第34話 ゴリョウカク城塞跡 4


 シリングとアーネストが仕事(?)をしている間、ミクが何をしていたかというと、マルストルと遊んでいたわけである。

 しかも、きっと悪い遊びだ。

 

「失敬な。ゴリョウカクの歴史について教えていたのよ」

 

 ふんすと胸を反らす少女だが、恍惚の表情を浮かべたリッチが椅子の背もたれにもたれかかっているのをみると、あんまり説得力はない。

 なんか、イッちゃってるんだもん。

 

 城マニアの彼にとって、ゴリョウカクにまつわる逸話は胸に響くものがあったらしい。

 

 滅び行くバクフに最後の忠誠を尽くしたサムライたち。

 北の大地に夢を馳せ、みんなが笑って暮らせる国を造ろうとした総裁エノモト。

 彼の理想に共鳴し、自国の軍を脱走してまではせ参じたフランス軍士官。

 鬼と恐れられ悪名を轟かせながらも、最後は仲間を助けるために出撃し、凄絶な闘死をした戦士ヒジカタ。

 

 不器用なまでに誇り高く、理想を掲げ続けた漢たちの記録だ。

 

 さして歴史に興味のないものにでも、彼らの生き様はけっこう胸に響く。

 まして城マニアのマルストルだもの。

 

「なんか歌も聞こえていたんだけど?」

「マルティナの真似。歌って響くからさ。ニホンで放送されたテレビドラマに、ゴリョウカクを舞台にしたやつがあったのよ。それの主題歌を歌ってみたー」

 

 シリングの問いにしれっとミクが答える。

 みたーってあんた、とどめじゃないですか。

 

 それで昇天したのか、と、シリングは深く深く納得した。

 ちなみに、そのドラマというのはミクが作られるより、はるかはるか昔、西暦一九八八年に放送されたのだという。

 

 カプセルにいるとき、メインコンピュータから教えられたのだそうだ。

 まあ、だいたいロクなことを教えていないのは、シリングもよく知っている。

 

「マルマル。吾輩たちはそろそろ帰るぞ」

 

 ゆさゆさとリッチを揺するアーネスト。

 ほっといても良いんだけど、いちおう城主を自称しているし挨拶くらいはしてやろうと思ったのだ。

 

「我……ここに住む……」

 

 ぼーっとした呟きが返ってくる。

 

「うむ。もう住んでるな」

 

 不法占拠だけど。

 なに言ってんだこいつ、という表情の大魔法使いである。

 

「我、この城を守る。アマル王に取り次いでくれ! 大魔法使いどの!」

「…………」

 

 非難がましい目を、アーネストがミクに向けた。

 何を吹き込んだんだ? と、表情が語っている。

 

「守るべき史跡なんだって教えただけよ」

 

 ぺろりと舌を出す。

 すごく確信犯っぽい。

 

「まあ、吾輩の荷物もあるから、管理人がいるのは良いことなのだがな」

 

 やれやれと肩をすくめ、アーネストが出入り口を指し示した。

 一緒にこい、という意思表示である。

 

 王宮にリッチなんて連れて行ったら、怒られるんじゃないかなーとシリングは思ったが、べつに反対はしなかった。

 ぶっちゃけ怒られるのは自分じゃないし。




 


 そしてシリングの希望はあっさりと裏切られる。

 

「まったく! 次から次へとお前らは!!」

 

 アマル王リヒャルドが玉座から怒鳴った。

 むっきーって。

 

 シリングとミクまでひっくるめて、複数形で怒られた。

 

 おかしい。

 こんなはずじゃなかったのに。

 

「まあまあ、リヒャヒャ。また血圧が上がるぞ」

「誰のせいでっ! 誰のせいでっ!!」

 

 そしてアーネストが火に油を注ぐ。

 

 浮遊客車にマルストルを同乗させ、ものすごいスピードで王都ミオスレイまで戻ってきた。

 驚異の魔法科学技術を不死の王は目にしたわけだが、まったく興味は示さなかった。やっぱり城以外は眼中にないらしい。

 

 それはともかくとして、いつも通り順番を飛ばして王に謁見し、必要な荷物は無事にとっきた旨を報告した。

 ここまでは良い。 

 問題はその後である。

 

 ゴリョウカク城塞跡には不死の王が住み着いていて、なんかこの城の管理人になりたがっているという。

 報告を聞き進むうち、リヒャルドは両手で頭を抱えた。

 もうね、ほんとね、どうしてくれよう、この腐れ大魔法使い。

 

「良いではないか。ゴリョウカク城塞跡など、まったく使っていないし今後も使う予定はなかろう。人件費ゼロで管理人を雇えるのだからお得だぞ」

「アル先生はお得という言葉の意味を辞書で引き直してくれ……」

 

 今度は腹のあたりをさする国王である。

 シリングは深く深く同情した。

 

