第3話 ボーイミーツセクサロイド? 3


 しっかりと紐で縛り、背負い袋に収納した紙束を担ぎ、シリングとミクは地上に姿を現した。

 あちこち崩落している施設からの安全に脱出するルートを、あらかじめメインコンピュータが教えておいてくれたのである。


「重くないか? ミク」

「ぜんぜん? ぜんぶ私が持っても問題ないわよ」

「さすがにそれはちょっとなあ」


 彼女がかなりの力持ちで、さらに持久力にも優れていることはここまでの行程で判っていたが、だからといって女性に荷物をすべて持たせるわけにもいかない。

 理屈ではなくシリングのプライドの問題である。

 男の美学かっこつけともいう。


 そよぐ風に栗色の髪をねぶらせながら、少年がゴーグルを外した。


 髪と同色の瞳。

 サーベルのように鍛え上げられた痩躯。

 腰後ろにいた短剣ショートソード

 ガリアの王都ソルレイで売り出し中の若きトレジャーハンター、シリングのそれが立ち姿である。


 一方のミクは、シリングよりやや背が低く、碧の髪と瞳をもった、全体的にスレンダーな体型の少女だ。

 年の頃なら十四、五くらいに見えるが、実際には百年以上の時を生きている。

 もっとも目ざめたのはほんの三時間ほど前であるが。


「ちなみに、巨乳はオプションなの。大きいのが好みなら買ってね」

「どこでだよ……」

「いまはちょっと手に入らないかも。諦めて。シリング」

「なにをだよ……」


 頭おかしい会話を繰り広げる。

 さしあたり、ミクは道に迷っているところを保護した、という設定にした。

 遺跡で見つけたなんて言えるわけがないし、人間ではないなんてもっと言えない。


「レントゲンをとっても人間にしか見えないんだけどね」

「体の中を写す道具、だっけか」

「そそそ。詳しいね。基本的には、どっから見ても人間に見えるように作られてるのよ。ご飯も食べるしトイレも行くわよ」


 食べたものがそのまま出るだけなんだけどね、と付け加える。


「その情報いらない……」


 嫌な顔をするシリングだった。

 ミクみたいな可愛い女の子に、シモの話なんかしてほしくないのである。

 夢を見たい年頃なのである。


 ともあれ、遺跡から王都までは徒歩四日ほどの行程だ。

 具体的には百六十キロメートルほど。チキュウの一般的な度量衡がそのまま使われることになったのは、結局その方が便利だったから。


 どうせ数字を道具として使うなら、十進法が合理的だったし、重さにしても距離にしても時間にしても統一規格があった方がなにかと都合が良いのである。


「宿場に泊まりながら戻るの?」

「そうだけど、ミクもずいぶんと詳しいよな。ガリアのこと」

「マザーから教えてもらってたからね」


 施設のメインコンピュータのことだ。

 いつかくる旅立ちの日のために、あるいはこないかもしれないその日のために、ずっと教育を続けていたのである。

 この世界で生きていくのに必要な知識を。


「シリングがきてくれなかったら、私もあのまま死んでた。感謝してるのよ。これでも」

「それは、どういたしまして」


 ぽりぽりと頭をかく。

 ちょっとこそばゆい。彼があの場にいたのは、本当にただの偶然でしかないから。


「だからって、エッチなことはしないわよ?」

「ごめ。ちょっと理解できなかった。いまなんでその話になった?」


 こてんと首をかしげるミクに、わりと真剣な表情で訊ねるシリングだった。

 そーゆー話題は、まったく出ていなかったはずである。


「感謝は身体でって、マザーに教わったのよ」

「……ろくなこと教えてねぇな……あのコンピュータ……」






 ガリア王国に電気はない。


 発電の方法そのものは伝わっているが、水車で発電できる程度の電力では王宮に明かりを灯すくらいで精一杯なのだ。

 大規模な水力発電所を造るには、機材も足りないし重機を動かす燃料もない。


「だから、俺たちの暮らしってそんな極端に便利になったわけじゃないんだ」

「すれ違った馬車とかも、ゴムタイヤじゃなかったしね」


 宿場での会話である。

