第4章:バイク強化とヒロイン競合の激化(1)
寒気が肌を刺す明け方だった。
スチームギアの街に戻ってから一週間が経ち、俺たちはヴァレンティア領での騒動から少し落ち着きを取り戻していた。
ロゼッタの工房に集まった俺たちは、次なる行動について話し合っていた。
「それじゃあ、新しい魔石の実装を始めるね!」
ロゼッタの声が、工房内に鮮やかに響く。
彼女は栗色の短髪を揺らし、黄緑がかった瞳を輝かせながら、ワクワクした様子で俺のバイク「ドラグブレイザー」に向かって歩み寄った。
いつものように工具ベルトを腰に巻き、首からはゴーグルをぶら下げている。
彼女の両手には青白く光る美しい結晶――「氷霧の魔石」が握られていた。
「本当に大丈夫なのか?」
俺は少し不安げに尋ねた。
これまで炎属性の力を見せてきたバイクに、相反する氷の力を追加するというのだ。
リスクが高そうだが、ロゼッタは全く気にしていない様子だった。
「もちろんっ! 理論上は問題ないはず!」
「また『はず』か……」
俺がため息をつくと、横から柔らかな笑い声が聞こえた。
「ロゼッタさんの『はず』は案外当たるんですよ」
振り返ると、エルナが優しく微笑んでいた。
彼女は白と水色のローブを身にまとい、長い茶色の髪を後ろで一つにまとめている。
緑色の瞳には癒しの光が宿り、周囲に安らぎを与えていた。
彼女の手には、大きな魔法書と調合用の小瓶が握られている。
「そうそう! 私の実験成功率は70%くらいあるわ!」
ロゼッタが得意げに胸を張った。
「残りの30%は?」
「…………爆発かな」
彼女の小声の返答に、俺は思わず顔をしかめた。
「なら、やめておこうか」
「大丈夫だ、烈火」
工房の隅から冷静な声が聞こえた。
ソフィアが剣の手入れを中断し、こちらを見ていた。
白銀の長髪を後ろで束ね、軽装の鎧を身につけた彼女は、青灰色の鋭い眼差しで状況を見定めていた。
「ロゼッタの実験は確かに派手だが、今回は事前に十分な検証を行ったはずだ」
「そのとおり!」
ロゼッタが嬉しそうに頷いた。
「ソフィアさんが実験に付き合ってくれたので! 何度も何度も検証しました!」
俺は驚いた。
クールなソフィアがロゼッタの実験に協力するとは思わなかった。
「なぜだ?」
俺の問いかけに、ソフィアはわずかに視線を逸らした。
「……単純な戦術的判断だ。炎だけでは対応できない敵もいる。氷の力があれば、戦闘の幅が広がる」
冷静な分析だが、どこか照れくさそうな様子も見せる彼女に、俺は不思議な親しみを感じた。
「隠さなくていいのに~」
工房の天井から突然、明るい声が降ってきた。
見上げると、天井の梁の上にリアナが座っていた。
水色の髪をポニーテールにまとめ、アクアマリンのような薄い青緑色の瞳をキラキラと輝かせながら、彼女は猫のように身軽に飛び降りてきた。
背には大きな弓と矢筒を背負い、森の色合いを基調とした軽装で身を固めている。
右腕の小さな部族紋様のタトゥーが朝日に照らされて浮かび上がっていた。
「ソフィアが『烈火のバイクを強化したい』って言ってたの、聞いちゃったのよね~」
彼女は意地悪そうに笑った。
「リアナ……」
ソフィアの声には警告の色が濃かった。
白銀の髪が僅かに揺れ、青灰色の瞳が鋭く光る。
「冗談よ、冗談!」
リアナは両手を振って言った。
「でもね、みんな同じこと考えてるわよ」
彼女はクスクス笑いながら、工房内を軽やかに動き回った。
「烈火のバイクをもっと素敵にしたいって。私も乗りたいし!」
「あの、始めていいでしょうか?」
エルナが丁寧に割り込んだ。
彼女の穏やかな声に、一同の視線が集まる。
「魔石の効力は時間とともに弱まりますので、今のうちに……」
「そうだった! じゃあ始めます!」
ロゼッタは急いでバイクに向かい、サイドカーの部分に特殊な装置を取り付け始めた。
その手際の良さには目を見張るものがある。
複雑な道具を次々と使いこなし、魔導回路を組み立てていく。
「烈火さん、エンジンをかけてもらっていい?」
「ああ」
