Garbage dump. - 溜まり場 -
ある日、一人の女とすれ違った。
その女は全身にエレガンスを薫らせていた。風になびく長い髪、美しい横顔、
挙動の全てに気品がある。あれで戦いの中に身をおいているというからなおさら
自分とは大違いだ。
トラッシュは憎しみめいた感情を催した。本人は気づかなかったが嫉妬したのだ。
<背中から突き殺してやろうか・・・>
それは簡単だ。しかしそれでは女としての自分が敗北したことを言いふらすような
もの。
第一、金にならない人殺しをして大損するのはトラッシュ本人だ。それはわかった。
…考えてみれば、自分のことを一番わかってないのは自分かもしれない。
トラッシュ とて女性としての外見はさほど悪くはない。単に卑下しているだけだ。性格で損をしている。
逆恨みの殺人を考えるより前に、トラッシュには決着をつけなければならない問題が
ある。
同じ戦いの道を選ぶにしても、それは女を捨ててのことなのかそれとも、女としてなのか…これについては最初からずっと曖昧なままだ。この問題を解決しない限り
彼女の悩みは終わることはない。
悩んでは溜め込み、それを消化するために闘争本能を燃やす。
<お前が悪い!>
そう言っているかのように襲い掛かる。人、物のかわりなくやつあたりされる相手は
いい迷惑だ。
街中をうろついていてもヤバい仕事にありつけることはなかった。素性にこだわら
ず、
を請ける。そういう信念があるわけでなし、トラッシュはこの道に一途という言葉で
自分と周囲を
逆にそれは自分で半端者の道を選んでいることにしかならない事を、わかっているのかいないのか。
<行き着く先は結局ここか>
"Garbage dump(ガーベジ・ダンプ)" 戦士の集う酒場。
そういえば聞こえがいいが、要は金次第で非合法の荒っぽい仕事を請け負う者の
溜まり場だ。
ここには武器を振るうことでしか生活費を稼げないヤバい連中しかいない。
トラッシュ もそのひとりだ。
無言でカウンターに座るだけでいつもの酒が出てくる。金はない、つけ払いだ。
隣の男が剣の柄でトラッシュ の女性用ブレストプレートの胸をたたくと、カンカン
という反響音がした。
「からっぽだな」
この フィルス という野郎、やたらめったら女性に胸が大きいことを要求する
ドスケベ野郎だ。
たしかに女鎧の胸の突出はトラッシュの胸のサイズに勝る。そんな態度をされれば
トラッシュでなくても女は不遜な顔をする。今の感情を露骨に表情に出して見せ、
すばやくその柄を握った。フィルスは剣を退いたが、スピードは明らかにトラッシュ
が勝る。
引き戻そうとしたせいで刀身が半分露出した。その刃越しに相手をにらみつける。
「じょ、ジョークさ。マジになるなよ」
「うせろケツの穴」
ビビりを隠せずに後ずさりして逃げた。どうせトラッシュとケンカして勝てる奴では
ない。
いや、そもそもコイツは軟弱すぎて、ここにいること自体が場違いなのだ。
周囲はささやいていた。トラッシュは女としてみていいのか、女と呼ばれることを
嫌うのかどちらだろう?
どちらかにきめてくれれば付き合いづらい奴ではないのに、と。
しかし女であることを認められれば怒る、女であることを否定されても怒るでは
中途半端だ。早く決着をつけないと…。ほかのことには即決なのに、この問題に
対してトラッシュは優柔不断だった。
意識して探してた訳ではないが、街を歩いていてあの女の姿を見ることはなかった。
これでコンプレックスの心配はない。
もうひとつ、女であり続けるか、女を捨てるかについてだが、この問題については
結論を急がねばならない兆候が現れていた。
男日照り…。
女にしかわからない。男と違って簡単に済ませることはできない。
もう何年前だろうか、最後に男と交わったのは…。どんな相手だったかも忘れた。
時々、恋愛観念や庇護の心が自分に残っているのではと不安になる。戦う自分にとって、情けはあってはならないと考えていた。
本当の戦士の道とは庇護の心を大切にするものだが、トラッシュは違った。
元兵士なのだ。
"兵隊の仕事は殺しだけ"と執念深く教えられてきたせいだ。女だと迫が落ち…
ジレンマだ。
それもこれもみんな戦争が悪いのだ。
トラッシュ の装備はちぐはぐだ。頭から脚まで違う形式の防具の寄せ集めを着て
いる。目立つのは稼ぎに似合わぬ立派な胴鎧。これは戦場で拾ったものだ。
状況から見れば略奪とも受け取れる。過去の戦闘でトラッシュの所属部隊は負けて
全面撤退した。そのとき敵か味方かは確かめなかったが、全身を金属鎧に固めた女性
将校が倒れていた。
全身を鋼鉄鎧で固めている場合には、倒れるだけで命取りだ。鎧の総重量は人間一人の力ではどうにもならない。這い蹲り、まるで裏返した亀のように起き上がるはおろか身動きひとつできなくなる。
過労や負傷して倒れこんだりしたら、その末路は悲惨だ。処刑の
似たような状況なのだ。
重さに息も絶え絶えとなり、熱がこもって苦しい。苦痛は時間と共に増してくる。
そこへじわじわと乾きと飢えが襲ってきて…死んだほうがマシだ。でも体は全く
動かない。
絶大な戦力を誇る甲冑の騎士、重戦士相手では、歩兵は正面から戦うを避けて転倒を
狙い、動きを封じて鎧の隙間から急所を刺し、一気に命を絶つ事が唯一の勝法だ。
友軍や従者も最悪の事態をさとれば同じ事をする。「止めを刺す」という言葉はこの事例から生まれた言葉だ。最近はニュアンスが違うようだが。
あたりに人影はない。トラッシュ は欲に目がくらんだ。ちょうど自分の鎧に
頼りなさを痛感していたときだっただけに。
「死人にゃいらねえだろ」
この将校から鎧をひっぺがして我が物とし、鍛冶屋でしサイズをあわせてからずっと
愛用している。
しかし鎧の持ち主はまだ生きていた。トラッシュは略奪することで意識せずにこの
将校を生き地獄の末の死から救ったのである。
戦場荒らしはどこでも死刑だが、トラッシュがその罪から逃れられたのは本人の言う
「運も実力」などではなく、はからずも奪われた側が訴え出なかったからだった。
おかげで鎧も自分のものになった。
「あたいの勝ちだ」…こういった現実をとらえ間違うことが、トラッシュの性格を
飾っていた。
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