軍師アルとミラ侯爵令嬢の成り上がり
たぬころまんじゅう
第1話 斜線陣を敷け!
今、僕の目の前には隣国のハイデ公国の敵軍1万2000の軍勢が横陣を敷いている。対してこちらは8000だ。敵軍に対して4000ほど少ない。おまけに敵軍に対してこちらの士気はお世辞にも高くない。
前回は勝っても恩賞はなし、ただし、負ければ国王からどんな罰が下るかわからない。でも、戦わなければ侵略されて住む場所どころか、家族の命も危険に晒すことになる。だから、已むに已まれず戦っている、そんな状態だ。一応、そんな状態でもなんとかなるように頭のなかだけはイメージは何通りかしているつもりだ。
「アル!右翼から何人か逃げ始めてるぞ!」
やっぱり、なんとかならないかもしれない・・・・・・。
「アル、どうするんじゃ?このままじゃ、儂らは敵のエサじゃぞ」
主君であるミラ・バティスト侯爵令嬢が、綺麗な顔を曇らせて少し不安そうに僕の顔を見ている。
「アル、どうする?」
悪友のフランツは、この状況が楽しくて仕方がないという表情だ。僕は、主君であるミラと悪友フランツにいつものように答える。
「うーん、そうだね。それなら斜線陣いってみよう」
「斜線陣?なんじゃそれは?」
僕が一通り説明し終わると、ミラは「なるほど?」と半分納得、半分理解不能という表情で返事をする。それもそうかもしれない。敵は右翼、中央、左翼にそれぞれ均等に4000ずつの配備をしている。それに対して、こちらは左翼だけに4000の兵を集中させ、中央と右翼は各2000に減らすのだ。
「アル、これでよいか?」
「うん、バッチリ!」
左翼だけに精鋭を集中させると、ミラは進軍の合図を出した。やがて全軍が進み始めるが左翼だけが極端に突出していく。続いて中央、一番最後に遅れて右翼が進んで行く。
「おっしゃあああ、全開で行くぜっ!」
フランツたちを筆頭にミラ軍団の左翼精鋭たちは、我先にと突っ込んで行く。馬のいななき、兵士たちの咆哮と金属のぶつかり合う音が、濛々と立ち昇る土煙の奥から聞こえて来た。時折、派手な爆発音が聞こえてくるのは、部隊長たちが弾き飛ばしたオーラによる衝撃波だろう。その様子を見ていたミラが呟く。
「アルよ、あれじゃとうちの左翼が戦っている間に、敵軍の中央から兵を出されたら挟撃されんかの?」
「その心配はいらないよ」
ミラの心配をよそに、左翼はどんどん敵軍右翼を食い破っていくが、敵軍中央が動く気配は全くなかった。一方、敵のアレサンド・クロワ将軍は、ジリジリとしていた。先ほど右翼が敵軍とぶつかってから逐一入って来る戦況報告が芳しくないためである。
「アレサンドさま、将軍に援軍を乞いたいとのことですが——」
伝令兵からの報告にアレサンドはイライラしながら答える。
「この状況を見てみろ!敵軍の中央が前面に迫ってるんだぞ、目の前で援軍など出したらこちらが挟撃されるわ」
その将軍が指差した先には、ミラの中央部隊がゆっくりと迫って来るのが見えた。敵右翼部隊はさらに後方のため、こちらの左翼も動かすことが出来ない。やがて、敵軍右翼はミラ軍団の左翼精鋭部隊に食いちぎられ、そのまま敵軍の本陣に食いついた。中央部隊もそのころには会敵すると、挟撃の恰好となり、ゴリゴリと数を減らしていく。最終的に敵軍は完全に瓦解してしまった。
不安そうに見ていたミラだったが、戦況がひっくり返ったのを見て安心したようだった。
「なぁ、正面から当たっていたらどうなっていたんじゃ?」
「たぶん、負けたと思う」
「やっぱりそうか・・・・・・」
僕は笑って主君であるミラに答える。
