第16話 伯爵家の暗闘 1


 アリスの部下は五人。

 騎士アーシア、従士のシルビアとキャロル。従僕のセリカとアイリだ。いずれも戦闘訓練を受けており、まともに戦えば小鬼程度に遅れを取ることはない。


 それでも小鬼どもに捕まってしまったのは、まさに衆寡敵せずというものである。

 六人ぽっちで百匹ちかいモンスターを相手にできるわけがないし、そもそも不意打ちをされたら隊伍を組んで戦うこともできない。


 あえなく囚われてしまった彼女らだが、ボロボロに犯されながらも、なお命長らえ心を折らなかった。これは強靱な肉体と精神力を消極的に証明しているだろう。


 アーシアの言葉を借りれば、「犯したくらいで女が屈服すると思ったら大間違いだ」ということになろうか。

 ともあれ、その女戦士たちはアリスについていくことにしたらしい。


 もちろんシャノア家に戻っても浮かぶ瀬はないという事情もある。

 非常に言葉は悪いが、魔物に犯された女では嫁の貰い手があるかどうかも怪しいところだから。


「犯されてなくても、女騎士など嫁の貰い手がないがな」


 とは、騎士アーシアの台詞だ。

 男社会の騎士であればさもありなんというところである。比較すれば、トレジャーハンターなり傭兵なりの方がずっと女性も活躍している。


 なにもかもなくしてしまったアリスたちだが、新たな門出はそう悲観したものでもない。


「それは良いんだけどさ。シャノアまでナイフを届けに行くってのは、さすがにお人好しすぎるとおもうのよね」


 シリングと並んで街道を歩きながらミクが笑った。


「乗りかかった船だしなあ」


 二人旅である。


 アリスたちは、ミタラという中規模の街に残してきた。

 死んだはずの六人がシャノア伯爵領に出没するのは幾重にもまずいから。


 もちろん人だけおいても意味がないので、充分な活動資金も貸して。


 具体的にいうと金貨二十二枚。女性六人なら一ヶ月くらいは遊んで暮らせるだろう。もっとも、遊ぶために大金を渡したわけではないが。

 装備を調えたり、心身の傷を癒したり、シリングたちが戻るまでにやらなくてはならないことは多いのだ。


「もしトレジャーハンターになるってなら、俺が口をきいても良いし」

「ほんっとにお人好しよねえ。それってアリスが美人だから?」


 艶やかな金髪と青い瞳。華奢ではあるがなかなかのプロポーション。

 かなり控えめにいってもとびきりの美人スタナーというやつだろう。

 金持ちの貴族に身売りされるくらいなんだから。


 しかし、少年の反応はあっさりしたものだった。


「ミクの方が美人じゃね?」

「私はセクサロイドだもの。一般的な男の好みにジャストミートするように作られてるのよ」


 からからと笑うミク。

 ニホン人の好みに、という意味だけどと付け加えながら。

 シリングがふむと頷く。


 だとしたら、ニホンの男というのはずいぶんと面食いだったのだろう。

 ミクくらい可愛い女の子なんて、そうそう滅多にいるわけがない。


「褒めてもエッチはしないよ」

「言うと思った」


 謎の倫理規定とやらで、十八歳になるまでそういう行為はできないらしい。

 あと二年の辛抱だ。




「私はソルレイの街のC級トレジャーハンター、シリングと申します。伯爵家ゆかりの品物をお持ちいたしましたので、話の判る方にお取り次ぎをお願いします」


 ミタラから三日ほどの旅をし、群都ヨーステンに到着したシリングたちは、さっそくシャノア伯爵家の城を訪ねていた。


 時間をかけても意味がない。

 とっとと用件を済ませて退散しようという気まんまんである。


 門番に来意を告げ、家令なり侍従なりが現れるのを待つ。

 城の中に案内されなくてもかまわない。むしろ門前で話が終わってくれるなら、ありがたいくらいだ。


 が、シリングとミクの前に現れたのは、いかにも貴公子然とした若者だった。目元のあたりがアリスに少し似ている。


 兄とか、そのあたりかな、と、シリングは素早く観察したのち、片膝を地面についた。

