第4話

 アレクシアとソバロスは、宿屋に泊まり夜を明かした。

 アレクシアは、初任務の緊張からの疲労の影響により、朝起きることに苦労したが、なんとか早起きに成功していた。

宿屋の朝食をいただき、ピクノ大森林に入る準備を終わらせ宿屋のロビーで待機する。

 そこへ宿屋の部屋の鍵を女将に渡し、手続き済ませたソバロスが合流する。


「おはようございます、お嬢様」

「おはようございます。ソバロス師匠。今日はピクノ大森林に入るんですの?」

「そうしましょう。フォレストウルフと遭遇すれば討伐するため戦闘になります。また、可能であればフォレストウルフが現れた原因の特定まで行います。準備はよろしいですね?」

「はいですの!」


 アレクシアは、元気よく返事をする。

 今回の討伐もゴブリン討伐と同じように、こなして見せると気合を入れて。

 二人はピクノ大森林に向かうため宿屋から移動を開始する。

 その途中、昨日も通った村の出入り口である木の門に差し掛かる。


「おはようございます。これから森ですか?」


 そこでヒラガスから声を掛けられる。今日も見張りのようだった。


「おはようございます。昨日はありがとうございました。その通りです。これからピクノ大森林に向かいます」

「やはりそうですか。フォレストウルフの討伐、よろしくお願いします。それと、このまま村の塀の周りを歩いていくと、俺たち村の者が良く使う森の入口が見えてきます。人が良く通るので、けもの道みたいになっているところです。良ければそこから入って調査してください」

「これはご丁寧にありがとうございます。使わせてもらいますね」


 ソバロスは、教えってもらった森の入口へ向かうことにする。


「お気をつけて」


 アレクシアとソバロスは、村の塀沿い歩き、森の入口に到着した。

 けもの道を進み森の中へと入っていく。

 入口が見えなくなるほど森の中を進んでくると、アレクシアは若干の不安を覚えていた。この森に囚われて抜け出せなくなるのではないか、そういった思考が頭の中をよぎる。


「お嬢様、平常心が大事ですよ。ピクノ大森林のような深い森の調査は、私は何回もこなしていますからご安心ください」

 アレクシアの不安を感じ取ったソバロスが優しい声色で落ち着かせるため声を掛ける。


「わ、私は平常心ですわ! でも、どうやって村まで帰るんですの?」

「お嬢様はこれから覚えることになると思いますが、導きの魔法と言うものがあります。この魔法を使うと帰ることができますよ」

「まだ習ってないですの。基礎魔法だけではなくて、そういった便利な魔法も早く覚えたいですわ」

「エメレイア家の皆さまは、エメレイア流剣術と身体強化の魔法を覚えることが優先されますから、特殊な魔法は今日の所は私にお任せください」

「分かりましたの。魔法も色々と使えれば、戦闘の幅も広がると思いまして」

「お嬢様の剣の才能に魔法まで加われば、向かうところ敵なしですね」

「おだてないでくださいまし。ソバロス師匠に一勝もできておりませんのに!」

「まだまだ負けませんよ。でも私になぞはすぐに超えていけますから、修練あるのみですよ」


 アレクシアは、ソバロスとの会話をしているうちに、気持ちが落ち着いてきた。

 二人は歩みを進め、森の奥へと進んでいく。

 森の中に入る陽の光はどんどんと少なくなり、小鳥のさえずりや、小動物の動きも感じられなくなっていく。

 魔物の生息圏に足を踏み入れていた。

 ゴブリン等の低級な魔物を見かけたが、無用な戦闘は行わず、目的のフォレストウルフを探す。

 更にしばらく進むと、

「いましたね」

 ソバロスは、フォレストウルフの群れを発見した。


「13匹います。幸いにもまだこちらには気付いていません」

「どうやって仕掛けますの?」

「まず私が範囲攻撃で数匹を仕留めます。その後は、残ったフォレストウルフを討伐していきますので、お嬢様は防御に徹してください。もし、フォレストウルフが向かってくるようなことがあれば、予習していたとおりカウンターで仕留めましょう」

