エゾタヌキ獣人はもふもふしっぽ

瓊紗

第1話 エゾタヌキ獣人はもふもふしっぽ


――――この世界には人間と獣人がいる。さらに男女の他に二次性の存在する世界だ。


その二次性とはアルファ、ベータ、オメガ。比率にすると2:7:1。

アルファは稀少な二次性で見目麗しく優秀なものが多い。ベータは一番多く良くも悪くも平凡と言われる。

最後にオメガはアルファ以上の稀少種だ。そして3ヶ月に一度1週間ほど続く発情期ヒートがあることと、男性のオメガでも男性のアルファと番うことで子を成す。アルファは稀少種であれど男性オメガと番うことで時代に優秀なアルファを産む確率が上がるが、同時にオメガを産む確率が上がる。

アルファを産めばよし、オメガを産めば……人間のオメガの場合は政略の道具にはなるが責められオメガの子と共に離れに追いやられることも少なくない。


さらにはアルファに選ばれなかったベータやオメガからのやっかみや妬みを一気に引き受けることになる。


獣人の場合は番への愛が深くオメガを産んでも守られることも少なくはないのだが。


「……俺は人間だからな」

男のオメガであった母は俺を産んだことで離れに追いやられた。本邸ではアルファを産んだ男のオメガだけが優遇され、俺は異母兄弟から男のオメガだとバカにされ続けた。

それでも戸籍上の父親はアルファだったから、その妻はアルファの女性。オメガの男たちは所詮愛人であり発情期の時だけアルファを産むためだけにアルファの相手をする。

――――それでも男のオメガを産んだらその瞬間離れ送りだがな。ベータなら……将来本邸の使用人になるため養子に出されるけど。


でも俺はオメガだった。だからこそ顔もろくに知らない父親の命令で政略結婚だ。それも人間から獣人の元に。


異母兄弟たちや父親の愛人オメガたちは獣人に嫁ぐ俺をバカにしてきた。でもいいんだ。たとえ獣人の夫に人間だからと大切にされなくても、発情期だけの関係であっても。


ふう

我が子の名を呼べば、くるっと振り向いてとたとたと駆けてくる。

父親に似てエゾタヌキの耳ともふもふなしっぽを受け継いだかわいい我が子。

二次性はオメガであったが、しかし夫は俺に興味がないだけで愛人のオメガを囲うこともなくアルファの本妻を迎えることもなかった。


だから今も夫と息子と暮らしている。夫が俺に興味がなくても、でも息子がいれば充分だ。


もふっと抱き締めてやれば、楓がきうっと抱き締め返してくる。あぁ、温かくてやわかくて、幸せだ。さらにお尻からもふっと生えるもふもふしっぽをきゅるんとままの足元に寄せてくれてかわいいのなんの。


「楓くん、今日も一日みんなと仲良く過ごしていましたよ。閑季しずきさん」

「はい、ありがとうございます。秋也ときや先生」

担任の秋也先生は俺と同じオメガ男子で狼獣人で、獣人の子についての相談もしているうちに何かと仲良くさせてもらっている。ここでは先生と保護者だけどね。

そしてこの幼稚園は獣人の子が多く、獣人の子どもたちを預かるのを専門としている。周りの保護者も獣人がほとんどだ。

まぁもちろん将来のために人間の子どもたちとの幼稚園交流もあるが……獣人特有の冬眠行動だとか、冬眠前の木の実集めの練習など、獣人ならではの習慣を身に付けるためのカリキュラムがある。さらに獣人本来の習性に対する理解も深い。子どもの将来のためには獣人向けの幼稚園の方が過ごしやすいのだ。


