第二話

 今日は面倒なことに大学の講義がある。朝からシャワーを浴びて爽やかに眠気を消し飛ばす。さすがに、脱衣所で身体を拭いていると寒さを感じてチンチンが小さくなる。ブンブンブラーンっと息子を揺らしながら考える。まず、どうやって「ちー」と関係を持とうかな。まずは友達から?それとも偶然を装ってナンパにするか。インスタのDMでも良いけど、直接話して「ちー」の人柄を知りたい。もし、面倒くさそうな女だったら二週間くらいで使えるかどうか判断してダメそうだったらすぐに放流しよう。


 チョイチョイチョイと朝の支度を終わらせて家の扉を開けてエレベーターが来るのを待つ。俺の部屋は最上階にあるから高層階専用エレベーターに乗って一階まで降りる。俺より後に乗り込んでくる低所得者と一緒に乗らないといけないのは正直ストレスだけが、低所得者共のバカ面を眺められると思うと悪くは無いかもしれない。そんな事を考えながら待っていると一人、俺の後ろに並んできた奴がいる。甘めの香水の香りが漂って来る。この雰囲気は多分、若い女だな。良い匂いだ。エレベーターに乗ったら顔と身体を眺めてやるか。


 エレベーターに乗って振り返る。少し高い身長、セットされた短めの髪に小さく自信にあふれた綺麗な顔。 ……コイツ、「ちー」だ。クンクンクン。ああ、本当に良い香りだ。こいつの「女」の匂いがたまらない。今、本能的に感じている。俺はコイツに惚れた。香りが良いだけでなく、俺とつり合いが取れそうな所も良い。同じ大学、同じマンションの同じ階層。この女の全てが素晴らしい。これで俺はコイツと付き合うことができる。面倒事を省略できて楽で良かった。後は、コイツと関わる切っ掛けだけあれば大丈夫。ちょいとコイツがトートバックからぶら下げているキーホルダーを拝借する。これでよし。この間抜けな「ちー」はイヤホンを付けてスマホに熱中しているらしく俺がキーホルダーを盗った事に気が付いていない。これは……デフォルメされた黒猫がプリントされているのか。黒猫自体は縁起の良い生き物だったかな。でも、黒猫に横切られると縁起が悪いと昔から聞いている。まあ、俺には関係の無い事だ。必ず俺の腕の中で「ちー」抱くことは決まっているような事だから。もし、万が一、アイツが俺の前を横切ろうとしても許さないけど。


 「ちー」は、マンションから出て地下鉄の駅の方へ歩いている。この辺りに住む大学生の定番のルート。あんな通勤・通学ラッシュで混雑する地下鉄に乗らないといけないなんて可哀そうに。俺は毎日タクシー通学だよ。俺と付き合ったらいい思いをさせてあげるから待っててね。


 大学の講義室に入ると、いつも通り間抜け共が集まってくる。所詮、俺の機嫌を取って甘い蜜を啜りたいだけの奴ら。俺もコイツ達を利用しているからお互い様って事は分かっている。それでも、どこか虚しさを感じてしまう。そんな十秒後には忘れて今後一切、思い出さない様なくだらない会話以下の会話を講義が始めるまでダラダラと続ける。俺より低俗なコイツらとは感傷に浸りながら思い出を振り返る事も無いだろうな。このくだらない講義も単位を取って大学を卒業するためだけの物で社会に出る時には忘れているだろうな。


 俺の人生はいつもこの繰り返しだ。その時に必要だからという理由だけで物事に取り組んでいる。面倒だ面倒だと思いながらも努力は自分のためになるんだと言い聞かせて頑張っていた。高校でも、周囲の期待に応えて認めてもらうために前だけを見て進み続けていた。同じ大学を志望している数少ない友人とも協力し合い、切磋琢磨してきたつもりだった。でも、あの時、俺は友人だと思っていたヤツに利用されていただけだった。


 俺の親戚がこの大学の理事長を務めている。それがアイツから見た俺の全てだった。アイツは俺と仲良くすることで不正してこの大学に合格しようとしていた。この事を偶然知ったのは高校三年の十二月だった。授業の終わり際に腹が痛くなってきてトイレにこもっていているとチャイムが鳴って休み時間になると数人の生徒が入ってきた。アイツらはトイレに誰も居ないと思っていた。特に俺が居るとは少しも考えていなかったんだろう。


「そういえばさぁ、お前は二組の鈴木と同じ大学を受けるんだろ?良いよなー、あいつの親戚に大学の理事長をしてる人がいるって羨ましいよ。ってかさ、お前の父親と理事長の関係を強化するためにお前が仲良くしているなんて知ったら鈴木のヤツは泣くかもな。裏口入学なんて本当にあるんだな。俺は都市伝説レベルだと思ってたよ」

「たまにニュースで報道されてるくらい良くある事ですよ。ふふっ、まさか、鈴木も僕が裏口入学の伝手のために仲良くしているとは思っていないだろうなぁ」

「『仲良くしている』では無くて『仲良くしている』だろ」

「その通りですね。ふふっ、まあ、この苦労も高校卒業で終わりますから気楽なものですよ」


 俺はこの会話をトイレの個室から聞いていた。こんなに怒りを覚えたのも、怒りを抑え込む難しさを知ったのも初めてだった。俺を騙した報いを受けさせてやる。あの時、決意した通りにアイツを地の底に叩き落すことはできた。思っていたよりも簡単なことだった。裏口とは言え志望大学に合格して浮かれているアイツに酒を勧めたらあっけなく呑んでその時の自撮りをSNSにアップロードさせた。もちろん、俺は写真に一切、写っていない。その投稿をスクショして大学に通報したらアイツは合格取り消しの処分を喰らってた。アイツはアイツで俺を道ずれにしようとしていたけども証拠が無いから、ただの言いがかりとして処理された。


 合格が取り消しになった後のアイツは見ものだった。学校全体に裏口入学の件と未成年飲酒の件が広まって常に後ろ指を指されながらの学校生活。親の言いなりになって、お勉強だけしてきた精神の脆いアイツには少々、酷だったらしい。あの日、突然、学校から消えた。あの時ばかりはアイツと違うクラスだった事が残念に感じた。だって、同じクラスだったら泣き喚きながら無様な顔を晒して廊下をドタドタと走っていく様子を見る事が出来たんだからな。


 そして、俺は学んだんだ。周りに居る人間はすぐに敵になる可能性がある事を。そして、良いタイミングで自分から縁を切れば得をする事を。

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塵の積愛 乃以 @noinonoi

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