狂い
食べ終わった、早々に。
多分、全部食べるのに5分とかかってない。
昔から、ゆうちゃん食べるのはやーい! つて言われ続けてたっけ。
食べるのが好きなのだ、自分は。
また一つ自分のことを思い出せて、幸せな気持ちになる。
きっと、祖母の料理が美味しかったからだろう。
好物は、ゼリーだ。
思い出した、祖母が、ゼリーを作ってくれたんだ。
果物のたっぷり入った、ちょうどいい硬さのゼリー。
それを思うと、食べたばかりなのにもうお腹が空いてきた。
会いたいなぁ。
でも、顔が思い出せない。
写真が欲しい。
というか、自分の顔すら思い出せない。
そうだ! あのおばあちゃんはどうしただろう!?
自分がこんな所で寝てるということは、何処かにおばあちゃんの部屋があるはずだ!
よし! あの優しいおばさんが来たら、その事を聞こう!
ガチャ
「はーい、お待たせー。あらー。綺麗に食べてくれたね。美味しかったー?」
並以下です。
「過去いち美味しかったです!」
「何それ〜」
うふふ、と笑うおばさんも、結構可愛い。
メガネがキラキラしてて、オシャレさんなんだなぁ。
「メガネ綺麗ですね」
「あら、ありがとう」
「お姉さんもお綺麗ですが」
「もー。ふざけないのよ」
うふふ、うふふ空間が出来上がる。
「さぁ、体拭くタオル持ってきたから、拭くわね〜」
「いや、自分で出来ますよ。お手間を取らせるわけには」
「いいのよ〜」
どうやら、どうにも腹枷は取ってもらえないみたいだ。
「わぷ」
ごしり、と顔を拭かれた。
暖かい濡れタオルだが、くそっ! おばさん、ちょっと荒いよ!
でも、文句を言うのも悪いので、黙って拭かれるままでいた。
「胸とお尻は自分で拭くでしょ? 背中と足は拭いてあげるからねー」
「ありがとうございます」
さっさと拭かれて、自分に手渡された時には、もうすっかり冷めていた。
「あ、そうだお姉さん」
ゴシゴシゆっくり拭きながら、さも今思い出したかのように聞く。
「ん? なぁに?」
「私と一緒にこの部屋にいたおばあちゃん、どうしてますか? 外に出してって言ってた……」
「え? そんな人いないわよぉ。この部屋は、悠城さんだけの部屋よ?」
「え?」
ぞわ、と拭いてもらったばかりの脇から背中から汗が出る。
気持ち悪くて、再度拭く。
「あ、あの、あの、あのおばあちゃん。た、確か……あ! メガネのおかっぱの看護師さんに連れて出てったんです! あの、私に注射した、あの人と!」
滅裂な文体で発言する。
おばさんの顔が、狂人を見る目になる。
嘘だろ、違うよな。
おばあちゃんの存在自体が、嘘だったのか??
「はい、もうお終い。もう、寝て落ち着きなさい。運動しちゃダメよ」
「あ……」
タオルを奪われ、プラスチックの食器の乗ったおぼんとテーブルごと回収されてしまった。
「嘘だろ……」
「落ち着け、ゆうじょう、ゆうき、午年、クリスマス、ゼリー」
一つ増えた。
それがなんだ。
自分が、狂ってることの証明は簡単に出来ても、正常である証拠は何一つとして無い。
落ち着け。
「落ち着け、ゆうじょう、ゆうき、ぜりー、うしどし、いや、うまどしだ! バカ! 間違えるな! くそ!」
本当に? 午年だったか? 丑年の間違いではなく?
たかが1文字違い、されど1文字違いだ。
田中。田口
たなか。たぐち。
何故、間違えた?
女、男。
これは、シンプルだ。
もう確定してる。
自分は、女。
悠城優希。
ゆうじょう、ゆうき、勝利……?
「あ、あ、あ……あーーー!!!!」
何故、何故間違えた!?
ゆうじょう、どりょく、勝利だ!
何を! 間違えてるんだ!
自分の、大好きなものが全て否定されたような心地になる。
あんなに、大好きな言葉だったのに!
何故!
笑いが出る。
あー! そうだよ! 友情、努力、勝利なんだよ!!
優希も勇気も、どこにも、ないんだよ!!
理解する
脳がループする
「ゆうじょう、どりょく、ぜりー、うまどし、くりすます」
「ゆうじょう、どりょく、ぜりー、うしどし、くりすます」
「ゆうじょう、どりょく、ぜりー、うしどしくるってます」
あっ、狂ってるんだ
絶叫が、聞こえた
遠くで、暴れる自分を押さえつけてるおばさんと、看護師がいる
自分が、自分を見ている
狂った私は、メガネをかけてたっけ?
おばあちゃんは、メガネをかけてたっけ?
祖母は、生きてるんだっけ?
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