「分かりましたの」

「では行きますよ!」


 二人は剣を構え、戦闘態勢をとる。

 アレクシアは彼女の身長ほどある大剣、ソバロスはエメレイア流剣術を修めた者としては珍しく大剣ではない剣、長めのロングソードである。

 ソバロスは、大きく空中へ飛び、重力を生かし勢いそのままに剣を振り下ろす。

 無駄のない、お手本のような綺麗な軌道を描き、フォレストウルフの群れに攻撃が直撃する。

 その攻撃により、半径数メートルほどの範囲の地面が抉れ、巻き込まれた5匹が絶命した。

 ソバロスは、さらにフォレストウルフが現状を認識する前に追い打ちを掛けるため、最も近くにいたフォレストウルフへ切りかかっていく。

 無駄の無い流れる動きで、さらにもう1匹を切り裂いた。

 視認することも難しい早業である。

 ここでやっとフォレストウルフが体制を立て直し、土魔法で応戦してくる。土の散弾がソバロス目掛けて襲い掛かる。

 ソバロスは、その魔法を剣で切り裂きながら距離を詰め、魔法を放ってきたフォレストウルを切り捨てた。

 残りのフォレストウルフは、魔法での攻撃をあきらめ、土魔法で身を隠しながら直接攻撃に切り替える。

 ソバロスを残りの6匹で囲んで、数の有利を生かしながら、その鋭利な牙や爪で命を狙う。

 ソバロスは接近してきたフォレストウルフを次々と問題なく倒していく。

 あと1匹。もう何の問題もないとアレクシアが思ったそのとき、フォレストウルフはソバロスへの攻撃をやめ、アレクシアへ標的を変えて突撃してくる。

 もう命は無いと悟り、敵を一人でも道ずれにしようと、眼を血走らせ必死のあがきである。


「お嬢様!」


 気付いたソバロスが、アレクシアへ警告の声を発する。

 アレクシアは、戦闘の趨勢は決したと気を緩ませてしまっていた。

 その一瞬の隙によりにより、アレクシアは攻撃が避けられない間合いになっていた。

 フォレストウルフは眼前に迫っている。

 相手の攻撃がアレクシアへ届く前に、自身の剣で仕留めるしか生き残る道はない。

 アレクシアは、覚悟を決め、自身の間合いに入ったフォレストウルフを、その手に握る大剣で迎撃した。

 命のやり取りのなか、大剣は今までの稽古ではありえなかった剣速となり、フォレストウルフへ命中する。

 鋭い爪はアレクシアの目の前で止まり、倒すことに成功した。


「無事でよかったです。良い一撃でしたよ」


 ソバロスはアレクシアが怪我無く切り抜けたことにほっとする。


「死ぬかと思いましたの。一瞬の油断でここまで接近され……、失敗ですわ」

「攻撃を受けませんでしたから良しとしましょう。でも、お嬢様のご認識の通り、戦場は想像も及ばないことが起こります。油断大敵ですよ」

「そうですわね。もう二度と戦闘中に気を緩めることはいたしませんわ」

「それでよろしいかと。少し休憩したら、フォレストウルフが移動してきた原因調査に移りましょう」


 アレクシアとソバロスが剣を納め、緊張を緩め休憩に入ろうとしたその時。

 明確で濃厚な魔の気配を二人は感じ取った。

 これまで静かだった森の奥から魔物鳴き声が聞こえ、移動を始めているのか、地響きが大きくなっていく。

 無数の魔物達は、無情にもミクリス村の方角へ向かっているのであろうことが分かった。


「こ、これは」

「何が起こったんですの!?」

「スタンピードです! お嬢様。魔物達が一斉に暴れ始めました! でもいったなぜ」

「どうすればいいんですの?」

「まずは、村の方々を避難させましょう。まだ村までは距離があります。生き残れる者を一人でも多く増やしましょう!」


 ゴブリン、ボア系統の魔物、ヒラガスから聞いていたオークやオウルベアだけではなく、それらの上位種と思わしき固体や、トロールも見える。

 もはや、村どころではなく都市が陥落するほどの規模であった。


「それに、御父上の剣聖アフテロス様に早く伝えなければ!」

「分かりましたわ! 早く向かいましょう」


 避難を呼びかけに向かおうとしたその時、濃かった魔の気配が更に深まる。

 アレクシアは、呼吸をすることも難しいほどのプレッシャーを感じていた。


「なんですと……。あ、あれはフェンリル」


 あまりの衝撃にソバロスも言葉を失う。

 伝説の生き物、フェンリルが魔物達の奥に確認できたのである。


「これが魔物の移動の原因でしたか……。お嬢様は急ぎ村の者達に避難を呼びかけてください。そして一刻も早くアフテロス様にこの事態をお伝えください」

「ソバロス師匠はどうなりますの?」


 なんとかアレクシアは、声をひねり出しソバロスに答える。


「私はフェンリルが村に到達するのを少しでも遅らせるために、ここで迎撃します。私の実力ではフェンリルの討伐は叶わないでしょう。でも、しばらくは足止めして見せます。」

「そ、それなら! 私も残って戦いますわ」

「いいえ。お嬢様が先に行くことで救える命があります。さあ、お行きなさい!」


 ソバロスに促され、後ろ髪を引かれながらアレクシアはミクリス村へ走り出す。

 その姿を見届けたソバロスは、一呼吸を入れると剣を構え、そして、決死の覚悟を決め、魔物達の中へ、フェンリルへ向かっていく。

 領民を、そしてアレクシアの生きる確率を少しでも上げるために。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る