第4章:バイク強化とヒロイン競合の激化(2)

 しばらく平原を駆け抜けた後、俺たちは小さな丘の上で休憩していた。


「やっぱり烈火のバイクは最高ね!」


 リアナが丘の上から景色を眺めながら言った。

 彼女の水色の髪が風に揺れ、アクアマリンの瞳が太陽の光を受けて輝いている。


「次は私もサイドカーに乗せてよ」

「待った!」


 ロゼッタが両手を腰に当てて抗議した。


「サイドカーはまだ実験段階だから、私が乗る必要があるの!」


「えー、ズルいわ」


 リアナが膨れっ面を作る。


「どうせ烈火のそばにいたいだけでしょ?」

「そ、そんなことないっ!」


 ロゼッタの頬が赤く染まった。


「純粋に科学的関心から……」

「あら、顔が赤いわよ~?」


 リアナが意地悪く笑う。


「や、やめてよ!」


 二人のやり取りを見ながら、俺は複雑な気持ちになった。

 この二人の関係は一見対立しているようで、実は互いを認め合っているように感じる。


「烈火さん」


 静かな声でエルナが近づいてきた。

 彼女は丘の下で植物を観察していたが、いつの間にか戻ってきていた。

 手には小さな花束が握られている。


「これ、あなたに」


 彼女は少し恥ずかしそうに花束を差し出した。

 青と赤の小さな花が混ざり合った美しい束だ。


「炎と氷の花言葉を持つ花なんです。バイクの新しい力を祝うつもりで……」


 彼女の優しい心遣いに、胸が温かくなる。


「ありがとう、エルナ」


 俺が花束を受け取ると、彼女の緑の瞳が嬉しそうに輝いた。


「何してるの?」


 リアナが二人に気づき、丘を駆け降りてきた。


「わぁ、きれいな花! 私にも欲しい!」

「あ、あの……用意できますよ」


 エルナが慌てて答える。


「いいわ、烈火からもらうわ!」


 リアナが俺の持つ花束から一輪取り出し、自分の髪に飾った。

 青い花が水色の髪によく映える。


「どう? 似合う?」


 彼女がウインクしながら尋ねてきた。


「あ、ああ……似合ってる」


 俺がぎこちなく答えると、彼女は満足げに笑った。


「見て見て! 烈火が褒めてくれたわ!」

「わ、私も……」


 ロゼッタが恥ずかしそうに手を伸ばし、花束から一輪取った。

 彼女も栗色の髪に花を挿し、頬を赤らめながら俺を見上げる。


「ど、どうかな……?」

「うん、いいと思うぞ」


 俺の言葉に、彼女の黄緑色の瞳が喜びで輝いた。

 静かな溜息が聞こえ、振り返るとソフィアが腕を組んで立っていた。

 その青灰色の瞳には、呆れと諦めが混じったような色が浮かんでいる。


「子供のようだな、皆」


 彼女の冷ややかな一言に、リアナがニヤリと笑った。


「じゃあ、ソフィアは大人なの?  烈火にプレゼントとかしないわけ?」

「なっ……」


 ソフィアの白い頬が僅かに赤く染まる。

 彼女の白銀の髪が風に揺れ、いつもの凛とした姿が少し崩れた。


「そんな幼稚なことに付き合う暇はない」


 彼女は視線を逸らした。


「本来の目的を忘れるな。私たちは……」

「はいはい、わかってるわよ」


 リアナが彼女の言葉を遮った。


「ドラゴン崇拝教団のことでしょ?  でも、たまには息抜きも必要じゃない?」

「リアナさんの言う通りです」


 エルナが静かに同意した。


「休息も戦いの一部。心と体を整えることも大切です」


 ソフィアは何か言いかけたが、結局は小さく頷いただけだった。


「……そうだな」


 彼女の表情が少し和らぐ。

 俺はふと、バイクのタンクに手を置いた。

 炎と氷の紋様が穏やかに脈打っている。

 この相反する二つの力が一つの中に共存しているように、俺たちも様々な個性を持ちながら一つのチームになっている。


「そろそろ戻るか」


 俺の言葉に全員が頷いた。


「戻ったら、もっと実験するっス!」


 ロゼッタが勢いよく言った。


「特に地形操作能力はもっと検証が必要だから!」

「それから、明日の任務の準備もしなきゃね」


 リアナが思い出したように言った。


「沼地の魔獣討伐、簡単じゃないって噂よ」

「準備は万全にしておきましょう」


 エルナが慎重に言った。


「特に治療薬と解毒剤は多めに用意します」

「お前のバイクが鍵になるだろう」


 ソフィアが冷静に分析した。


「今日の実験結果を見る限り、氷の力で沼地を凍らせれば、魔獣の動きを制限できるはずだ」

「ああ、任せてくれ」


 俺は頷いた。

 この仲間たちと一緒なら、どんな困難も乗り越えられる気がした。


 ◇


 翌朝、俺たちは街の東門から出発した。

