第6章:パワードスーツ形態への覚醒(2)
俺たちは東へと進路を取った。
バイクに乗った俺とエルナ、ロゼッタ。そして馬で並走するソフィアとリアナ。
風景は次第に変り、緑豊かな草原から、岩がちな荒野へと移り変わっていく。
空気も乾燥し、遠くには火山の頂が見え始めていた。
「あれが竜の火山よ」
リアナが馬上から指さした。
遠く霞んで見える火山は、赤黒い色をしており、頂上からはわずかに煙が上がっていた。
名前の通り、その形状はまるで竜が天を仰ぐように見える。
「伝説では、バルドラスがその体を山に変えて眠りについたとされています」
エルナが静かに説明した。
「だからこの形なのですね」
「古代の竜神か……」
俺は遠くの山を見つめながら考えた。
果たして本当にそんな存在がいるのか。
そして、それと俺のバイクに宿る竜の核はどう関係しているのか。
旅を続けるうちに日が傾き始め、やがて赤い夕陽が地平線に沈んでいった。
俺たちは小さな林の中に野営地を設営した。
「明日は満月の夜」
ソフィアが焚き火を囲みながら言った。
彼女の白銀の髪が炎に照らされて輝いている。
「教団の儀式を阻止するには、昼のうちに本拠地に潜入する必要がある」
「計画通りよね」
リアナが矢じりを研ぎながら言った。
「ソフィアと私が先に潜入して、内部から混乱を起こす。その隙に烈火たちが正面突破」
「成功の鍵は、タイミングだな」
俺は焚き火を見つめながら言った。
「でも、どうやって合図を?」
「私が用意したわ!」
リアナは嬉しそうに袋から小さな筒を取り出した。
「合図用の魔導花火よ! これを空高く打ち上げれば、どこからでも見えるはず」
「さすが、準備がいいな」
俺の言葉に、彼女は得意げに笑った。
「情報屋としてのプライドよ!」
「それなら安心だな」
ソフィアも満足げに頷いた。
夜が更けていく中、それぞれが明日の準備を進めていった。
ロゼッタはバイクの最終調整を、エルナは治療薬や結界の準備を、リアナとソフィアは変装と侵入経路の確認を行っている。
俺は少し離れた場所で、夜空を見上げていた。
星々が輝く中、明日は満月。
バルドラスの復活と、世界の危機。
そして、パワードスーツ形態という新たな力。
全てが繋がっているような気がしてならない。
「烈火さん」
静かな声がして、振り返るとエルナが立っていた。
月明かりに照らされた彼女の姿は、まるで妖精のように美しい。
「一人でいるなんて、珍しいですね」
「ちょっと考え事をしてた」
俺は正直に答えた。
「明日のこと?」
「ああ……」
エルナは俺の隣に静かに座った。
彼女から漂う優しい香りと温かさが、緊張した心を少し和らげてくれる。
「大丈夫ですよ」
彼女が優しく微笑んだ。
「今日見た烈火さんの姿は、とても強かったです。それに、私たちもいます」
「ありがとう」
俺は素直に感謝を伝えた。
「実は、自分でも不安なんだ。この力をちゃんと扱えるのかとか、みんなを守れるのかとか……」
「それは当然のことです」
彼女は穏やかに言った。
「責任を感じるからこそ、力を正しく使えるんですよ」
彼女の言葉に、少し安心した。
エルナは不思議なほど人の心を癒す力を持っている。
「烈火~! エルナ~! どこ~?」
リアナの声が聞こえ、彼女が焚き火の方から駆けてくるのが見えた。
「もう、探したのよ! 大事な作戦会議の途中なのに!」
彼女は少し拗ねたような表情をしていたが、すぐに明るい笑顔に戻った。
「あら、二人きりだったの? 邪魔しちゃった?」
「そ、そんなことは……」
エルナが赤面して言い淀んだ。
「ちょうど戻るところだった」
俺は立ち上がり、リアナに向かって言った。
「みんな心配してたの?」
「もちろん! 特にロゼッタが『まだバイクの説明が終わってない』って大騒ぎよ!」
リアナはクスクス笑いながら言った。
「あの子、烈火のこと本当に気にかけてるわね~」
「そりゃ、バイクのことだからな」
「そう思ってるの?」
リアナが意地悪そうに笑った。
「純粋に『バイク』だけが理由だと思う?」
「え? そりゃ……」
俺が言葉に詰まっていると、エルナが静かに立ち上がった。
「戻りましょうか。みなさん心配しています」
彼女の提案に、三人で野営地に戻ることにした。
焚き火の周りでは、ソフィアがマップを広げ、ロゼッタが魔導装置の説明をしていた。
二人が戻ってくるのを見て、ロゼッタが飛び上がった。
「烈火さん! どこ行ってたの! まだ明日のカスタム設定の説明が……」
「ほら、やっぱり」
リアナが小声で言って、クスクスと笑った。
ロゼッタの頬が少し赤くなる。
「何よ! これは純粋に技術的な問題なんだから!」
「わかったわかった」
俺は笑いながら焚き火の側に座った。
「それで、明日のカスタムってなんだ?」
ロゼッタの目が輝いた。
「新しい発見があったのです! パワードスーツ形態の解析をしていて気づいたんだけど、三つの属性の比率を調整することで、さまざまな効果が得られるみたい!」