 アーネストを先生と呼ぶってことは、たぶん昔からの付き合いなのだろう。

 下手したら、生まれたときからとかの。

 頭が上がらない相手としてアーネスト。これはけっうきつい。

 

「リッチを雇う国王なんて、見たことも聞いたこともないぞ……」

「前例がないなら作れば良い。良い若者がチャレンジを怖れるな」

「朕はすでに孫がいるがな……」

 

 若者という歳ではない、と、ほろ苦い笑いを浮かべるリヒャルド。

 内心では計算を続けていた。

 

 不死の王はゴリョウカク城塞跡を占拠している。話としてはこれを認めるか否か、ということだ。

 王国としては、もちろん認めるわけにはいかない。

 しかし、討伐軍を出すかといえば、答えはやっぱり否である。

 

 軍を動かせば金がかかるし物資だって消耗する。金やモノだけならまだ良いが、戦ったら絶対に犠牲者が出てしまう。

 それが戦というもので、これをゼロにすることはできない。

 

 戦略的にも政略的にも、さらに経済的にも意味のない廃城を取り戻すのに兵に犠牲を強いるなど愚の骨頂というべきだろう。

 

「そのまま勝手に居座ってれば良かったのに……」

 

 ぼそりと本音がこぼれちゃった。

 

「そうはいかぬ。我はゴリョウカクを整備し清掃し、鑑賞にたえる名城として復活させるつもりなのだ」

 

 それに反応したのはマルストルである。

 骸骨のうつろな眼窩に、情熱の炎が燃えさかっていた。

 

 ちょっとなに言ってるか判らず、助けを求めるように国王がアーネストを見る。

 しかし、頼みの綱の先生は軽く肩をすくめたのみだった。

 

 代わって口を開いたのがミクである。

 

「国王陛下。発言してよろしいでしょうか」

「許可する」

 

「これなるマルストルは、ゴリョウカクに観光地としての価値を見出したのです」

「観光地だと?」

 

 首をかしげるリヒャルド王に、少女が蕩々と説明した。

 ゴリョウカクがニホンでどのような位置づけだったか、どうして人気があったのか。

 もう、立て板に水の勢いで。

 

 ちゃんとした言葉遣いもできるんだなー、と、シリングは奇妙な感心をしたものである。


「なるほどな」

 

 国王が頷く。

 

 もともと使ってなかった場所に新たな価値をつける。

 なかなかに面白い。 

 しかも、べつに失敗したところでアマル王国の懐は痛まない。

 

「よかろう。マルストルとやら、好きにやってみると良い」

 

 に、と笑うリヒャルド。

 

「安んじてお任せあれ」

 

 優雅な一礼を見せる不死の王だった。





 そして、慌ただしく出発である。

 さすがに高位のアンデッドモンスターであるリッチを、いつまでにも王都にとどめおくのはまずいから。

 

 浮遊客車で一時間程度だと、ほいほい出かけられるのがすごい。

 

「片道五十キロとして、行って帰って行ってだから百五十キロ。一日の移動距離じゃないよな」

「ニホンじゃ当たり前だったけどねー」

「そんなに急いでどこにいくつもりだっただよ。ニホン人」

「交通標語みたい」

 

 座席できゃいきゃい騒いでるシリングとミク。

街道脇に浮遊客車を停め、アーネストが振り返った。

 

「きみたちばかり楽をさせるのは腹がたつな。吾輩もそっちに行くから、シリリンが操縦したまえ」

「え? 良いんですか? アル先生」

 

 喜びいさんで少年が席を立った。

 じつは興味津々だったのである。

 二人して操縦席に移動する。


「なんでミックミクまでくるのだ」

「女房だもんっ」

「いいけどな。一人に教えるのも二人に教えるのも手間は一緒だから」

 

 苦笑しつつ操縦方法をレクチャーする大魔法使い。

 少年少女は目をきらっきらさせて聴いているが、リッチさんは座席でくつろぎモードだ。

 まるっきり興味がないらしい。

 

「けっこう簡単かも。これ」

 

 アーネストに代わって操縦席に座ったシリングが両手で操作盤コンソール操る。

 

 姿勢制御や浮力調整は思考結晶というマジックアイテムがおこなってくれるため、シリングがやるのは方向指示と速度調整くらい。

 これはチキュウ世界にあったコンピュータに近いものらしいが、たぶん、もっとずっと生き物に近いんじゃないか、とはミクの談である。

 

 そのミクは副操縦士席だ。

 こちらにも操作盤があるが、普段はロックされている。

 

「あとで代わってね。シリング」

「了解了解」

「絶対だよ? 三十分交替ね」

「判ってるって」

 

「どうでも良いが、安全運転で頼むぞ」

 

 騒いでる子供たちにアーネストが注意喚起した。

 あくびをかみ殺しながら。

 浮遊客車がふたたび滑るように走り始める。。

 

 

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