俺たちの異世界チート物語
日向風
第1話 マヨネーズ
俺の人生はトラックに轢かれて終わりを迎えた。信号待ちしていただけなのに、横から突っ込んできたトラックに吹っ飛ばされ、気づけば真っ白な空間。
目の前には神様を名乗る老人が立っていた。
「わるいのぉ。わしのミスで死なせちまった」
なんでも、寿命管理を間違えたらしい。
「お詫びと言ってはなんじゃが、記憶をそのままで異世界に転生させよう。お主の知識でこの世界を発展させてほしいんじゃ」
俺は異世界チート来た!と思った。
転生したのは、勇者でも貴族でもなく、ただの村人。貧しい農民の息子だった。毎日畑仕事に追われ、休みなどなく、飯も質素そのもの。硬いパン、薄いスープ、たまに塩で味付けした茹で芋。それが全て。
「そうだ、マヨネーズを作ろう! 俺の知識が生きる時が来たな! これぞチート!」
あの万能調味料さえあれば、このまずい飯を劇的に変えられる。売れば大金持ち、貴族の食卓にだって並ぶかもしれない!
俺は、現実を知ることになる。
まず塩。庶民でも使うが貴重品で、村では滅多に手に入らない。行商人から高値で買うしかなく、小遣いが吹っ飛んだ。
次に卵。村の鶏は年に数個しか産まず、貴重なタンパク源。村長の家の卵を、干し肉と交換してようやく入手。
油は問題だった。オリーブオイルや菜種油などあるはずもなく、仕方なく豚の脂(ラード)を溶かして代用。風味はともかく、液体油じゃないとマヨネーズにならない。
そして酢。村の酒造り職人が、ワインを酢にする方法を知っていた。高価だったが、家畜の世話を手伝うことで少量譲ってもらった。
材料を揃えるのに2週間かかったが、ついにマヨネーズ作りを開始。
木製の器に卵黄を入れ、溶かしたラードを少しずつ加えながらかき混ぜる。酢と塩を入れ、ひたすら攪拌。途中、乳化が怪しくなったが、根気よく混ぜ続け……
「できた……! 俺のマヨネーズ!!」
白っぽくドロリとした液体。スプーンですくって舐める。
「……ちょっと脂っこいけど、それっぽいな!」
感動した。これがあれば、あの茹で芋すらごちそうになるはずだ。気付けば全部舐めてしまっていた。
また、作らなきゃ。俺はやる気に満ち溢れていた。
だが、その夜。
「ぐっ……!? ぐぉぉぉぉ……!!」
猛烈な腹痛が俺を襲った。下痢と嘔吐の嵐。止まらない。悪寒と発熱で意識が遠のく。
「菌……か……?」
食材の保存環境が悪かったのか、生卵になんとかって言う菌がいたのか、ラードが古かったのか。原因は不明だが、とにかく最悪の状態。
村に医者などいない。薬を買う金もない。
「異世界来たらみんなマヨネーズ作ってたはずなのに、なんで俺だけこんな目に…」
家族が心配そうに見守る中、俺の意識はだんだん薄れていき……
三日後、俺はなんとか回復した。
だけどもう現代知識を異世界で使うのはこりごりだ。俺はしがない農民として生きていくことを決めた。
(了)
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