第9話 モヤモヤとドキドキキャンプ

見渡す限り、山、山、山。

「頂上まで、どんだけかかるんだよー」

「ウチもう疲れた〜」

「夕飯はカレーらしいよ?」

まわりを歩く生徒たちは、疲れたと言いながらもワクワクした表情を浮かべ、どんどん歩くのが遅いわたしを抜かしていく。

もう、歩けないよ……っ!大体、体力がないわたしみたいなお荷物、つれてこなくてもいいのに。

でも、仕方がないか。


——そう、今日と明日は、毎年恒例らしい、中学一年生の初学年行事、キャンプなんだから。


「すごい……じゃあ、これまで灰島くんがあんなにスバルのそばにいたのは、そういうことだったのね……!」

「あはは……うん、そういうこと」

息を切らしながら、今にも倒れそうな足取りで急な坂を登るわたしと、目を輝かせて、疲れを感じさせない表情で興奮するスミちゃん。

うぅ、わたしとスミちゃんの、何が違うっていうの!……まあ、体力なんですけど。


「それにしても灰島くん、まさかオオカミだったなんて……」

「わたしも最初は信じられなかったよ」

そしてわたしは今、スミちゃんに、わたしとイチくんの関係の真実を話しているところだった。

あの日、スミちゃんがカラスに襲われたあの時、わたしたちを助けてくれた大きなオオカミ。そしてその後、イチくんが人間の姿に戻って、わたしを抱きしめた。

終始それを見ていたスミちゃんには、いつか話さなきゃと思ってたから、話せてよかった。

「だってだって、びっくりしたんだよ?わたし、てっきり二人が付き合ってたのかと」

「ぶっ」

す、すすす、スミちゃん……!なんてことを……っ!

思わず咳き込んだわたしのことなんて気にも止めずに、スミちゃんはニコニコと話し続ける。

「叫んじゃいそうになったなぁ。いきなりスバルのこと、抱きしめるんだもん」

「ちょっと!声が大きいよ……っ」

「あはは、ごめんごめん」

もしもイチくんに聞こえちゃったら、どうするのっ!

顔がカァッと熱くなるのを感じて、手で顔をパタパタとあおいだ。

……いや、聞こえるわけないか。

後ろの方にいるであろうイチくんを振り返ろうとした、その時だった。


「よお、スバル」

「わぁっ!」


振り返ったその瞬間、わたしの視界にドアップで映る誰かの顔面。

驚いた衝撃で、思わず大きな声を出してしまった。

び、びっくりした……!

それが誰か、なんて、声の主でわかった。

「タイガくん……!どうしてここにいるの……っ」

ふわふわな白い髪に、アイスブルーのアーモンドアイ。

人懐っこい笑みを浮かべたタイガくんが、片手を挙げてそこに立っていたから。

「楽しそうだなーって思って、オレも着いてきちゃった」

「えぇ……」

着いてきちゃったって、タイガくん、どれだけフットワーク軽いの……。

「どこに行くのか知んねーけど、オレも着いてくぜ」

暇だし、と付け足したタイガくんは、もう行く気満々のようだ。

これは止めても無駄……だよね。まあ、タイガくんが一人だけ体操服を着ていないのが目立っちゃうけど……。

「って、先生にバレないようにしてねっ!?」

「わかってるって」

にしし、と笑ったタイガくん。

もう、調子がいいんだから……。

「ねえ、スバル。この人って……?」

「あぁ、タイガくんは——」

「オレ、タイガ!ホワイトタイガー!」

やっぱり自由奔放な性格のタイガくん。自分が人間ではないということも、フツーに言っちゃってる。

「えぇっ、じゃあ、灰島くんと一緒……?」

「多分、そういうことになるのかな……?」

……そういえば、タイガくんと初めて出会った時、タイガくんは呪いにかかって凶暴化してた。でも、イチくんと出会った時は……?

そこでわたしは、ふと疑問に思った。

あの夜、ツキノワグマに襲われそうになったわたしは、イチくんに助けられた。……呪いにかかっていない、イチくんに。

どうして、イチくんは呪いにかかっていなかったんだろう……?