それに幼稚園の先生たちも俺は人間だけど普通に接してくれるし、楓もこの幼稚園で過ごせて楽しそうだ。


「それじゃぁ楓くん、また明日ね」

「楓、秋也先生に挨拶ね」


「うん、まま!ときやせんせぇ、さよーなら!」

「さようなら~」

楓が小さな手をかわいらしく振って、秋也先生も返してくれる。


「ありがとうございました」

秋也先生にお礼を言って、さて……俺たちも帰るか。


――――こうして楓と帰宅したらいつもやっている習慣だ。手洗いうがいはもちろんしたけど……他にも。


「楓、ままが苦しそうにしていたら、まずはどこを探すんだっけ」

これは万が一子どもと2人っきりの際にオメガの発情期が来た場合の対策だ。

二次性は幼児の頃に分かれど本能が発現するのは15~16才。だから幼児の楓名には発情期はまだ来ないし、アルファのフェロモンに逆に影響されることもない。

アルファも本能が発現するまではオメガのフェロモンには影響されない。

俺はもう成人し経産夫である。だから発情期は当たり前に来るわけだが、アルファと番になったオメガは番のアルファ以外をフェロモンで誘惑しなくなる。

首に嵌めたチョーカーも首の後ろの項をアルファに噛まれ番になった証。

だから俺はアルファに襲われることはないのだが……しかし発情期は当たり前に来るのだ。

発情期の時くらいは夫も相手をしてくれるだろうが……さすがに仕事中とはいかないし、それに人間の俺とだなんてたとえ番でも嫌だろう。俺たちはただの政略結婚だもの。

だからその間は発情期の抑制剤でしのがなければならない。自分で抑制剤を飲めればいいが、万が一手元になかったとしたら。


俺がカーペットに横たわれば、楓が俺の首もとをたぐり服の中からチェーンに吊り下げられたケースを取り出してくれる。因みにこの抑制剤は水なしで飲めるので抑制剤さえあれば何とかなる。


「まま!おくすり!」

「うん、良くできたね。正解!でももしこれがなかったり、中身がカラだったりしたら?」


「……!うん、待ってて」

楓がとたとたと駆けていき、引き出しをごそごそとして、首に吊り下げられたケースと同じケースを持ってくる。


「うん、正解。よくできたね」

「うん!」

ケースを受け取り身体を起こせば、楓がぎゅむと抱き付いてくれるのでなでなでと優しくなでてあげる。この子もオメガだから……将来は否応なく抑制剤が必要になるから。きっとこの子の将来に役立つはずだ。


いつもの日課を終えれば、干しておいた洗濯物を取り込みたたむ。


「ふわわっ」

その時楓がたたんだタオルにぽふっとダイブする。ふわわなのは楓もなんだけどな。


「ふふっ。いたずらっ子だなぁ。ほーら、お返し!」

もふっと楓のしっぽに触れれば、幸せなふわふわ。

「まま、楓のおしっぽ好き?」

「うん、好きだよ」


「お耳は?」

「もちろん好き」

そう言って頭をなでながらふにふにとお耳も揉んであげる。


「くしゅぐっちゃっ」

「あ、ごめんごめん」

「楓もお返しするの!」

「ん?ままに?」

カーペットに再び寝っ転がって見れば、楓が俺の人間の耳に手を伸ばしちょんちょんと触れてくる。

「楓みたいにふにふにじゃなくて硬いでしょ?」

「ううん、ぷにぷに!」

獣人からしたらそう感じるのだろうか?今まで獣人の耳はふにふに柔らかだと知っていたが、思えば人間の耳の感覚を知ったのは初めてだ。


暫くすれば楓が寝転がってきうっと抱き付いてくる。

「楓?どうしたの?甘えっ子だね」

この子はたまにとっても甘えっ子になる。いやいつも甘えっ子だがたまに特にままから離れたがらない。少しだけ……少しだけ俺も休もうか。


どのくらい寝ていただろう?窓から西陽が射している。いけない……夕飯の準備を……っ。


その時、起き上がろうとした瞬間ガクンとバランスを崩して倒れ込む。まずい……この身体の中から絶え間なく溢れ出す熱は……この感覚は……。


「まま!?まま、おくすり!」

その時楓も目を覚まし、練習したように首にかけたケースを渡してくれる。


早く……早く飲まなきゃ。


素早くケースから抑制剤を取り出し口に含む。すぐに……すぐによくなるはずだから……。


しかしいつもの熱っぽくも鼓動が落ち着く感覚は一向に訪れない。何で……どうしてだ。


「まま、まま……!」

楓が必死で呼ぶ声が聞こえる。どうしよう……もう気が遠くなる。こんなところで楓をひとり残すだなんて……できない。

たとえ楓がオメガでも……獣人の子ならば。夫は楓を大切に育ててくれるだろうか。俺はいい……たとえ夫が俺に興味がなくてもいいんだ。

だけどどうか……楓だけは。



――――遠くで誰かが呼んでいる。俺の名前を。でも楓の声じゃない……男性の……。


「……き……閑季しずき……!」



しかしそこで俺の意識は……途切れた。

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