母②

 夫から連絡が入ったのは、警察に通報して、ひとりでリビングを歩き回ってた時だった。

「絵里が事故にあった。救急車を呼んだ」

 頭が真っ白になった。絵里が、事故。

「聞いてるか?!」

 夫の声でハッとする。

「聞いてる。すぐ行くから」

 通話しながら準備をする。タクシーも呼ばないと。

「悠真は?」

 夫は焦りながらも私より圧倒的に冷静だった。

「まだ…お隣には話してあるから、メモを」

 言う私を遮って「絵里には俺がついてるから、君は家にいろ。悠真がいつ帰ってくるか分からない」と返ってきた。

 当たり前。悠真はまだ8歳。警察に探してもらえるように連絡もしてあるのだから。


 夫との通話が切れてから、玄関が開く音がした。小さな足音がリビングの前まで来て、悠真の姿が見えた。心臓が飛び上がった。駆け寄って冷えた身体を思い切り抱きしめる。

「悠真、どこにいたの?!」

「ずっと家の裏にいたよ」

「そんな……!」

 そんな近くにいたのに。私は絵里のように探しに行かず。悠真を呼びもせず。

「お姉ちゃんは?」

 見上げてくる悠真に「すぐ病院に行くよ」と告げて震える手でタクシーを呼ぶ。夫に悠真が見つかったから一緒に病院へ向かう旨をメッセージで送った。


 病院での絵里は、本音を言えば直視したくなかった。恐ろしかった。これがお前が娘に甘えて息子を甘やかした結果だと突きつけられた気がして。

 夫が忙しいことも、私の気の弱さも、絵里は全部知っていた。悠真もいつか気付く。

 結婚前、義実家に言われて専業主婦になった。両親は早くに亡くなっていたし、仕事は好きだから続けたかったけれど、昔気質の家で許して貰えなかった。他でもない夫が「俺が稼ぐから、家を頼む。色々落ち着いたらまた仕事も探そう」と言ってくれたから。

 無理にでも仕事を辞めなければ。夫の給与が下がっても余裕を持てただろうか。義実家の顔色を伺うことなく、子どもたちともっと自信を持って向き合えただろうか。



 弱い私が悪いの。あなた、絵里、悠真、ごめんなさい……。

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