第53話

 アサミが大きく息を吐いた。


「何これ。宣戦布告のつもり? 受けて立とうじゃないの」


 ちぎられ、切り刻まれ、赤い液体で汚れた紙のヒトカタ……。



「俺が護符を取りに来た時には何事もなかったぞ」

 と、かなでが眉間に皺を寄せる。


「護符が一緒に箱に入っていたうちは手出しできなかったってことは、比較的弱めの護符でも効くことはわかった」

 と、アサミは言った。

「もしもわたしがあなたたちを守れないような状況になれば、涼太くんはパニックルームに逃げ込むこと。ここの怪異が何なのであれ、結界の中には入ってこれない」



 皆月みなづきはちらりと奏を見る。

「でも奏もあの部屋にはもう入れないんでしょう」


 奏は肩をすくめるような仕草をした。

「俺も、はないからな。あの頃のような子供ガキじゃあない。自分の身は自分で守るさ」

「自分の身たってルーカスって子の身体だろ」

「だからますます、訳にはいかない」



 アサミは箱の蓋を閉じた。

「まずは天井について調べてたいな。まったく同じ作りの部屋なのに天井の色が違うのは偶然じゃないかもしれないもの」


「田辺さんを呼んでみるか」

 と、奏が言う。


 若い男性従業員の田辺は口が軽いし協力的だ。


 田辺はすでに今日のシフトが終わっているのだが、奏は部屋から旧館の受付に電話をして田辺を呼んでもらうことに成功した。旧館の受付にはちょうどチェックインの時に世話になったベテラン従業員の新堂しんどうが詰めていて電話をとったため、融通をきかせて田辺と連絡をとってくれ、話が早かった。


 田辺は住み込みの従業員なので、麓の町に降りるなどして出かけた訳でないならば、ここの敷地内にはいるのだ。


 田辺はほんの十分もかからずに、半分ジャージみたいなラフな私服姿でやってきた。



「すみません、オフなのにまた呼び出して」

 と、ソツなく謝る奏に、田辺は

「いや全然かまいませんよ!」

 と、やはり協力的だった。

「ただ、やっぱり今夜も泊まるんですね。大丈夫っすかねえ? えーっと、こちらのお客様は……」

 と、突然、面子メンツに加わっているアサミに戸惑う様子ではある。

「彼女はオカルト仲間のようなものです。隣の部屋に宿泊予定でチェックインはちゃんとしていますのでお構いなく」


「あ、はい。それでお話っていうのは」



 奏が天井のことを尋ねると、田辺は「ああ」と、合点がてんがいったような顔をした。


「以前にこの部屋の上の階から水漏れがあって、天井に染みが残ったんで天井板を張り替えたんですよ」

「なるほど」

「それはいつ頃のことですか?」

 と、アサミが尋ねる。


「ええと、今年のはじめ頃ですよ。まだ冬でした。ここだけじゃなくてほかにも何部屋か。旧館ほどではないけどこっちの新館も、新館って言ってもけっこう古い建物なんで別の階のちょっといたんでた部屋の天井も確か改修をしました。なんでも、音楽ホールを建てた時の木材がだいぶ余ったのをそのまま納屋に置いてあって、材料費はかからないからついでだみたいなことを社長が言ってたんでよく覚えてます。で音楽ホールの柱なんかには使えなかったけど、天井板にはいいって」



 桜材、という言葉にかなで皆月みなづき、そしてアサミは互いに視線を交わし合った。


 さらに、奏が何か閃いたような目つきになる。


「音楽ホールの建材にはどこかの古民家を解体した木材を使っているんでしたね? 俺がチェロの練習をしていた時に若島さんが来て、そう言っていた」


「そうです」


「その古民家というのはどこにあったものかご存知ですか?」


「いや……あの音楽ホールが建てられたのはぼくがここに就職するより前だし。確か桜子ちゃんが生まれた年あたりに建ったんじゃなかったかな。社長に聞けばわかると思うけど、あの、ほら、奥さまが亡くなられて社長はまだ警察から戻ってきてません。あ、でも新堂さんかシゲさんなら昔からここに勤めてるから知ってるかも」


「これは俺の想像だが、先月事件が起きた部屋も、天井板のリフォームが入った部屋なんじゃないですか?」


 奏の言葉に田辺は虚をつかれたように、一瞬すべての動きを止めた。


 それから、


「そう言えば……どちらの部屋も、そうです」


 と、答えた。

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