30 絶望の果て
平和なあたらしい時代がやってきたということだったけれども、それはあくまでも全体的な話であって、部分的に世のなかをきりとったら、かならずしもそのとおりだとは言いきれずに、例外だってもちろんある。
あなたは当時にしてはめずらしく、(のちに、さして珍しくもなかったのだと、歴史が証明するわけだが)時代おくれで救いようのない陰鬱な戦に身を投じた。人々は刃こぼれした刃物で斬りむすんで首や四肢をとばし、また、銃火器から弾丸をはなって、おたがいのからだに無数の暗い穴をあけあった。
荒涼とした大地がすいこみきれないほどの、おびただしい血が流されて、ほふられた肉は腐り、虫がわき、獣に食われ、疫病をうみだし、この世の残酷さに打ちのめされて弱りきった名もなき人々は、やがて
勝者と敗者の境目なんてありもせず、息絶えた人と、まだ死んでいない人がいるだけだった。
人々はとうとう戦場からちりぢりに逃げはじめた。
もはや、故郷の地は踏めないと理解していた。連日連夜、汗や血をはじめとしたどろどろの体液と泥にまみれて、塩をまかれた
だれもが正気ではなかった。もういっそ、みんなで身をよせあって自決しようかと、落ち、くぼんだ目で真剣に考えだしたとき、ひらけた山間の地が眼前にひろがった。
豊かで深い山々に周囲をかこまれていて、簡単に見つけられるような場所ではなかった。さまざまな偶然が折りかさなって、思いがけずにめぐり合った場所だった。緑の草原を風がやさしくなでたとき、人々はだしぬけに、もうすこし生きてみようと思ったのだという。
あなたは一年半もおくれて、ようやく集落にたどりついた。命からがら戦場から敗走した一団のなかで、あなただけは無謀にも自らの故郷へと走った。最愛にして(正確に言うなれば、渦巻く愛憎を向けていたのだろう)、ゆいいつの肉親である妹をひとり、故郷に残すのが耐えられなかったのだ。
おおよそ二年にもわたり、つねに死と隣りあわせの仄暗い戦地で喘いだあなたが、ようやく故郷の大地を踏みしめたのは夕刻ごろで、あたり一面が感傷的な夕焼けに染めあげられていた。
秋めいた空は突きぬけて高く、鱗雲は水でうすめた朱色の染料をたらした調子に、にじんでいた。真っ赤に染まった小麦畑が風でゆれるのを目にとめたとき、あなたの頬に一筋の涙が伝った。
戦の気配などみじんも感じられずに、おだやかだった去りし日々。まだ自分が庇護される対象だった(にわかには信じがたいが、確かに、間違いなくそういう時期もあったはずだ)おさなき記憶に見た、みのり豊かな秋の光景と、なにひとつ変わらない風景が琴線に触れたのだ。
一方で、おおくの人を自らの手で殺し、蛆がわいた死肉をあさり、つねに腹を壊していて、ひどい臭いをただよわせている、あなた自身とのまざまざとした対比は耐えがたく、絶望の果てにいたった気分に襲われたのであった。
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