 ミクもならう。


 べつに二人はシャノア家に仕えているわけではないが、儀礼を示して嫌がる人間はいないだろうという判断だ。


「お初にお目にかかります。シリングと申します」

「当家ゆかりの品を持参したとのことだったが……」


 焦ったような、引きつったような声である。

 予感があったのかもしれない。

 懐中から、シリングは布に包まれたナイフを取り出した。


「お改めください」


 両手で差し出す。

 震える手で受け取った貴公子が、嗚呼と天を振り仰いだ。


 それが何であるか、何故それが届けられたのか、貴族なら判らないわけがないから。


「……どこで……?」

「イケブクロ遺跡群です。私が駆けつけたときには六人とも虫の息でした」

「……そうか……貴殿の慈悲を賜り、妹は幸福だったろう」


 芝居がかった仕草は、整合されない感情ゆえか。

 軽く頷き、シリングが応える。


「彼女の生涯を閉じさせたことは、この上なき栄誉と存じます」

「妹の最後を聞きたい。どうかこちらへ」


 貴公子が招いた。

 思わず顔を見合わせるシリングとミク。


 トレジャーハンター風情を城に入れるというのは、よほど妹を愛していたということだろうか。

 その割には侯爵家に売り渡したわけだが。


 どうにも間尺に合わないものを感じながら、シリングたちは応接室へと招じ入れられる。


「教えてくれないか。シリングくん。どうしてアリスはイケブクロ遺跡群なんかにいたんだ」


 椅子に座る暇すら与えず詰め寄ってくる貴公子。

 静かな、だが韜晦を許さない熱を帯びた問いかけだ。


 あまりの迫力に、思わずシリングが後ずさりし、ミクの瞳に危険な光が灯る。少年が少女の手を握っていなかったら、暴走しちゃったかもしれない。


「ええと……」

「ああ。失礼した。僕はエルダー。アリスの同腹の兄だ」


 困った顔のシリングに我に返ったのか、名乗ったエルダーが二人に椅子を勧める。

 異母兄弟もいるんだな、などと益体もないことを思いつつシリングも腰をおろした。


「詳しいことは私にも判らないんです。遭遇したゴブリンがそのナイフを持っていました」


 かしこまった口調で説明する。

 あんまり盛っても仕方ないから、ほどんど脚色はしない。


 小鬼どもから救出したアリスたちは、もう虫の息で手の施しようがなかった、としただけである。


「そうか……」


 エルダーが両手で顔を覆う。

 どうしてそんな場所へ……と、呟きながら。


 それに関しては、じつはシリングにも応えようがない。近道をしたのだとアーシアから聞いてはいるものの、口にするわけにはいかないからだ。


「なにか……遺言のようなものは聞いていないだろうか……?」

「いいえ。とくには」


 返答は短い。

 こういうのは、語れば語るほどぼろが出てしまう。


 アリスたちはじつは生きているのでは? と、思われてしまうのだ。

 同腹の兄くらいには語っても良いんじゃないかなー、とも思うが、これをやり出すときりがなくなってしまう。


 そしてそれ以上に、なにやら胡散臭いものを感じるのだ。

 このエルダーという男に。


「では、私たちはこのへんで」


 そう言って席を立つシリング。すぐにミクも続く。

 彼女も同様に感じているのだろう。


 哀しみ方が大げさすぎる。もちろん肉親を亡くしているのだから哀しまないわけがない。まして異母妹ではなく同腹の妹のことだ。

 ショックだって大きい。


 しかし、シリングとしては、その理由付けで自分を納得させられない。

 根拠があってのことではなく、感覚的な部分で。


「ああ。引き留めて悪かった。シリングくん」

「エルダー卿も、お力を落としませぬよう」


 一礼して部屋を出る。

 ちらりと肩越しに振り返ったミクが、なにも言わずにシリングの後を追った。


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