俺はバイクのキーを回した。
エンジンが唸り、タンク部分の赤い紋様が鮮やかに脈打ち始める。
竜の咆哮のような低い音が工房内に響き渡った。
「反応良好っ!」
ロゼッタが測定器を確認しながら叫んだ。
「今から魔石を実装するね。みんな、少し下がって!」
全員が指示に従い、バイクから距離を取った。
ロゼッタは深呼吸し、両手に握った青白い魔石をバイクのエンジン部分に近づけた。
「相生相克の法則により、炎と氷は拮抗しつつも共存する……」
彼女が呪文のような言葉を唱えながら、魔石をゆっくりとサイドカーの特殊装置に嵌め込んでいく。
「竜の魂よ、新たなる力を受け入れよ……」
魔石が装置に収まった瞬間、青白い光がバイク全体を包み込んだ。
タンクの赤い紋様に青い線が交わり始め、まるで血管のように車体全体に広がっていく。
「成功か?」
俺が尋ねた矢先、バイクが激しく震え始めた。
「ロゼッタ!」
ソフィアが警戒の声を上げた。
「大丈夫、これは魔力の調整反応だから!」
彼女は動じることなく、測定器を確認し続ける。
「あと少し……」
バイクの震えは次第に弱まり、やがて穏やかな脈動に変わった。
タンクの紋様は赤と青が美しく交わり、まるで紅蓮と氷霧が踊るような模様を描いていた。
「成功っ!」
ロゼッタは両手を上げて喜んだ。
「氷霧の魔石の実装に成功したわ! これで烈火さんのバイクは炎と氷、二つの属性を操れるようになったのです!」
「本当に……凄いな」
俺は驚きを隠せなかった。
異世界に来てから、バイクの進化には何度も驚かされてきたが、相反する属性を持つというのは想像以上だった。
「試してみましょう!」
エルナが優しく提案した。
「少し郊外に出て、新しい力を確かめてみては?」
「賛成!」
リアナが勢いよく手を挙げた。
「すぐに行きましょ! 私も見たい!」
「外で実地検証するのは良い判断だな」
ソフィアも冷静に同意した。
「では、街の北門から出て、平原で試してみよう」
◇
朝の清々しい空気が肌を撫でる。
スチームギアの街を抜け、広大な平原に出た俺たちは、バイクの新たな力を試す準備をしていた。
「じゃあ、まずは基本性能から見てみよう」
ロゼッタがサイドカーに座り、測定器を取り出した。
彼女の眼差しは真剣そのもので、研究者としての側面が強く出ている。
「烈火さん、普通に走ってみて!」
「よし」
俺はエンジンを吹かし、バイクを発進させた。
サイドカーにロゼッタ、後部シートにはエルナが乗っている。
ソフィアとリアナは馬で並走していた。
平原を駆け抜けると、バイクの走行感覚が明らかに違うことに気づいた。
これまでのような熱い振動だけでなく、爽やかな冷気も同時に感じられる。
まるで夏の日差しと冬の風が同時に体を包み込むような不思議な感覚だ。
「どう? 違いあるでしょ?」
ロゼッタがサイドカーから顔を覗かせて尋ねた。
「ああ、不思議な感じだ。でも悪くない」
「素晴らしい!」
彼女は測定器を確認して喜んだ。
「魔力の流れがほとんど乱れていないわ。炎と氷がバランス良く共存してる!」
「烈火さん、とても安定していますね」
後ろからエルナの優しい声が聞こえる。
彼女の手が俺の腰に軽く触れ、安心感を与えてくれる。
「走りやすいですか?」
「ああ、むしろ前より操作感が良くなった気がする」
俺の言葉にロゼッタが得意げに笑った。
「 氷の力が摩擦を軽減してるんだよ。それに、エンジンの発熱も抑えられるから、長時間の走行も楽になるはず!」
彼女の解説の途中、リアナが馬で近づいてきた。
「ねえねえ、次は攻撃力を試しましょうよ! あっちに大きな岩があるわ!」
彼女が指さした先には、確かに人の背丈ほどもある大きな岩があった。
「いいだろう」
俺はバイクを岩の方向へと向け、速度を上げた。
「烈火さん」
エルナが小声で言った。
「タンクの左側を押すと炎、右側を押すと氷が出るはずです。ロゼッタさんが説明してくれました」
「ありがとう」
俺は頷いて、岩から適度な距離を取って停止した。
「まずは炎から試してみるか」
