第2話 消える

 かくれんぼは、ほぼ終わっていた。

みんな塾や習い事だと帰ってしまい、鬼の俺と隼斗だけが残っていた。


——あと一人、大翔だけが見つかっていない。


それなのに、俺たちは大翔を探さず、向かい合っていた。


「……お前、ちゃんと探す気あんの?」

「は? お前こそ、やる気あるわけ?」


大翔が好きすぎて、相手がそれを奪いそうに見えて、どうしても気に食わない。


大翔は、幼馴染で、親友で、一番大切な存在。


だからこそ、俺は「弟」という権利で好き勝手している隼斗が許せなくて、

隼斗も、「幼馴染で親友」という立場で好き勝手している俺が許せなくて。

 

小さな火種が、すぐに燃え上がる。


......くだらない喧嘩だった。


こんなの、あとでもよかったのに。


 大翔を探すのは、ほんの少し後でいいと思った。

どうせすぐに見つかるし、先にこいつを黙らせてやろう、と。


——だけど。

 

 だけど、その「ほんの少し」の間に、すべてが変わってしまった。

 俺の人生で一番の後悔の始まりだった。


_______________________________


 喧嘩を終えて、大翔を探し始めたときには、もう空が赤く染まっていた。


 隼斗と俺は、無言で手分けして探す。

 

 どこに隠れた? ふざけて、もう帰ったりしてないよな?


 最近伸ばし始めた髪が、汗で顔に張りついて、ほんとにウザい。

 

 ふと、姉ちゃんの言葉が浮かぶ。

 「え、髪伸ばすの?お前、絶対ウザくなって切るって」


その時、髪をかきあげながら笑っていた姉ちゃんの顔が、なぜか今、やけに目につく。


髪が顔にくっつく度に、どんどん気が散ってくる。だんだんそれが気になって仕方なくなる。汗が流れてきて、なんだか胸のあたりがモヤモヤする。


「……ねえ、らぎにぃ。」


 隼斗の呼ぶ声が、震えていた。


 振り返るとそこにあったのは、大翔の靴と、上着。

 

 まるで置き去りにされたみたいに、ぽつんと残されていた。


 足がすくんだ。

 頭が真っ白になった。


「……なんで?」


 さっきまで、すぐそばにいたのに。

 ほんの少し目を離しただけなのに。


「大翔!! どこだよ!! ふざけんな、出てこいよ!!」

 

 叫ぼうとした。

 でも、喉がつまって、声にならなかった。


(……俺のせいだ)


 喧嘩なんかしなければ。

 最初から、ちゃんと探していれば。


 ——ほんの少し、なんて。


 そんな時間すら、許されなかったんだ。


 

 俺たちは何度も大翔の名前を叫んだ。

 何度も、何度も。


 だけど、大翔はどこにもいなかった。


 _______________________________


 やがて、大人たちに知られ、警察が動いた。


「……柊くん、君は何か見た?」

「誰かが大翔くんを連れていくのを見た?」


 警察の人が、俺と隼斗に何度も聞いた。


 でも、その質問には、俺も隼斗も「見ていない」と答えるしかなかった。

 見ていないんだ。本当に。なにも。

 だって俺らは、お互いのことしか見てなかったんだから。


 でも——違う。絶対に違う。

 大翔が、勝手にどこかへ行くわけがない。

 家出なんか、するはずがないんだ。


「違う! 誘拐だ!! 誰かが連れていったんだ!!!」


 俺も、隼斗も、声を張り上げた。

 必死だった。

 どう考えたって、大翔が自分から消えるはずがない。


 なのに——


「本当にそうなのか?」

 

 大人たちは、俺らを疑った。

 まるで「お前たちは見ていなかったじゃないか」とでも言うように。


「もしかしたら、家出をしたのかもしれない。」

「君たちが犯人の可能性もないとは言い切れない。」


「違う!!そんなわけない!!!」


 俺たちは必死で否定した。


 けれど、大人たちは苦笑して、俺らに疑いの目をかけ、少し優しい声で言った。


「そうかもね。……でも、落ち着こうか」


 そう言って、俺たちをなだめるように、諭すように肩を叩いた。


 落ち着け? ふざけるな。


「違うって!!」

「俺たち、大翔のこと知ってる!! あいつがこんなことするわけ——」


「そうかもね。でも……」


 また、優しく、俺たちを子供扱いするように言葉を置かれる。


 違う。違う違う違う違う。


「……なんで信じてくれないんだよ……!!」


 叫ぶ声が、震えた。

 隼斗も、拳を握りしめて、悔しそうに唇を噛んでいた。


 ただ、時間だけが過ぎた。

 焦りと不安と後悔が、じわじわと胸を締めつけていった。


——そして、大翔はまだ見つからない。

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消えた友を探して 蛸入道 @takonyuudou_

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