさい!」

『くッ……! 舐めないでぇッ!』


 《エイプリル》は叫びながらその巨大な右拳で《ベルムナート》を襲う。

 しかしベルムナートはそれをひらりと回避し、逆に自分の拳をエイプリルにお見舞いする。

 その拳の先は強固なスパイク状の装甲に覆われていて《エイプリル》の肩部装甲を鈍い音と共に陥没させた。


『無駄よ!』

 ベルムナートはそう言うと、更にその拳の裏で《エイプリル》が右手に持った錫杖ワンドを弾き飛ばした。

 巨大な錫杖は地面に大きな跡を残し、先程斬り落とされた左腕と同様に光となって消えていった。


『くうぅ……! どうして……ッ!?』

 エイプリルの悲痛な声が、空に響いた。

『どうして、わたしばっかり……ッ!』

 エイプリルの声が操縦室に響く。

 そして続くように先程まで弱腰になっていたブリトバが口を開いた。


「落ち着けエイプリル。未だ策はある……!」

『えッ!? ブリトバ様?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る