マンデーの大型日用雑貨店

ぽんぽん丸

臭いって別に実際の臭気のことを言っているんじゃないんですよ。もっと臭うものがあるんです。知らないんだろ?業界人。

【マンデー大型日用雑貨店キャンペーン】


私ははじめポスター掲示にそんな文言を見つけた時には相変わらず変なことをするなというくらいの感想。近所のスーパーの入り口側に並ぶガラス窓の2つおきにそんな大したことない不可解な文言が掲示されていた。


しかし私はルー大柴味るーおおしばみに惹かれて足を止めてしまった。令和の女子大生である私がルー大柴が好きなのは、父の影響である。父はもぐりのルー大柴。真面目であまりジョークを言ったりしない人なのだけど家では変な英語を使って私を笑わせてくれる。


私が14歳の頃にはじめて私は引用元を教えられた。父は神妙な面持ちで私にスマホの画面を見せてきて、「この人が我が家を明るくしてくれているんだよ」と言った。


カシアス島田という見たことない人の番組でルー大柴が軽快な調子で父が家庭で操っているルー語を話して笑いをとっていた。父は笑わず黙って私の表情を食い入るように見ていた。私は初めてルー大柴を見ながら父の実直な表情を視界の隅に、だけどすごくはっきりと感じた。


父なりの懺悔だったのだと思う。気にすることでもないのかもしれない。別に誰かの真似をして私を笑わせていてもいいのかもしれない。だけど多感な年ごろの私が、父の日ごろの笑いは誰かのパクリだと気づいてしまったら、確かに私がもし先に見つけていたら印象はよくなかったかもしれない。


実際に、私はこの時に視界の端に捉えた父の顔をずっと覚えている。そしてこんな顔をする男と結婚をしようと決めている。


「モデルさんや歌手やお笑い芸人さんみたいな、すごい人じゃなくてもいんだ。ただ英語に言い換えるだけでみんな笑顔になれるんだから。ルー大柴みたいな普通の人を大事にするんだよ」


それからしばらくして私に彼氏が出来た時に父は落ち着いてそう言った。ルー大柴に大失礼おおしつれいな物言いだと感じて私は何も言えなかったのだけど、ルー大柴より父のように無罪なのにきちんと懺悔するような、その時に良い顔をするような男がいいと思った。だからその時の歌手になりたいと言う彼氏とはすぐに別れた。


スーパーの話をしよう。


そんなルー大柴好きの私はやはり掲示に惹かれたのだけど、その内容は凄惨そのものだった。


"〇月〇日の月曜日はマンデーの大型日用雑貨店を合言葉にした割引を行います。レジにていずれかの商品を英訳して口に出して頂ければそちらの商品を5%OFFとさせていただきます。"


最大で300円割引までだとか、一家族一回限りだとか細かな条件も書かれていた。私は薄ら寒さを感じた。春か夏か冬かよくわらない最近の季節のせいで、今日はコートを着るほどでもないと思ったのに風が冷たかったからではない。殆どの家族が大スベりすること間違いないと思ったからだ。


ルー大柴だってテレビ番組で何回も何回も試行錯誤した上で披露している。ルー語はいかなる言語の成り立ちがそうであるように、やりとりの中で洗練されて完成しているのだ。またトゥギャザーしようぜ!に代表されるように凡庸性の高い言葉であることも大切。今回のスーパーの企画は商品名、つまりは名詞に対して用いられることになる。そうなるとトークの流れの中で突発的に発せられるというルー語の神髄を守らないことになる。加えてお会計時のレジにて、準備した商品を目の前にして、という限定的な要素まで加わっているのである。


また単純にルー語というわけではない。ポスターによるとスーパーも大型日用雑貨店に言い換えられている。つまり日本語→英語だけでなく英語→日本語、つまり日本語⇔英語であるのだ。ルー大柴へのリスペクト、尊敬が足りない。


とにかく難易度が高すぎる。IPPONをとれるわけがない。


私はそんな感想を抱きながらスーパーを見て回る。


バナメイ海老…

カリフラワー…

干し柿…


私はもう全自動ルー語翻訳機。すべての言語が自分の意志とは関係なしに勝手にトゥギャザーされてしまう。もし私が穏やかな女子大生ではなく過激なフェミニストだったらルー大柴とスーパーの企画に権利を侵害されたと店内放送の如くエコーを伴いながら叫んでしまったことだろう。


私は結局その日からイベント当日まで、スーパーだろうが、コンビニだろうが、料理のレシピを見ていても全部をルー語翻訳してしまう。1週間もの間、私はトゥギャザーし続けてしまった。

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