 目的地は街から半日ほど離れた「緑霧の沼」。

 そこに棲む大型の魔獣が近隣の村々を襲っているという。


「あの沼は特殊な毒霧が漂ってるから気をつけてね」


 リアナが馬上から注意を促した。

 彼女は水色の髪をいつもよりきつく結び、弓と矢筒をしっかりと背負っている。


「解毒の薬は十分用意しました」


 エルナが俺の背中から言った。

 彼女は後部シートに座り、軽く俺の腰に手を回している。

 白と水色のローブは朝日に照らされて優しく輝いていた。


「それより、魔獣の情報はどうなんだ?」


 俺が尋ねると、ソフィアが馬を並走させながら答えた。


緑蟲りょくちゅうと呼ばれる大型の魔獣だ。体長は5メートルほどで、蛙と蛇の特徴を併せ持つ。毒を吐き、沼の中では素早く動ける」

「弱点は?」

「冷気に弱いとされている」


 彼女の青灰色の瞳が俺のバイクに向けられた。


「お前の新しい氷の力が効果的なはずだ」

「そのために昨晩も改良を加えたので!」


 サイドカーに座るロゼッタが自信満々に言った。

 彼女はゴーグルを目にかけ、工具ベルトを調整している。


「氷霧の魔石のパワーを最大限引き出せるよう、魔導回路を微調整したから!」

「頼もしいな」


 俺は微笑み、アクセルを開けた。

 バイクのエンジン音が平原に響き渡る。

 タンクの赤と青の紋様が朝日に照らされて輝き、まるで命あるものように脈打っている。


 道中、空は徐々に曇り始め、風も冷たくなってきた。

 やがて地面も湿り気を帯び、木々の間から霧が立ち込めてきた。


「もうすぐ沼地だ」


 ソフィアが警戒の声を上げた。

 彼女は剣の柄に手をかけ、周囲を鋭く見渡している。


「みんな、準備はいいか?」


 全員が頷き、俺たちは霧の中へと進んでいった。

 木々が途切れ、その先に広がったのは、まさに「緑霧の沼」と呼ぶにふさわしい光景だった。

 緑がかった霧が沼の上に漂い、所々から気泡が浮かび上がっている。

 岸辺には奇妙な形をした植物が生い茂り、どことなく不穏な雰囲気を漂わせていた。


「ゆっくり進もう」


 俺はバイクの速度を落とし、慎重に沼の周囲を巡り始めた。

 リアナは馬から降り、周囲の痕跡を調べ始めた。


「ここに大きな足跡があるわ」


 彼女が沼の縁を指さした。

 確かに、そこには巨大な生き物が這った後のように、泥が掻き分けられていた。


「新しいわね……ここを通ったのは今朝か昨夜のはず」

「近くにいるということか」


 ソフィアが静かに言った。

 彼女も馬から降り、剣を抜いて構えた。


「烈火、お前のバイクで沼の周りを凍らせられるか?」

「やってみる」


 俺はタンクの右側に手を置き、氷の力を呼び起こした。

 バイクのエンジン音が変化し、排気口から青白い霧が放たれ始めた。

 霧は沼の表面に広がり、触れた部分から徐々に凍りついていく。


「すごい効果っ!」


 ロゼッタが測定器を取り出し、魔力の流れを確認していた。


「竜の核の力が増幅されてる!  効率は予想の120%!」

「皆さん……」


 エルナの声が突然緊張に満ちた。


「沼の中……何かが動いています」


 全員が沼に視線を向けると、確かに氷の下で大きな影が蠢いていた。

 緑がかった長い体が、凍り始めた氷を割ろうとしているようだ。


「来るぞ!」


 ソフィアの警告と同時に、沼の氷が大きく砕け、巨大な魔獣が姿を現した。


「緑蟲だ!」


 それは確かに蛙と蛇を混ぜたような奇妙な姿をしていた。

 緑色の鱗に覆われた長い体に、蛙のような四肢と大きな口。

 黄色い目が俺たちを捉え、舌なのか触手のような器官が口から伸びている。


「みんな、散れ!」


 俺の叫びと同時に、魔獣が緑色の毒霧を吹き出した。

 その霧が風に乗って俺たちに向かってくる。


「結界!」


 エルナが両手を広げ、緑色の光の壁を展開した。

 毒霧が結界に触れると、無害化されていくのが見えた。


「烈火さん、私が結界を維持します!  皆さんは攻撃を!」

「了解!」


 俺はバイクを回転させ、魔獣の側面に回り込んだ。


「ロゼッタ、魔導砲を!」

「了解っ!」


 彼女はサイドカーの魔導砲を構え、魔獣に向けて照準を合わせた。


「氷霧砲、発射!」


 魔導砲から青白い光線が放たれ、魔獣の体に直撃した。

 触れた部分が一瞬で凍りつき、魔獣が痛みに悶える。

 同時に、リアナの矢が連続して放たれ、魔獣の目を狙っていた。


「この矢は特殊よ!  冷気属性を帯びてるから!」


 彼女の矢が魔獣の右目に命中し、魔獣が激しく暴れ始めた。


「ソフィア、今だ!」

 

