第10話 選択権が与えられました

「レイリス、伯爵家に着いたよ。さあ、行こう」


 嬉しそうに私の手を握っているレア。ここは我が家だ、エスコートしてもらう必要はないのだが、何分私の手をがっちりつかんでいる。振り払おうと思えば振り払えるが、あまりにも嬉しそうな顔をしているから、可哀そうだから握らしてやろう。


 何度も言うが、決して振り払えない訳ではないのだ。


 屋敷に着くと、顔を青くした両親とお兄様が待っていた。お父様ったら、血を抜かれたみたいな顔をしているわ。私を公爵家になんて行かせるから、こんな事になるのだ。自業自得ね。


「サフィーロン公爵殿、夫人、アドレア殿。ようこそいらっしゃいました。あの…使いの方からレイリスがアドレア殿の思い人だったとお伺いしたのですが、何かの間違いでは…」


 真っ青な顔でお父様が、サフィーロン公爵に伺っている。


「モーレンス伯爵殿、間違いではありませんよ。彼女こそがアドレアが探していた女性です」


 にっこり微笑む公爵に対し、顔が引きつっているお父様。まるで蛇に睨まれたカエルね。


「立ち話も何ですから、どうぞこちらへ」


 完全に魂が飛んでいるお父様の代わりに、お兄様が皆を案内している。さて、どんな面倒な話になるのかしら?もし無理やり婚約をさせられる様なら、それこそ本当に国を出る事も考えないといけないわね。


 ふと視線を感じ、そちらの方向を振り向いた。すると、にっこり微笑みながらこちらを見ている公爵の姿が。この人、人の心が読めるのだったわ。今はいらぬことを考えない方がいいわね。


 とにかく無でいましょう、無で。


 客間に付くと、それぞれが席に着いた。本当に面倒な事になったわ。食べ物に目がくらんだばかりに…


「本題に入りましょう。モーレンス伯爵殿、私は息子のアドレアの妻に、ぜひレイリス嬢をと考えております。ですが、レイリス嬢が首を縦に振らない限り、きっと彼女は何が何でもアドレアから逃げだそうとするでしょう。それに何より私共も、レイリス嬢の気持ちを大切にしたいと考えております。


 ただ、あまりうかうかしていると、王族共にレイリス嬢をとられてしまうかもしれません。そうなる前に、どうかアドレアにチャンスを与えて下さいませんか?」


「それは一体どういう事でしょうか?」


 お父様もお母様もお兄様も困惑顔だ。普通に考えて、公爵家から婚約の申し出があった場合、伯爵家でもある我が家が断る事なんて出来ない。それが貴族世界の暗黙のルールだ。


 もちろんそんなルールなど、私には知った事ではないが。


「あなた達が、一番よくご存じではありませんか?レイリス嬢の事を。我が家がいくらレイリス嬢を妻として迎え入れたいと言っても、彼女が納得しない限り、レイリス嬢は何が何でも逃げ出すでしょう。最悪、この国を出てしまうのではありませんか?」


「確かにレイリスなら、やりかねません…娘は私共ではとても手に負えない程、恐ろしい力と頭脳を持っておりますので…本当に我が娘ながら恐ろしい人間なのです」


 恐ろしい人間とは失礼な!本当にお父様は!


「ええ、私共もその事は十分承知しております。ですから、レイリス嬢がアドレアの妻になる事を了承してくれるまでは、無理に婚約はさせません。アドレア、本当にレイリス嬢が好きなら、彼女の心を掴んでみなさい。もちろん、王族共が正式に動き出すまでの3ヶ月で。それが出来ないのなら、彼女の事は諦めなさい」


 ここにきて、サフィーロン公爵がそんな事を言いだしたのだ。


「承知いたしました。元々僕は、権力を使ってレイリスを手に入れるつもりはありませんでした。僕を選んでもらえる様に、精一杯頑張ります。モーレンス伯爵殿、どうかレイリスとの時間を作る権利を、僕に与えて下さいませんか?」


 お父様に向かって頭を下げるレア。


「も…もちろんです。こんな娘ですが、どうか好きにしてください」


 ちょっと、何を勝手な事を!


「ありがとうございます。レイリスに振り向いてもらえる様に、精一杯頑張ります」


「レイリス嬢、君がアドレアを受け入れない限り、無理に婚約は結ばないから。全て君に決定権があるから、安心して欲しい」


 どうやら私に決定権があるようだ。


 ただ…これから面倒な事になりそうなのは確かだ。なんだか気が重くなってきた。



 ※次回、アドレア視点です。

 よろしくお願いします。

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