第1章:新たな仲間たちとの出会い(1)

 スチームギア地方の街外れにある小さな宿の窓から差し込む朝日が、ベッドに横たわる俺の顔を照らす。

 聞き慣れない鳥の鳴き声と、どこかで鳴らされる鐘の音が、ここが俺の知る日本ではないことを改めて実感させた。


「あぁ……本当に異世界なんだな」


 呟きながら身を起こすと、隣の窓からは昨日までなかったものが見えた。


「あれは!?」


 急いでベッドから飛び起き、着替えもそこそこに階段を駆け下りる。

 宿の主人が「朝食は?」と声をかけてきたが、それどころではなかった。


 外に出ると、確かに俺のバイク「ドラグブレイザー」がそこにあった。

 

 黒を基調とした流線型の車体は間違いなく俺の愛車だ。

 だが、昨日まで魔導技師ロゼッタの工房に預けていたはずなのに、なぜここに?


 そのとき、近くの木陰から声がした。


「おっはよー!  烈火さん!」


 振り向くと、栗色の短髪を揺らしながらロゼッタが小走りでやってきた。

 いつものように工具ベルトを腰に下げ、首にはゴーグルをぶら下げている。

 黄緑がかった瞳が朝の光に輝いていた。


「なんで勝手にバイクを持ち出したんだ?」


 思わず強い口調になった俺に、ロゼッタは両手を振って慌てた様子で答える。


「ご、ごめんなさい!  でも、これには理由があるの!  昨晩、工房で魔導解析してたら、突然バイクが反応し始めたの!  それで、追跡してみたら……なんとここまで自力で来たのよ!」

「自力で?」


 信じられない話だった。

 エンジンを掛けた覚えはないし、キーも俺が持っている。

 だが、ロゼッタが嘘をつく理由もない。


 近づいてバイクを確認すると、タンク部分の赤い紋様が以前より鮮明になっていた。

 まるで生き物の皮膚に浮かび上がる血管のように、細かな線が幾何学模様を描いている。


「これは……」


 触れようとした瞬間、紋様が赤く明滅し、バイクが小さく震えた。

 まるで主人の帰りを喜ぶペットのようだ。


「すごい!  烈火さんに反応してる!」


 ロゼッタは目を輝かせながら俺の反応を観察していた。

 彼女の声には興奮と好奇心が混ざっている。


「昨日の調査で分かったことがあるの」


 彼女は工具ベルトからメモ帳を取り出し、早口で説明を始めた。


「このバイクには『竜の核』と呼ばれる古代魔術の結晶が融合しているわ。でも普通、こんな結晶が機械と融合することはほとんどないの。固体と固体はそう簡単に混ざり合わないから」

「じゃあなぜ?」

「それがね……」


 ロゼッタは少し言葉を選ぶように間を置いた。


「烈火さんとバイクの間に強い絆があるから、だと思うの。あなたの世界からこの世界へ転移する際、その絆が触媒になったんじゃないかしら」


 俺は無言でバイクのシートに手を置いた。

 確かに、このバイクとは特別な関係だと感じていた。

 そして、俺にとって唯一の心の拠り所だった。


「それに……」


 ロゼッタはさらに続けた。


「烈火さんの体内にも微量の魔力が流れてるの。この世界の人間でも自然と魔力を身につけるんだけど、あなたの場合は通常より強い反応があるわ」


 驚きの声も出ない。

 自分の中に魔力?