 俺の声に応え、ソフィアが白銀の髪を揺らしながら、魔獣に向かって疾走した。

 彼女の剣が氷のように輝き、魔獣の凍った部分を狙って斬りかかる。


「はああっ!」


 彼女の気合とともに、剣が魔獣の鱗を砕いた。

 魔獣は苦痛の声を上げるが、すぐに反撃してきた。

 長い尾がソフィアを薙ぎ払おうとする。


「危ない!」


 俺はバイクを急発進させ、ソフィアの前に滑り込んだ。

 タンクの左側に手を置き、炎の力を放出する。

 赤い炎が魔獣の尾を直撃し、一瞬の隙を作った。


「ソフィア、乗れ!」


 彼女は躊躇なくバイクの横に飛び乗り、俺の背中につかまった。

 エルナが少し後ろにずれ、三人乗りになる。


「リアナ、援護を!」

「任せて!」


 リアナは木に登り、高所から連続して矢を放った。

 魔獣の動きが徐々に鈍くなっていく。


「ロゼッタ、もう一度!」

「了解っ!  今度は最大出力!」


 彼女はサイドカーの魔導砲に魔力を込め、さらに強力な氷霧を放った。

 魔獣の周囲の沼が凍りつき、動きを完全に制限する。


「今だ!」


 俺はタンクの中央に両手を置き、炎と氷の力を同時に引き出した。

 バイクから紫がかった霧状の炎が放たれ、魔獣を包み込む。

 その炎は魔獣の体を溶かしながらも凍らせ、ガラス質の物質に変えていった。


「烈火、もう一度!」


 ソフィアが俺の背中から命じた。


「最後の一撃だ!」

「ああ!」


 俺は最大の力を込め、もう一度炎と氷の攻撃を放った。

 同時に、ロゼッタの魔導砲、リアナの矢、エルナの浄化光線が魔獣に集中する。


 魔獣は最後の悲鳴を上げ、完全に動きを止めた。

 その体は半分が氷に覆われ、半分がガラス質に変わり、もはや元の姿を留めていなかった。


「やった……」


 緊張から解放され、全員がほっと息をついた。


「見事な連携だったな」


 ソフィアが珍しく褒めた。

 彼女の青灰色の瞳に満足の色が浮かんでいる。


「烈火のバイクの力が決め手になった」

「凄かったわね!」


 リアナが木から飛び降り、喜びの声を上げた。


「あの紫の炎と氷、最強!」

「魔力の流れが本当に美しかった!」


 ロゼッタが感動したように言った。


「竜の核と魔石の共鳴が完璧だった……」

「皆さん、怪我はありませんか?」


 エルナが心配そうに一同を見回した。


「私が治療しますので」

「大丈夫だ」


 ソフィアが静かに答えた。


「むしろ、こんなにスムーズに倒せるとは思わなかった」

「バイクの新しい力のおかげだな」


 俺はタンクに手を置いた。

 炎と氷の紋様が穏やかに脈打ち、まるで「よくやった」と言っているようだった。


「本当にいい相棒だよ、お前は」


 小さく呟くと、エンジンが軽く唸り、応えてくれたように感じた。


 ◇


 夕暮れ時、俺たちはスチームギアの街に戻ってきた。

 街の門で、冒険者ギルドの代表が俺たちを出迎えた。


「見事な仕事ぶりだ!  報酬はしっかり用意してある」


 中年の男性が満面の笑みで言った。


「緑蟲を倒したというニュースはもう広まっている。皆さんは街の英雄だよ!」

「そんな大げさな……」


 俺が照れながら言うと、リアナが肘で俺の脇腹をつついた。


「遠慮しないの!  英雄よ、英雄!」