「兵の士気が著しく低かったから。中央と右翼に士気の低い兵を残して、精鋭だけを左翼に集めてぶつけたのはそのためだよ。中央と右翼はその存在だけで、敵に挟撃されるかもしれないという恐怖を植え付けるに十分だよ。あと、中央や右翼の兵士たちにとってはあまり戦わなくていいんで、win-winって奴じゃないかな」
「あっはっは、なるほどじゃな。しかし、よく毎回そんな戦術考えるもんじゃな」
今の僕は、軍師としてレーヘ王国、シャルミール州のミラ・バティスト侯爵令嬢に仕えている。この状況を説明するには、この世界に転生する前まで遡る必要があるかもしれない。
「もうちょい右翼下げて、出すぎだ・・・・・・そう、そんな感じだ」
「次はどうする?」
「左翼のレッグス隊を前面に出して敵を引き付けてくれ」
「わかった。レッグス!聞いたか?」
「あいよ!引き付けるだけでいいんだな?」
「それで大丈夫だよ。追って指示を出す」
レッグスが兵を率いて敵と激突する。レッグスは大剣で兵士を薙ぎ払っていく。
「スキル使って少し間引くぞ?」
「やってくれ」
「ムーンスラッシュ!」レッグスがそう叫ぶと大剣が光り出し半月状の光の塊が放出される。
ズドォォォォォォォン!
半月状の光が煌めくと敵兵たちは次々と吹き飛んでいく。
お返しとばかりに敵将もスキルを使う。自軍の兵が木の葉のように飛んでいくと、戦闘は膠着状態に陥った。
「どうする?このままじゃ埒が明かないぞ」
「よし、負けた振りして徐々に岩場まで退いて。だんだんと敗走する感じで頼む。相手右翼側を引きずり出す」
敵軍が岩場近くを通り過ぎた時、岩場の影に隠れていた伏兵が一斉に敵右翼の後方から突撃した。
「レッグス、今だ!反転して攻めろ!」
「オッケー!さっすが策士だわ。なんかやってくれるとは思ってたけどな」
「誉め言葉は勝ってから聞くことにするよ」
敵軍右翼は後方からの突然の伏兵の攻撃と、敗走していたはずの左翼側のレッグス隊が反転攻勢したことによる挟撃でみるみるうちに数を減らしていく。そして、このことが致命的な打撃となり勝敗は決した。
僕の父は考古学者だった。「歴史はいいぞ。人生の全てを教えてくれる」それが父の口癖。そんな家庭に生まれた僕も、いつのまにか父の言う歴史に興味を持つようになった。父について各地の歴史資料館に行くのが僕の趣味だった。ただし、それも父が生前の話だ。父が亡くなると生活は一変、苦しくなっていった。
ただひとつだけ、例外的に楽しい瞬間があった。たまたま友達に誘われたゲームでは、僕は無類の強さを発揮出来た。不思議なゲームで、中世を舞台にした魔法と剣の何でもアリの対戦戦争ゲームだ。戦略、戦術、調略、政治、経済とほぼ無駄だと思っていた僕の知識が役に立ったのだ。
これはそんな、僕のつまらない人生の次の話だ。
僕が生まれたのはレーヘという国だった。僕にはおぼろげながら前世の記憶が残ってる。覚えているのは母とふたり暮らしだったこと、借金取りが毎日のように来てドアを激しくノックする。その音に僕たちはずっと怯えながら、何度も何度も引っ越しを繰り返していた。最後の記憶は、僕が高校生の時だ。風邪をひいた僕に、母が憔悴しきった表情を無理に精一杯の笑顔にして「これを飲んだらゆっくり寝ようね」と言って渡された薬だった。こうして僕は深い深い眠りへと落ちていく。そして、気が付いたらレーヘという国の男爵家にアル・シュタットとしてこの世界に生まれ落ちていた。
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