 まるでファンタジー世界の主人公みたいだ。


「とにかく!」


 ロゼッタは明るく言葉を切り替えた。


「今日は実際に走らせてみましょう!  魔導バイクとしての性能、確かめたいでしょ?」


 その言葉に、心の奥で何かが震えた。

 そうだ、走りたい。

 それだけは変わらない。

 どんな世界でも、俺はバイクと共に走り続けたい。


「ああ、行こう」


 ◇


 街を抜け、広大な草原に出た。


 青空の下、地平線まで続く緑の絨毯を、俺たちは駆け抜けていた。

 アスファルトではなく、やわらかな土の感触が伝わってくる。

 それでも、バイクは驚くほど安定して走っていた。


「うわぁっ!  速いっ!」


 後部シートに乗ったロゼッタが、大声で叫ぶ。

 風にあおられて栗色の髪が激しく舞い、ゴーグルを急いで装着する彼女の姿が、バックミラーに映った。


「どうだ?  この速度でも大丈夫か?」

「大丈夫!  むしろ最高!」


 彼女は興奮した様子で答えた。

 草原の向こうには険しい山々が見え、その手前には小さな森が広がっている。

 清々しい風を受けながら、アクセルをさらに開けた。


「烈火さん!  試してみたいことがあるの!」


 ロゼッタが前のめりになって叫んだ。


「あの森の中に入ってみて!  バイクの反応を見たいの!」


 言われるままに、森に向けてハンドルを切る。

 木々の間を縫うように走り、自然が作り出した障害物をスラロームのように避けていく。

 バイクの操作感は驚くほど良かった。

 まるで俺の思考を先読みするかのように動く。


「やっぱり!  反応してる!」


 後ろからロゼッタの声が聞こえる。


「なんだ?」

「タイヤの下を見て!」


 目線を落とすと、バイクが通った後の地面から、うっすらと赤い光の跡が残っていた。

 まるで炎の痕跡のように。

 しかし、草や木は燃えていない。


「これは……」

「魔力の痕跡よ!  バイクが周囲の魔力を吸収しながら走ってる!」


 彼女の説明を聞いているうちに、森の奥から何かの気配を感じた。


「烈火さん、止まって!」


 ロゼッタの警告と同時に、前方の木々がざわめいた。

 バイクを停止させ、エンジンを切る。

 しかし、バイクは完全に静かにならなかった。

 微かに震え、タンク部分の紋様が赤く脈打っている。


「何かいるな」


 低い声で言うと、ロゼッタは頷いた。


「魔獣ね。この森にはグリーンホーンという牛に似た魔獣が生息してるわ。通常は人を避けるんだけど……」


 その言葉が終わらないうちに、木々を押しのけるように巨大な影が現れた。

 青緑色の体毛に覆われた、牛のような生き物だ。

 だが、普通の牛とは比べものにならないほど大きい。

 頭には二本の角があり、その先端は不気味な光を放っていた。


「グリーンホーン!  しかも角が光ってる……発情期なのね!」


 ロゼッタの声には緊張が混じっていた。


「危険なのか?」

「ええ、この状態だと縄張りに入った者は片っ端から攻撃するわ。逃げましょう!」


 俺は再びエンジンをかけようとしたが、グリーンホーンがその動きを察知したのか、突進の体勢を取った。

 巨大な体が地面を震わせながら、轟音と共に俺たちに向かって駆け出してくる。


「くそっ!」


 咄嗟にバイクを押し倒し、ロゼッタの腕を掴んで横に飛んだ。

 一瞬遅れていたら、バイクもろとも吹き飛ばされていただろう。


「ドラグブレイザー !」


 倒れたバイクに向かって叫ぶ。

 するとその瞬間、信じられない光景が広がった。

 倒れていたはずのバイクが、自ら起き上がったのだ。

 そして、タンク部分の紋様が強烈に輝き始めた。


「なんてこと……」


 ロゼッタが息を飲む。

 バイクはエンジンがかかっていなにもかかわらず、震え、車体全体が炎に包まれ始めた。

 しかし、その炎は車体を焼くのではなく、まるでオーラのように纏っている。


 グリーンホーンは一度通り過ぎた後、再び向き直って俺たちを見据えていた。

 俺はロゼッタの手を引いて、近くの大きな木の陰に隠れた。


 グリーンホーンは再び突進を始めた。

 だがその標的は俺たちではなく、炎に包まれたバイクだった。


 炎に包まれたバイクは、まるで意思を持つかのように、グリーンホーンに向かって突進した。

 車輪が地面を蹴り、まるで生き物のように動いている。


 轟音と共に、バイクとグリーンホーンがぶつかり合う。

 普通なら、あの巨体に押しつぶされるはずのバイクだが、衝撃と共に炎が爆発的に広がり、グリーンホーンが吹き飛ばされた。


「信じられない……」


 ロゼッタが呟く。

 その目は興奮と驚きで見開かれていた。


 バイクはさらに炎を強め、グリーンホーンの周りを回転するように動き始めた。

 まるでプロのライダーが操るかのような正確な動きだ。


 グリーンホーンが角で攻撃しようとするたびに、バイクは素早く回避し、炎で反撃する。


「烈火さん!  バイクがあなたを守ってる!」


 ロゼッタの言葉に、胸が熱くなった。


「相棒……」


 心の中で呼びかけると、バイクの炎がさらに強く燃え上がった。

 激しい攻防の末、グリーンホーンは倒れることなく、しかし明らかに気勢をそがれた様子で森の奥へと逃げていった。


 炎に包まれていたバイクは、徐々に炎を収め、元の姿に戻っていく。

 だが、タンク部分の紋様は以前より鮮やかになっていた。


 俺たちは恐る恐るバイクに近づいた。


「無事か?  相棒」


 触れようとしたその手が、バイクのタンクに触れた瞬間、温かい振動が伝わってきた。

 まるで「心配するな」と答えているようだった。


「信じられない……」


 ロゼッタは興奮冷めやらぬ様子で言った。


「竜の核を持つ魔導具は聞いたことがあるけど、こんな風に持ち主を守るなんて……これは普通の魔導具じゃないわ。まるで……」


 彼女は言葉を探すように空を見上げた。


「まるで、本物の竜の魂が宿ってるみたい」


 俺はバイクのシートに手を置き、静かに言った。


「相棒だからな。俺とこいつは」


 ロゼッタは小さく笑みを浮かべた。


「さっきのことを街の人に話したら、信じないだろうね」

「だろうな」

「でも、私たちは見たわ。この魔導バイクが烈火さんを守るのを」


 彼女は真剣な表情で俺を見つめた。


「これからどうするの?」


 その質問に、俺は改めてバイクを見つめた。

 このバイクと一緒に異世界へ飛ばされ、不思議な力を得た今、何をすべきなのか。


「走り続けるさ」


 自然に口から出た言葉だった。


「どこまでも、自由に。それがこいつと俺の生き方だ」


 ロゼッタは満足げに頷いた。


「素敵な答えね。私も一緒に行ってもいい?  まだまだ調査したいことがあるし、他にどんな能力があるのか確かめたいの!」


 その瞬間、森の反対側から鈍い音が聞こえてきた。

 遠くの木々が揺れ、鳥が驚いて飛び立つ。


「今度は何だ?」

「わからないけど……良くない予感がする」


 ロゼッタが眉をひそめた。


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