 彼女は嬉しそうに笑った。


「さあ、今夜は祝杯を挙げましょう!」


 エルナが優しく提案した。


「皆さんの疲れも癒されるはずです」

「その前に報告書の提出を忘れるな」


 ソフィアが実務的に言った。

 彼女はいつも冷静だ。


「それから、バイクのメンテナンスも必要!」


 ロゼッタが工具ベルトを確認しながら言った。


「今日の戦いで分かった改良点がいくつかあるから」

「今日は休みなさいよ」


 リアナが彼女の肩に腕を回した。


「明日からまた実験すればいいじゃない。今夜は楽しもう!」


 全員が笑い、街の中心部にある「竜の爪亭」という酒場へと向かった。

 店内は、緑蟲退治の噂を聞きつけた客で賑わっていた。

 俺たちは自由に飲み食いし、やがて客も少なくなってきた頃、静かに話をはじめる。


「明日からどうする?」


 俺の問いに、ソフィアが答えた。


「次の依頼はしばらくない。少し休息を取ってもいいだろう」

「その間にバイクの研究を進めよう!」


 ロゼッタが目を輝かせた。


「氷の魔石の次は、雷の魔石も試してみたいんだ!」

「雷?」


 俺は驚いた。


「大丈夫なのか?」

「理論上は大丈夫!」


 彼女は自信満々に言った。


「竜の核は様々な属性を受け入れられる可能性があるし、魔力のバランスさえ取れれば……」

「それは面白そう!」


 リアナが割り込んできた。

 彼女の水色の髪が揺れ、アクアマリンの瞳が好奇心に満ちていた。


「雷のバイク……想像するだけでワクワクするわ!」

「まずは検証実験からね」


 ロゼッタが真面目な表情で言った。


「安全性が確保できなければ、実装はしないから」

「賢明だな」


 ソフィアが静かに同意した。


「烈火さん、どう思います?」


 エルナが俺に視線を向けた。

 彼女の緑の瞳に優しさが宿っている。


「相棒をさらに進化させるのは悪くないな」


 俺は笑いながら答えた。


「この世界で自由に走るには、力も必要だろうしな」

「そうだよね!」


 リアナが元気よく言った。


「それにドラゴン崇拝教団の動きもあるし、準備はしておいた方がいいわ」


 彼女の言葉に、一同が少し表情を引き締めた。

 ヴァレンティア領での出来事は解決したが、教団自体はまだ存在している。

 彼らがまた動き出す可能性は十分にあった。


「烈火のバイクは目立つ存在だしな」


 ソフィアが冷静に言った。


「教団が竜の核を狙っていることも確かだ。油断はできない」

「でも、今の私たちなら大丈夫」


 リアナが力強く言った。


「あの連携を見た?  最強よ!」

「それもこれも、みんながいるからだ」


 俺は心からそう思った。

 異世界に来たばかりの頃は、ただ一人で自由に走りたいという思いだけだった。

 だが今は、大切な仲間たちがいる。

 彼女たちと共に走る喜びを知った。


「明日から、新たな準備を始めよう」


 俺の言葉に全員が頷いた。

 店を出て、夜空を見上げると、星々が美しく瞬いている。

 地球とは違う星座が、この異世界の夜を彩っている。


 俺たちの旅は、これからも続く。

 どこまでも自由に、そして仲間たちと共に。

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