第11話 【この瞬間が欲しい】
何気なくスマホを取り出す。
空を見上げると、そこには美しく広がる夕焼けがあった。
雲が茜色に染まり、ゆっくりと夜の帳へと溶けていく。淡いピンクから深いオレンジ、そして紫へとグラデーションを描く空。風が頬を撫で、静かな街の景色に溶け込んでいく。
この瞬間を、残しておきたい。
カメラを起動し、シャッターを切る。
——「綺麗だな」
独り言のように呟きながら、撮影した写真を確認する。画面の中の夕焼けは、現実と同じくらい美しかった。けれど、どこか物足りない気がした。
ふと、SNSに投稿したくなる。
#今日の空
シンプルなタグをつけて、写真をアップする。何か特別なメッセージを添えるわけでもなく、ただこの景色を誰かと共有したかった。
数分後、通知が鳴った。
「いいね」がいくつかつく。知らない誰かの「素敵な写真ですね」というコメントが目に入る。
ほんの少し、嬉しくなった。
自分が見た景色を、誰かも見てくれた。ただそれだけのことなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
この空を、画面の向こうの誰かも眺めているかもしれない。
ふと、スマホをそっとしまい、もう一度空を見上げた。
暮れゆく空には、一番星が輝き始めていた。
人は皆、それぞれの場所で違う日常を生きている。
けれど、こうして同じ空を見て、同じように美しいと思う瞬間がある。
それだけで、世界は少しだけ優しく感じられる。
足を踏み出し、ゆっくりと家路につく。
スマホの中の写真とは違う、生の景色を目に焼き付けながら。
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