大正生まれに「シャッポ」を脱ぐ
本庄 楠 (ほんじょう くすのき)
第1話
幸雄は今日も、いつもの通り八時十五分過ぎに家を出た。
仕事のある日はNHKの朝の連続ドラマを観てから出ることにしている。
職場までは歩いて二十五分で着く。
彼は今年の八月の誕生日で、六十八歳になる。幸雄は薬剤師で、現在、個人経営の調剤薬局に勤務している。毎日では無く、月、水、金曜日と週に三日間勤務のパート薬剤師として働いている。
処方箋の応需科目は主に整形外科である。さらに、もう一か所、同じ経営者の主として眼科を応需している薬局にも木曜日と土曜日の週に二日間行っている。こちらの場合は通勤に電車で四十分程かかる。
今日は薬局の経営者である笠松社長が来る日であった。社長は月に四回から五回程来局する。そして、月初めは、日曜祭日でない限り、毎月五日の日に来局する。それは、この日に従業員の給与計算をして、それを郵便局から振り込む仕事があるからだった。
笠松社長は今年の五月で九十三歳になる。
大正十五年生まれであった。そして、彼も薬剤師である。
昭和二十二年に旧制の熊本薬学専門学校を卒業して、薬剤師となり、北九州の病院勤務を経て、退職後に、八幡に調剤薬局を開局した。
初めは内科の処方箋応需の薬局だけであったが、暫く後には、二軒目の眼科応需の薬局も開局した。なかなかの商売人である。驚くことに、この時の年齢が七十二歳だったのである。二軒の薬局はいずれも順調であった。
薬剤師会の仕事も活発にこなして、年齢を感じさせない仕事ぶりだった。
社長としては、将来的には、子供達に後を引き継がせる思いがあったのだが、二人の娘たちは、あまり乗り気ではなかったようだ。社長はその後も、この八幡の二つの調剤薬局を堅実に経営し続けていた。
ところが、それから八年が経過した時に、処方箋応需のメインの儲け頭の内科クリニックが親子で代替わりすることになった。そして、今迄の院長から
「笠松さん、僕は今年一杯で、引退して息子の
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