 そこそこの宿に部屋を取ったふたりは、夕食後の雑談に興じていた。


 ちなみに同室だ。

 二部屋かりるのは不経済だったし、なによりけっこう貴重な荷物を輸送しているのである。万が一にも襲撃された場合、ふたり一緒にいた方が対処しやすい。

 合流というプロセスを省略できるから。


「ゴムなんて、そもそも材料がないさ。天然ゴムも合成ゴムも」


 前者はゴムの木から、後者は石油から作る。

 どっちもガリア王国では手に入らない。


「作り方は判るのに作れないってのは、ちょっとせつないわね」

「何がなんでも作るぞって当時の王様が気合いを入れたのは、これだな」


 そういって、シリングは隠しから野帳を取り出した。

 ようするに屋外作業でも使えるよう頑丈に装丁されたメモ帳である。


「紙?」

「ああ。こいつは良いよな」


 記録を残す、という一点において、高度な文明を持ったチキュウ人たちもこれ以上のものは発明できなかったのだという。

 データのように閲覧するためにハードウェアが必要になるわけでもないし、操作方法を憶える必要もない。環境にさえ気を配れば百年やそこらは保管できる。


 チキュウ文明の精華だと時のガリア国王は感嘆し、製紙技術と印刷技術の普及につとめたらしい。

 その結果、王国の識字率は急上昇し、現在では読み書きのできない人の方が少ないくらいだ。

 シリングのような平民でも。


 まあさすがに、ニホン語やアメリカ語みたいな特殊な言語となると、話は別になってくるが。


「逆に、私たちの時代はどんどんペーパーレスになってたらしいけどね」

「それは、誰でもコンピュータ使えて、電気もたっぷりあったからできることだな」


 肩をすくめる少年。

 なにかの本で読んだが、ここガリア王国というのはチキュウでいう紀元前くらいの文明だったのだという。

 ざっと二千年以上前だ。


 そこにチキュウの技術を持ち込んだからといって、百年で二千年分の文明が進歩するか、という話である。

 なにしろ材料がびっくりするくらい揃わないのだから。


「馬車の乗り心地が少しよくなった。村の収穫量が少し上がった。商売のときに数字を誤魔化されなくなった。そんくらいだな」


 どうでも良いことを言って、ふわ、と、あくびをする。

 話しているうちに睡魔が近づいてきたようだ。

 軽く挨拶して、それぞれの寝床に潜り込むふたりだった。





 かすかな物音。

 急速に意識が覚醒し、四肢が感覚を取り戻す。


「……ミク」

「起きてるわ」


 小声での呼びかけに、やはり小声で反応があった。

 扉の前に人の気配がある。

 酔っぱらった他の客が部屋を間違えた、という雰囲気ではまったくない、剣呑な気配だ。


強盗ものとりかしら?」

「たぶんな。王都に向かうトレジャーハンターが大荷物を持ってんだ。中身は遺物に決まってるからな」


 まして少年と少女のコンビだ。

 狙ってくださいといっているようなものである。


 音も立てずに寝台を降り、鞘ごと短剣を構えるシリング。


「抜かないの?」

「できれは人を殺したくない」

「おっけ。サプレションモードで行動するわ」

「なにそれ?」


 耳慣れない言葉に少年が首をかしげる。

 と、同時に扉が蹴破られた。


 なかなかに派手な登場である。


「四!」


 言葉とともに飛びだしたシリングが、先頭の男の顔面に柄頭を叩き込む。


 すでにこちらが戦闘態勢を取っているとは思わなかったのだろう。

 くぐもった悲鳴とともに、鼻を押さえてうずくまる男。


 その背を踏み台にして、大きく跳んだミクが二番手三番手を蹴り飛ばす。


「はい。あと一」


 ものすごい強さだった。

 徒手空拳のまま、屈強な男を一撃で気絶させるとか。


 ほとんど一瞬ですべての仲間を失った最後の一人が蹈鞴たたらを踏む。

 戦うか逃げるか、迷ってしまったのだ。

 弱敵の弱敵たる所以である。


「遅いよ」


 ミクの横をすり抜けたシリングの拳が、男の腹に突き刺さった。


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