第一章:東方「青龍」圏へ4
4. 尾宿・箕宿との遭遇
蒼藍たちの一行は、東方の最果てへと歩を進めていた。地図にもほとんど描かれていない、原初の自然が広がる翠影の森。その森は、動物たちが言葉を持つという伝承が残る神聖な場所だった。
角が森の入り口で足を止める。
「この中……何か、とても強い“生”の気配がある」
蒼藍は頷き、空気の密度を感じ取るように目を閉じた。
「星宿の気配……一人は、まるで森そのもののような力。もう一人は……風を読む者だ」
心が口を開く。
「その風、私にも微かに感じる。冷たく、けれど澄んでいる」
森に足を踏み入れた瞬間、視界が白くかすんだ。深い霧が足元から這い寄るように伸びていた。
「……これは、迷わせるための霧か」
蒼藍が警戒しながら進もうとしたその時、前方から重く低い声が響いた。
「これ以上、森に入るな」
霧の奥から現れたのは、獣の毛皮をまとい、背丈ほどの槍を持つ野性の男だった。彼の周囲には鹿や狼、巨大な鷲が群れをなしていた。
「森を穢すな。お前たちは何者だ」
蒼藍が一歩前に出る。
「俺たちは星宿を探している。お前は——尾宿、だな」
男の瞳が鋭くなる。
「どうして、その名を知っている」
千佳が一歩進み、深く頭を下げた。
「お願いです。あなたの力を、私たちの旅に貸してください。この世界を、救いたいんです」
尾はその場にじっと立ち、動物たちを見回した。そして、短く言い放った。
「この森は、異変に飲まれようとしている」
尾の背後から、小さな動物たちが震えながら逃げてくる。その後ろに——人間の姿をした黒い影。
「また来たか、あの邪教徒ども……!」
蒼藍が剣を抜くと同時に、尾が獣たちとともに突撃した。
その戦いは、荒々しく、まるで獣の本能がぶつかり合うような激しさだった。
蒼藍たちも加勢し、辛くも撃退に成功する。
戦いのあと、尾は焚き火の前で静かに言った。
「俺の力では、この森を守りきれない。もっと大きな流れに巻き込まれている」
千佳がそっと彼の手を取る。
「だから、私たちと一緒に……」
尾はゆっくりと頷いた。
「わかった。俺の爪と牙、お前たちに貸そう」
その夜、星のない空の上、ひとすじの風が吹き抜けた。
尾がぽつりとつぶやく。
「……あいつも、気づいているようだ」
蒼藍が振り返る。
「あいつ?」
「この森の上、あの山にひとりで住んでいる。風と話す男だ」
尾が指差したのは、森の奥にそびえる断崖の山。そこには風が渦巻き、鳥すら近づかないという伝説があるという。
数日後、蒼藍たちは岩壁をよじ登り、その山頂にたどり着いた。
そこで彼らを待っていたのは、風に吹かれながら立つ一人の青年。空を仰ぎ、風と対話しているかのように静かだった。
「お前が……箕宿か」
蒼藍の声に、青年はゆっくりと振り返る。
その瞳は、まるで鷹のように鋭く、全てを見透かすようだった。
「お前たちが……星宿を集めている者か。だが、俺の力は風と共にある。地に縛られるような旅など、する気はない」
角が言葉を挟む。
「だったら、ここで何を見てるんだ? 風の上から、何を探してる?」
箕の目が細くなる。
「世界が、今にも壊れそうだからだ」
その一言に、蒼藍は確信する。
「だからこそ、お前の力が必要なんだ。遠くを見通す力で、俺たちを導いてほしい」
風が強く吹きつける。箕は黙ったまま、その風に身を委ねた。
そして、ぽつりと呟く。
「……その風の流れに、身を任せてみるのも悪くないかもしれないな」
こうして、尾宿の獣使い・尾と、箕宿の風読者・箕が仲間に加わった。
これにて、東方・青龍に属する七宿すべてが揃った。
七つの星が、ついに蒼藍の下に集結し、彼の背に蒼き龍の気配が宿る——。
第一章:東方「青龍」圏へ 終
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