第28話

 もういいかい。



 まーだだよ。


 



 皆月みなづきはあの日のことを、一日たりとも忘れたことが……忘れ得たことがない。



 繰り返し、繰り返し、思い出す。




 十五年前。



 かなで皆月みなづき飛鳥井あすかい邸の広々とした庭にいた。

 二人は小学五年生だった。




 開け放たれたフランス窓から響く、モーツァルトのピアノソナタ11番。


 かなで萌音もねの母親の指先が生み出すその甘く優しい音色。


 蝉時雨せみしぐれ


 芝生にホースで水を撒いていた奏と萌音の父。


 そのきらきらと虹色に光る霧状の水。


 奏の父親は髭をたくわえ、今の奏と同じように大男だった。




 それからコウちゃん。いつも皆月たちと遊んでくれた、奏と萌音の父方の叔父。


 いつもにこにこして、快活で優しかったコウちゃん。





 あの日。



 皆月と奏は、庭の隅にあった何か家電製品の大きな空箱に二人で隠れた。


 かくれんぼの鬼はコウちゃんだった。



 暑かった。


 薄暗い箱の中の蒸し蒸しした空気。


 汗で背中に張りつくTシャツの感覚さえを、皆月は覚えている。



 それから突然、叩きつけるようなピアノの不協和音が聴こえ、そのままピアノの音はやんだ。屋内で何か激しい物音と、奏の祖母の叫び声が聴こえた。



 それから。



 が来た。



 ざり。

 ざり。



 ぽた。




「もういいかぁい?」



 どこかの先住民族の伝統仮面のような黒い木製の面をつけ、鮮血の滴るを手にした




「み つ け た」




 は、萌音の手を引いていて。


 萌音の白いワンピースは半分、真っ赤で。




 それから。





 次に皆月が覚えているのは、箱から出た小学生の自分と奏が、の前にならんで立っている光景だ。





 かなで皆月みなづきを見下ろしては言った。





?」




 皆月も奏も、言葉が出なかった。




 あの時。



 皆月は、が殺されるのだと、本能的に察していた。


 だって、奏の父親は死んでいた。


 血と水の入り交じった液体のたまりの中に倒れて、もう動かなかった。



 の手にしたの刃から、赤いしたたりが芝生を汚していた。



 二人が答えずにいると、は、びゅっとを空中で振った。


 についていた奏と萌音の家族たちの血が散って、皆月と奏の服や顔を汚した。



 は仮面をつけた顔を傾げた。


 仮面の口はとぼけたようにまるく開いていた。



 もう一度、が尋ねた。


「どっちがこのうちの子だ?」




 だから。



 皆月は。





 自分の隣に立ち尽くしたかなでを、指差した……。

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