第11話

 皆月みなづきは思わず足を止めた。


 桜子さくらこがすぅと顔をあげ、皆月と目が合う。


 かなでも彼女が描いている絵を見下ろしていた。


 遅れて気づいた女性従業員が、やや慌てたような様子を見せた。


「桜子ちゃん、またそんな絵を描いて、お客様びっくりしちゃうでしょ」


 ところが、桜子は女性従業員を無視して皆月を見上げた。

 濡れたような黒々とした瞳でじっと見つめてくる。


「お兄さんも、死ぬの?」

「え……」

「みんな死ぬんだよ。パパがそう言ってた」

「桜子ちゃん!」

 女性従業員が大声を出すと、桜子は絵とクレヨンをその場に置いたまま、たたっと廊下を駆けて行ってしまった。


「申し訳ございません、あの、ちょっと最近いろいろありまして……」

 ややしどろもどろになりながら女性従業員が取り繕おうとする。


「いえ、大丈夫ですよ」

 奏が答えた。

「何も間違ったことを言った訳じゃない。人間はみんな死にますから。なあ、涼太」

「は?」

 と、応じた皆月みなづきの脇腹を奏が肘で突く。

「いてっ」

「いてっ、じゃないだろ。合わせろってことだ」

 合わせろってことだ、って、思いきり口に出して言っちゃってるが……?



「桜子ちゃんは、ここのご主人の娘さんですよね? ご主人のブログで写真を見ました」

 と、奏が従業員に向き直った。

「はい。しゃちょ……館主かんしゅの一人娘でもともとはここの看板娘みたいな子なんですが。常連さんやここに演奏に来る方たちにも可愛がられていて」

「いろいろ、というのは、先月、宿泊客で亡くなる方が相次いだという件でしょうか?」

 奏はさっそく聞き込みを開始する好機だとでも思ったのか、単刀直入に従業員に尋ねる。


 女性従業員は頬に手を当てて警戒したような表情になり、「ええ、まあ……」と言葉を濁した。





「うおーさすがに疲れた。だいぶ疲れた。疲れた疲れた」

 と愚痴愚痴言いながら皆月みなづきは客室の座布団を並べた上にごろりと横になった。


 休憩を入れながらではあるが、八時間以上運転してきたのだ。


 案内されたのは、旧館から渡り廊下で繋がった新館五階の部屋だった。


 ザ・旅館という感じで、畳の和室に座卓、テレビ、床の間。和室の奥には椅子と小卓の置かれたスペースがあって、窓からは今しがた車で一本道を登ってきた山並みの下の温泉街が下ろせる。和室の手前にはトイレと浴室に洗面スペース。


 別に不衛生という訳ではないのだが、どことなくすべてが色褪せているような部屋だった。


 ここにたどり着くまでに通り抜けてきた温泉街も、インバウンド客だのオーバーツーリズムだのどこ吹く風といった、閑散とした様子だった。


 まあ、平日なせいもあるのかもしれないが。



 かなでがトイレや押し入れの戸を開けてあちこち様子を改めてから、

「よし、じゃあ夕食の前に温泉に行くぞ」

 と、言った。


「疲れたって言ってんだろひと休みさせろよ」

「温泉に浸かれば疲れもとれるだろう。早くしろ」

「メシ食ってからでいいだろ、俺は寝る! ひと眠りさせろって。風呂で寝ちまいそうだ」


 何のために連れてきたんだ、と、ぶつぶつ言いながら、奏は和室手前のスペースに作りつけのクローゼットから浴衣を取り出し始めた。

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