俺はタンクの左側に手を当てると、熱い振動が指先に伝わってきた。
バイクのエンジン音が高まり、前方の排気口から鮮やかな赤い炎が噴き出した。
炎は岩に直撃し、表面を焦がす。
「次は氷だ」
今度はタンクの右側に手を当てる。
今度は冷たい振動が伝わり、排気口から青白い霧が放たれた。
霧は岩に触れると瞬時に凍りつき、美しい氷の層を形成した。
「すごい!」
リアナが馬から飛び降り、岩に駆け寄った。
「見て! こんなに綺麗な氷の結晶!」
確かに岩の表面には、雪の結晶のような繊細な模様が広がっていた。
「予想以上の成功ね!」
ロゼッタがサイドカーから測定器を手に飛び出し、岩の状態を確認する。
「氷の質がこんなに良いなんて……竜の核の適応性は本当に素晴らしいわ!」
彼女は子供のように目を輝かせ、氷の表面を撫でていた。
その姿に思わず笑みがこぼれる。
「両方同時に使えるのか?」
ソフィアが馬から降り、冷静に質問した。
彼女の青灰色の瞳には、戦術的な思考が浮かんでいた。
「理論上は可能なはず!」
ロゼッタが振り返って答えた。
「でも、まだ試してないから……」
「試してみるか」
俺は決断し、バイクに戻った。
今度はタンクの中央に両手を置き、炎と氷の力を同時に呼び覚ます。
「烈火さん、慎重に……」
エルナの心配そうな声を背に、俺は集中した。
バイクのエンジン音が変化し、低い唸りが高い音と混ざり合う。
排気口からは赤と青の光が同時に放たれ、空中で交わり、紫がかった霧状の炎となって広がった。
「これは……」
その霧状の炎は岩に触れると、表面を溶かしながらも結晶化させるという不思議な現象を起こした。
岩の表面がガラス質の物質に変わっていく。
「すごいっ!」
ロゼッタが興奮して叫んだ。
「炎と氷が相互作用して、まるで魔導ガラスのようなものを生成してる!」
「実戦でも使えそうだな」
ソフィアが冷静に分析した。
「敵の動きを制限しながら、ダメージも与えられる」
「ねえ、私にも乗せてよ!」
リアナが俺のバイクに駆け寄り、艶やかな笑みを浮かべながら言った。
「氷の力、実際に体験してみたいな♪」
「え? でも、今エルナが……」
俺が困惑していると、エルナがバイクから降りた。
「私は少し休ませていただきますので、リアナさんどうぞ」
彼女は優しく微笑んだが、その緑の瞳には僅かな寂しさも浮かんでいるように見えた。
「やった!」
リアナは喜んで後部シートに飛び乗った。
彼女の手が俺の腰に回り、背中に温かさが伝わる。
「行こう! 烈火!」
彼女の明るい声に促され、俺はバイクのエンジンを吹かした。
「待って!」
ロゼッタがサイドカーから身を乗り出した。
「今のうちに、もっと実験しなきゃ! 特に地形操作の効果が……」
「それは後でもいいでしょ! まずは速さを試そうよ!」
リアナが笑いながら反論した。
「ねえ、烈火、 思いっきり走ってみよう!」
「あ、ああ……」
俺は少し戸惑いながらも、アクセルを開けた。
バイクは猛スピードで平原を駆け抜け始めた。
リアナの歓声が耳元で響き、彼女の水色の髪が風になびいて頬を撫でる。
「すごーい! こんなに速いの!?」
彼女が興奮した声を上げる。
その率直な喜びが伝染して、俺も自然と笑みがこぼれる。
「まだまだ速くなるぞ!」
俺はさらにアクセルを開け、バイクの性能を引き出した。
タンクの紋様が赤と青に明滅し、車体の下からは炎と氷の跡が地面に残されていく。
「うっわぁ~! 最高~!」
リアナの腕が俺の腰に強く巻き付き、彼女の体が背中にピタリと密着する。
「え、ちょ、リアナ?」
「怖いから! しっかりつかまってるの!」
彼女の声には明らかな嘘が混じっていたが、あまりにも無邪気な様子に何も言えなかった。
遠くで、ロゼッタの叫び声が聞こえる。
「ちょっと~! 実験はどうするのよ~!」
彼女の抗議も、風の中に消えていったのだった。
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