第35話
「
と、片方だけの目を輝かせている。
甘いものが好きなのだ。
「俺はあんこはあまり好きじゃない」
と
「ほんとに好き嫌いが多い奴だな」
と、ぶつくさ言いながら、奏は仕方なさそうに駅前の小さな和菓子屋の前を通りすぎた。
二人は麓の町まで皆月の運転する車で下り、駅の近くにあったファーマーズマーケットの駐車場に車を停めて歩いていた。
駅前でもあまり人影も、車通りも少ない。地元の人間がぽつぽつと歩いているていどだ。
「あっソフトクリームも売ってるぞ! 食べよう」
と、奏が和菓子屋の何軒か先にソフトクリームとこんにゃくの田楽のようなものを売っているやはり小さな店を見つけて破顔した。
まだ暑い訳でもなく(というかむしろ涼しい)、皆月はあまり食欲もなかった。
奏はあきたこまちソフトクリームなるもの(バニラソフトクリームの中に米粒が入っている)を珍しがって喜んで買い、皆月はアイスコーヒーだけにした。
小窓から商品を渡したパート主婦という感じの眠そうな顔の女性に、奏は例によってたいていの女性にとっては魅惑的な微笑みを浮かべた。さっそくソフトクリームがおいしいと話しかける。
女性は奏に話しかけられると眠そうだった目がややぱっちりとし、
「中に入っているお米は地元産のあきたこまち100パーセントなんですよ。お客様、どちらからおいでですか」
と東北訛りのイントネーションで尋ねた。
「東京です」
と、奏はにこやかに答える。
「
「ああ、しだれ桜が綺麗でしょう?」
「ええ、本当に」
皆月としては桜灯館の前のあのしだれ桜は、今や首吊り死体の幻覚……なのか霊現象なのか……の記憶と結びついており、もう綺麗だとかそんな次元の話ではなくなっていた。
しかし奏はのんびりした様子で世間話を続ける。
例によって奏はチェロコンサートのために来ていることも話し、それから話を桜灯館の噂話に持ち込んだ。
しかし、店員は特に目新しい情報は持っていなかったので、二人は店の前を離れた。
奏と皆月はあちこちで食べ歩きをしたり土産物屋で特に欲しい訳でもない小物を買ったりしながら、ほぼ
が、めぼしい情報は得られなかった。
警戒したように何も話してくれない者もいたし、話してくれた人から得られたのは既知の情報にすぎなかった。
「イマイチだな」
と、ぼやきながらも、奏の足取りには迷いがない。
「これからどうする?」
と、皆月は尋ねた。朝食の後に町に下りてから、すでに二時間くらい経っている。
駅から離れると店舗の
「とりあえず、この先にある公民館の中に図書館があるようだから行ってみよう」
と、奏が答えた。
公民館はコンクリート三階建ての縦長の直方体の建物で、おそらく元は白かったのであろう外壁は今は風雨に晒され続けてくすんだ灰色に汚れていた。
図書館は二階にあり、図書館と言っても本当に小規模なものだった。皆月は中高校生の頃の学校の図書室を思い出した。
受付カウンターには首からIDカードのホルダーを下げた非常勤の司書が一人だけいた。二十代半ばくらいの、わりに大柄でむちむちした女性で、薄いピンク色のブラウスにグレーのぱつぱつのタイトスカート姿だった。
あきらめてワンサイズ上のものを履いたほうがよいように見える。
彼女は、片目にユニオンジャック模様の眼帯をした巨体の奏に一瞬、驚いたように目をまたたかせたが、かるく頭を下げて、「こんにちは」と言った。
奏はいつものようににこやかに
「こんにちは、お邪魔します。実はこの土地の郷土史料を探しているんですが」
と、話しかけた――。
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