彼女は興奮した様子で説明を続けた。
「例えば、炎を強めれば攻撃力アップ、氷を強めれば防御力アップ、雷を強めれば速度アップ! それぞれの比率で特性が変わるみたい!」
「へえ、それは便利だな」
「でしょ!」
彼女は得意げに言った。
「特に明日は、初めは防御重視で行くといいかな。それから状況に応じて調整していくんだよ」
「どうやって調整するんだ?」
「イメージで!」
彼女は真剣な表情で言った。
「烈火さんとバイクは深く繋がってるから、『今は防御が欲しい』ってイメージするだけで、氷の力が強まるはずっ!」
「それって……俺の意志だけでいいのか?」
「竜の核との共鳴が鍵です」
今度はエルナが静かに言った。
「昔の書物によれば、竜の力を使いこなすには、その意志と調和する必要があるとされています。烈火さんとバイクの絆が深いからこそ、可能なのでしょう」
「なるほど……」
俺はバイクの方を見た。
タンクの紋様は静かに眠っているようだったが、何かを感じているようにも思える。
「ともかく、明日は慎重に力を使うことだな」
ソフィアが冷静に言った。
「無駄に力を使えば、消耗するだけだ」
全員が頷き、その後は細かな作戦の打ち合わせが続いた。
どの経路を通るか、どのタイミングで合流するか、緊急時の対応はどうするか……全てが確認された。
夜も更けて、それぞれが寝る準備を始めた頃、俺はもう一度バイクの側に行った。
「明日、頼むぞ、相棒」
俺はそっとタンクに手を置いた。
すると、微かな温もりと共に、紋様が一瞬だけ光った。
それは「わかっている」という返事のようにも思えた。
◇
夜明けと共に、野営地は動き始めた。
朝食を取り、装備を整え、最終確認をする。空気は緊張感で満ちていた。
「では、先に出発する」
ソフィアが馬の手綱を握りながら言った。
彼女は既に教団員に扮するための黒いローブを持っていた。
「潜入には時間がかかる。正午頃に合図を出す」
「気をつけてね」
リアナも同じく変装用のローブを抱え、馬に乗り込んだ。
彼女はいつもの明るさを保ちながらも、目には決意の色が浮かんでいた。
「約束の花火が上がったら、全力で突っ込んできてね!」
「ああ、任せろ」
俺は二人に向かって頷いた。
「烈火さん、これを」
エルナが小さな袋を差し出した。中には青い粉末が入っている。
「魔力増強の薬です。危機的状況になったら使ってください。ただし、副作用もありますので、絶対的な緊急時だけに」
「ありがとう、大切に使うよ」
俺はポケットに袋をしまった。
「あと、これも!」
ロゼッタが何やら金属製の小さなユニットを手渡した。
「これは魔力増幅器! バイクのタンクに取り付ければ、一時的にパワーアップするはず!」
「これも助かるな」
すべての準備を終え、ソフィアとリアナが南へと出発していった。
二人の姿が地平線の彼方に消えるまで、俺たちは見送った。
「さて、俺たちも準備するか」
バイクの整備と、サイドカーの調整、そして各自の装備の最終確認。
慎重に、かつ手際よく進めていく。ロゼッタの工具の音と、エルナの唱える魔法の呪文が、静かな朝の空気に響いていた。
俺はバイクの側で、改めて今日の戦いに思いを馳せていた。
世界の命運がかかった戦い。
そして、新たに目覚めた力。
すべてが交錯する場所へと、これから向かおうとしている。
「準備完了っ!」
ロゼッタの声が聞こえ、振り返ると彼女は既にサイドカーに乗り込み、魔導砲の調整を終えていた。
「私も準備できました」
エルナも後部シートに座り、魔法の杖を手に持っていた。
「よし、出発するか」
俺はバイクに跨り、エンジンをかけた。
低く力強い唸り声と共に、タンクの紋様が鮮やかに輝き始める。
赤、青、黄色の光が交錯し、まるで明日への決意を示すかのようだった。
「竜の火山へ!」
アクセルを回し、バイクは轟音と共に疾走を始めた。
背後には土煙を上げながら、俺たちは運命の地へと向かっていった。
地平線の彼方に見える火山は、どこか不吉な赤みを帯びて、俺たちを待ち受けているようだった。
「相棒、行くぞ」
俺の言葉に呼応するように、バイクのエンジン音が一層高まった。
明らかに通常のバイクとは違う、生きた存在としての反応だ。
前方に広がる渓谷へと進路を取りながら、俺は改めて感じた。
この未知の力をもって、竜神の復活を阻止する。
そして、仲間たちと共にこの世界を守る。
それが今の俺の使命なのだと。
昨日、一時的に目覚めたパワードスーツ形態。
あの力があれば、教団との戦いも有利に進められるはずだ。
ただ、制御できるかどうかは未知数。
だが、試してみる価値はある。
「相棒」
俺は小さく呟いた。
「俺たちの力、見せてやろうぜ」
バイクのタンクが三色の光を強く放ち、その思いに応えるように唸った。
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