そこまで考えた時。


「そういえば、イチロウはどうしたんだよ?いつもスバルのそばに、ウザいくらい張り付いてるくせに」


隣を歩いていたタイガくんが、思い出したかのようにそんなことを口にした。

それを聞いたわたしは、唇を尖らせて目を逸らす。

「……知らない」

「いやいや、そんなわけないだろ。だってあのイチロウだぜ?スバルのそばを離れないわけが——……」

タイガくんを挟んだスミちゃんが、タイガくんに何かを耳打ちしたのを感じた。そして後ろを振り返ったタイガくんは、何かを察したかのように「ふうん」と呟く。

「アイツ、ずっとスバルのこと見てるけど」

ぎくっ、と肩が強張る。

「……でも、女子がいっぱいだし」

タイガくんに続いて、わたしもチラリと一瞬だけ、後ろを振り返った。

……ほら、やっぱり。さっきと変わらない。

同じ班であるはずのイチくんは、わたしたちから少し離れた後ろを歩いてる。……たくさんの女子と一緒に。

「灰島くん、なんといってもイケメンだからね……」

困ったようにそう呟くスミちゃんの言葉を聞いて、わたしもため息をついた。

わかってる。イチくんは女子から大人気で、告白だってされてるみたい。……イチくんはそんなこと、わたしには言わないけど。

しょうがないよ、だってイチくん、かっこいいもん。だから今みたいに、歩いてるだけでまわりに女子が群がるのだって、納得ができる。

……それなのに。

「……もうちょっと、早く歩こう」

後ろから嫌でも聞こえてくる、女子たちの甲高い声。イチくんも何か言葉を返してるみたいだけど、あまり聞き取れないや。

それでも、聞きたくない。

「そうだな、オレも山頂まで早く行きてー!」

「スバル……」

どうしてこんなにも、胸が苦しいの。


「待って、スバル」

「……っ、」


どうして、追いかけてくるの……っ?

後ろから、「あ、灰島くん……」「神山さんが……」と、女子たちの困惑した声が聞こえる。

そんな女子の群れから無理やり抜け出してきたのだろう、わたしは、わたしの腕を掴んだイチくんを見ないまま言った。

「今日くらい、他の女の子と……楽しんできなよ」

「え……」

「そうだぞっ、スバルはオレと登るんだから、イチロウは他の女の子とせいぜい楽しんでろ!」

隣にいるタイガくんが、やじをとばすみたいに、イチくんに向かってべっと舌を出す。

「ほら、イチくんと仲良くしたい子、いっぱいいるんだし」

あぁもう、どうして思ってもないことを言っちゃうの。

これで後悔するのは、目に見えてるっていうのに。

「わたしじゃなくても、他にいっぱい……っ」

いやだ、行かないで。今言ったこと、全部ウソだから。

わたしと登ればいいじゃん。イチくんのことを一番知ってるの、わたしだもん。

わたしなんだもん……っ。

言ってることと、思ってること、矛盾してる。もう、心の中がぐちゃぐちゃだ。


「……スバル」


それでも、わたしの体は心に正直で。

気づけば、わたしの手は、無意識に彼の体操服の袖部分をきゅっと握っていた。


「……ご主人様は、わたしでしょ」


この言葉が「いかないで、わたしのそばにいて」ということを表しているのなんて、小学生でもわかるだろう。

口から小さく漏れたわたしの本音は、耳のいいイチくんに、しっかりと聞こえていたみたいだった。


「はい、ご主人様……」


返事をしたのは、本能だろう。

みるみるうちに、赤く染まっていく彼の耳。見てわかるくらい、りんごみたいに真っ赤だ。

そして、ぽんっ!と音がしたかと思ったら、彼の腰の後ろでぶんぶんと振り回されている、銀色のナニカ。銀色の髪の上で二つ、ピンと立っている耳。

「っ、い、イチくんっ!だ、ダメだよ!シッポ!耳!早くなおしてっ」

「……」

わたしからあんな言葉が飛び出てきたのが予想外だったのか、耳を真っ赤に染めたままその場に突っ立っているイチくん。

あぁもう、言っちゃった……っ。あんなに自己中な言葉がわたしの口から出るなんて、自分でもびっくり。

イチくんにつられて、わたしまで赤くなってしまった顔を隠すように、わたしはイチくんのシッポと耳をなおさせようと慌てた。


「ちぇ、イチロウ、柄にもない反応しやがって」

「ふふ、仲良くていいじゃないの」

「ちょっと二人ともっ、笑って見てないで、隠すの手伝ってよーーーっ!」


かすかな呪気が、この山全体を包んでいることにも気づかずに——……。

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